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楽しいよ、君となら


「あちゃー。やっちゃったなー」


 今私は体育館前にある水道場にいる。トイレに向かったはずの私がなぜここにいるのかというと。


「痛っ!! 染みるー!!」


  右足の小指の爪を濡らしたハンカチで抑える。その爪は割れて、真っ赤に染まっている。

 今日五回目のシュートを決めた時に踏まれてできた怪我だ。どうやらバスケ部の彼女はスパイクを履いていたらしく、ただ踏まれただけだがここまでの怪我になってしまった。


「自分が踏んで怪我させたなんて思ったら悪いもんね」


そんなことがあったら体育の授業の雰囲気を悪くしてしまう。それに、


「ここで終わっちゃったら雨宮君との勝負に負けちゃうもんね」


 負けるわけにはいかない。何としても彼には買い物に付き合ってもらわなければならない。何としてもだ。


「こんな体育の授業で怪我したなんて知ったら笑ってくるだろうな」


  間違いない。彼はそういう奴だ。まったくひどいやつだよ。

 そう彼のことを思いながら私の口角は少し上がっていた。





「そうだな。盛大に笑ってやるよ」


「っ!? 雨宮君!?」


 突然声が聞こえて、そっちに顔を向けると、そこにはなぜか雨宮君がいた。


「どうして」


ここにいるの?


「どこかの誰かさんが怪我をしたみたいだから笑い物にしようと思ってな」


 そう言って彼は意地悪そうな笑みを浮かべる。


「気付いてたんだ」


 誰にもバレないように振る舞ってたつもりなのに。


「気付かないわけないだろ。ずっと見てたんだから」


 ドキッ。

 そういう意味じゃないって分かってるのに。

 本当に、やめて欲しい。


「何? 私に見惚れてた?」


 この感情をどこにぶつければいいのか分からなくてそんなからかいが口に出る。


「ちげえよ!! ほんと、怪我してる時くらいその減らず口どうにかできねえのかよ」


「これが私の性だからね」


 私も素直じゃない。


「......怪我。大丈夫なのか?」


 その声だけで本当に心配してくれてることがわかる。


「大丈夫だよ。心配ご無用!! まだ私は全然動けるよ!!」


  彼に見られないよう右足を隠して私は言う。


「隠すの下手だよな。そんなあからさまに隠してたら逆に見てくださいって言うようなもんだぞ?」


 そう言って彼は私に近づき、しゃがみ、右足を掴んだ。


「ひゃっ!?」


「変な声上げんな。ったく、真っ赤じゃねえか。保健室、行くぞ」


「ダメだよそれは!!」


「怪我させた子のこと気遣ってんなら、体調崩したとか何とか言えばいいだろ」


「そうじゃなくて」


「じゃあ何が問題なんだよ」


「勝負に負けちゃう」


 負けたら買い物に付き合ってもらえなくなる。それに、きっと彼は私から離れてしまう。そんなの......いやだ。


「諦めろ。お前の負けだ」


「......」


 それから彼は突然私に背を向けてしゃがんで言う。


「乗れ。そんな足じゃ保健室まで持たねえだろ」


「悪いよ」


「悪いと思ってんならさっさと乗れ」


「じゃあそれが雨宮君の勝利報酬ということで」


「やだね。そんなことに使ってたまるか。これは俺からの寛大な善意だ。ありがたく受け取れ」


「そんなに私に命令したいことがあるの? 雨宮君エッチだねえ」


「そういう命令をすると決めつけてるやつに言われたくねえ」


  勝利報酬、私が雨宮君の言うことを何でも聞く。こうやってからかいはしたけどきっと彼はこう言う。

 もう俺に構うな、と。


「ねぇ。今回の勝負は無しにして別の勝負にしない? 私怪我したんだしさ」


「そんなに俺に買い物に付き合わせたいのか? 俺と行っても楽しくも何ともないぞ」


「楽しいよ。きっと楽しい。雨宮君と私なら。今だって楽しいしね」


「俺はまったく楽しくない」


 彼は私に背を向けてて表情が見えないけどきっといつもの仏頂面をしているのだろう。


「勝利報酬の件、決めたぞ」


 彼は突然そう言う。


 いやだ、聞きたくない。まだ離れたくない。もう少しだけでいい。一緒にいたい。この高校一年生の間、いや隣の席の間だけでいいから。


「......付き合ってくれよ」


「え?」


 今、なんて?


「だから!! 買い物!! 付き合ってくれっていってんだよ」


 びっくりした。買い物か。え?


「なんで」


「俺の妹、もうすぐ誕生日なんだよ。女子の意見、聞きたくてな。なんでも聞いてくれるんだろ? 今週の日曜空けとけ」


「え」


「嫌なら別に」


 反応が悪い私に途端に弱気になる雨宮君。嫌なはずがないのに。


「行く!! 絶対日曜空けとくから!! 約束!! 雨宮君も忘れないでよね!!」


「お、おう」


 食い気味に答えれば雨宮君は困惑していた。


「そうと決まれば、雨宮馬よ、私を保健室まで連れて行きたまえ!!」


 勢い良く、彼の背中に飛び乗る。


「ぬぉ!? 急に体重かけんな!! って、重!?」


「あー、女の子に重いは禁物だよー」


「じゃあ、女の子と思ってなかったら問題ないな」


「なんだとー!!」


「ちょ、揺れるな!! 倒れる!!」


 いつだって彼は、雨に濡れた私に傘をさす。
















 「次も見てね。約束だよ?」

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