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どうして嘘をついたのか

笠野葵 回想


 どうしてそんな嘘をついたのかと聞かれれば、魔が差した、と答えるしかない。


 私と司の出会いは、小学二年生の時。司は北海道からの転校生として、私達のクラスへとやって来た。

 北海道なんて、地元からほとんど出たことがない私達にとっては宇宙みたいな場所だった。好奇心旺盛な小学生だった私達は、司に幾つもの質問を投げかけた。


 そして、北を空の上のことだと思っていた私が司に聞いたのが。


「あなたは天使ですか?」


 という突拍子もない質問だった。


 その質問を聞いた司は、しばらく考え込んだ後。


「プッ、ハハハハ!!!!」


 腹を抱えて爆笑しながら、椅子から転げ落ちたのだった。

 笑われて馬鹿にされたと感じた私はそれはもうすっごく腹を立てたけど、後に真実を知った時は顔が燃えるくらい恥ずかしかった。


「葵ちゃん、だよね? 僕と友達になってください!!」


 この出来事をきっかけに、司は良く私に話しかけてくるようになった。


「いや」


 笑われた事を根に持っていた私は、しばらく相手にしなかったけど。


「葵ちゃんの好きな食べ物は何?」


「葵ちゃんは運動が得意なんだね!!」


「葵ちゃん、一緒におにごっこしよう!!」


 適当に扱われてもしつこく話しかけてくる司に、段々と私は絆されていった。


 結局一ヶ月も経たないうちに、私と司は友達と呼べるほどに仲良くなった。そして一年も経てば、親友と呼べるまでになった。


「ねえ、葵ちゃん」


「ん?」


「僕たち、ずっと友達のままだよね?」


「うん、当たり前じゃん!!」


 それからもずっと、私と司は仲の良い友達のまま。少なくとも私は、そう思ってた。

 私達の仲に問題が起きたのは、中学生になってすぐの頃。教室で司と話してると、一人のクラスメイトが話しかけてきた。


「ねえ、笠野さんと晴野君って付き合ってるの?」


 こういうのを緑の言葉を借りるなら、寝耳に水、というんだと思う。確かに、最近よく誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合った、とか良く聞くなとは思ったけど。

 まさか私と司がそんな事を思われてるなんて全く思わなかった。


「付き合ってないよ? ね、司?」


 当たり前だけど、私はその質問に「いいえ」と答えた。


「うん、そうだね、()()付き合ってないよ」


 ほら、司も私と同じ気持ちなんだ。この時の私は、お気楽にもそんな事を思ってた。

 司が"まだ"という言葉に込めた意味に、決して気づきもせずに。


「なんで晴野君と付き合ってないのに、名前で呼び合ってるの?」


「晴野君のこと好きでもないのに、そんなに仲良くしないでよ!!」


 時が経つにつれ、こんな言葉をかけられることが増えた。でも、私は全く気にする事は無かった。

 だって、私と司はずっと友達のままだから。


「葵、そろそろ僕たち付き合わないかい?」


「......え?」


 どこまでも私は自分勝手だった。

 

「最近、僕たちが付き合ってるんじゃないかって聞かれる事増えただろ? もう正直否定し続けるのも疲れるし、それに」


 司がどう思ってるかなんて考える事もなく、私と司の想いは通じ合ってる、そんな思い違いをしてた。


「僕も葵のこと、好きだしさ」


「え、でも私は」


 僕"も"。なぜか司は、私も司のことを好きなのだ、という誤解をしていた。

 その理由はすぐに分かった。


「聞いたんだ、葵の友達から。葵が僕のこと、好きだって思ってくれてるって。嬉しかったよ」


 おかしい。そんな事、私は言ってない。


「だからこの前、付き合ってるか聞かれた時につい付き合ってるって言っちゃってさ。でも大丈夫だよね、葵も僕のこと好きなら今から付き合ってるってことで」


 怖かった。思わず頷きそうになるほど、司が怖かった。


「......じゃない」


「え?」


「私は司のこと好きじゃない!! 勝手なこと言わないで!! そんなこと言う司なんて、嫌い!!」


 私はまるで小さな子供のように泣き喚いて、すぐにその場から逃げた。

 司に言われた通り、そのまま付き合った方が楽だったかもしれない。たとえ今は好きじゃなくても、付き合ってから好きになるかもしれない。

 それでも私は、司を正面から否定することを選んだ。流されて決断しても、いずれ後悔することになるはずだから。


 でも結局、私は司と付き合わなかった事を後悔する事になった。


「聞いたか? 晴野のやつ、笠野さんにこっぴどく振られたらしいぜ」


「え、マジ? あんだけ自分達は両思いですアピールしてた癖に?」


「笠野さんが自分のこと好きだって勘違いしてたらしいよ?」


「うわあ、イタすぎでしょ。幼馴染だから好かれてるとかありえなすぎ」


 次の日には学校中に私が司を振ったという話が広まっていた。

 どうやら私と司の会話を盗み聞きしてた人達がいたようだった。


 そして、司の事を妬ましく思っていた男子を中心に、司は学校中の生徒達に馬鹿にされるようになった。


「あ、勘違いナルシストの晴野君じゃん? ずっと好きだった幼馴染に振られた感想はいかがですかぁ?」


「おいおいやめとけって。今、晴野君は絶対に成功すると思ってた告白が失敗して傷心中なんだから、アハハ!!」


 それはもう酷いものだった。毎日そんな暴言を浴びせられ続けた司は、みるみるうちに元気をなくしていった。


「あ、司!! 今日一緒に」


「話しかけないでくれ!! また僕が馬鹿にされる!! それに、元々君が勘違いさせるような事をしたのが原因だろ!! 僕のことが好きじゃないなら、そんな馴れ馴れしくするなよ!!」


「......ごめん」


 いつも楽しく一緒に悪ふざけをしてた頃の面影はすっかりなくなっていた。


 ずっと変わらないままだと思ってた。男だとか女だとか関係ない。

 ずっと友達で、ずっと笑って遊んでられるって、本気でそう思ってた。


 私のせいだ。私のせいで、司をこんな目に合わせてしまった。私がもっと司の気持ちを考えてあげていれば、こうはならなかった。


「ねえ、みんな聞いて」


 朝のホームルーム。クラスのみんなが集まっている前で、私は一つの"嘘"を吐くことにした。


「最近、私が司を振ったと言う噂が学校中に広まっていますが、それは嘘です」


 どうしてそんな嘘をついたのかと聞かれれば、魔が差した、と答えるしかない。


「私、晴野葵と晴野司は本当に付き合っています!! だから、司を馬鹿にする奴は私が許しません!!」

 

 

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