葵の嘘
"秘密"とは、大概が"誰かに知られると自分の不利益になるもの"だ。
そんな"秘密"を隠す為に、人は罪悪感に苛まれながらも"嘘"を吐く。
それを何度も繰り返すと、自分がまるで極悪人になったかのように錯覚することがある。
『嘘つきは泥棒の始まり』なんて言葉があるが、あながち間違いでも無いのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「それじゃあ、"嘘"の答え合わせと行こっか?」
葵の部屋に来た目的であった"あっち向いてホイ"が速攻で終わってしまったことにより始まった、三問三答ゲーム。
紆余曲折ありつつも、お互いに三度質問をして三度回答を終えた。残るは、二人が吐いた一つの"嘘"を当てるだけとなった訳だが。
「と、その前に。罰ゲームの確認をしない?」
予定通りスムーズに行く訳が無いのが、笠野葵という女だ。
「そんなもの、最初から存在しないはずだが?」
「存在しないようでその実、ずっとそこにあった。それが罰ゲームというものだよ、緑クン」
「罰ゲームがずっと側にあるなんて、俺達はどこのリアクション芸人なんだろうか」
「そういう訳で、負けた方は勝った方の言うことを何でも聞く。ただし、常識の範囲内で。って感じで良い?」
「ちなみに俺に拒否権は?」
「無いよ?」
なら聞くな。
まあ予想外の展開にはなったが、最初から負けるつもりは無いので問題はない。
葵の嘘については、大体の予想はついている。9割間違いないはずだ。問題は俺の嘘についてだが、これがバレるのは出来るだけ避けたい。
理由は単純。目の前の女にバレると、少々厄介なのだ。
とにかく、俺の方針は。
「勝てばいいのだ、この野郎」
という感じだ。
「この野郎だなんて下品な言葉は、めっ!! だよ?」
ウインクをしながらあざとく注意をしてくる葵だが、残念ながら両目をつぶっているのでウインクでは無く瞬きだ。
ウインクとは、こうするものだ。パチッ!!
「え、上手すぎてキモ」
解せぬ。
「それじゃあ先に、緑が私の嘘を当ててみて?」
どうやら俺が先攻らしい。ここで当てておかなければ、俺の勝ちの目は無くなる。
だが、もう既に答えは決まっている。
「葵の嘘はズバリ、"数学のテストの点数"だな」
自信満々に発言しながらも、葵の表情の変化をしっかりと観察する。
「ほー、どうしてそう思うの?」
......目が合わない。これは動揺していると言えなくも無いが、色々あって発生した気まずい空気のせいとも言えるため判断し辛い。
判断材料を増やす為、発言を続ける。
「葵は俺の質問に即答しただろ?」
「そうだね。でも、それって逆に本当だっていう理由にならない?」
「いや他の質問ならともかく、テストの点数で即答するのは違和感があるんだよ」
「それは言い辛いから? 私レベルまで行くと、そんな点数恥ずかしいとも思わないよ?」
「それについてはどうかと思うが、そうじゃない。単純に、そんな何とも思ってない点数をどうしてすぐに思い出せたか、っていう話だよ」
「......なるほど、確かに」
「まあ十中八九、赤点を取った事は本当だろう。でも、28点っていう数字は咄嗟に思いついた"嘘"じゃないのか?」
もちろん、たまたま覚えていた可能性だってある。でも、他の二つの回答は明らかに真実に思えた。
間違いない、これは"嘘"だ。
「さすが緑、いい推理だね」
俺の答えに対する葵の反応は、それが正しいことを証明したように思えた。
だが。
「でも残念。私が数学のテストで28点を取ったのは、ホントです!! えっへん!!」
葵は俺の指摘をきっぱりと否定したのだった。
「......威張ることでも無いだろうが。しかし、それが本当だとは俄かには信じ難いな」
俺の予想は完璧とは言えなくも、的を射ていたはずだ。それに、これが真実となると他の答えのどちらかが"嘘"となる訳で。
つまりそれは、葵と晴野が付き合っていない可能性が出てくる事を意味する訳で。
「ふっふっふ。まあ、そう言うと思ったので証拠を用意しましょう」
「証拠?」
まだ俺が納得のいっていない事を察したのか、葵は自ら証拠の提示を提案してきた。
「うん。ちょっと待ってて」
そう言って立ち上がった葵は、部屋の隅に置かれた勉強机へと向かっていった。そこで、引き出しを開けてゴソゴソと何かを探し始めた。
そして、数分後。
「あったあった!! これこれ、この前の数学の答案用紙!!」
ドタバタと駆け足で戻ってきた葵が手にしていたのは、くしゃくしゃになった一枚の紙。
葵は紙の端の部分を雑に開き、俺に見せた。そこには、『笠野葵』と縦に書かれた名前の下に、28という数字が書かれていた。
「ね? ホントだったでしょ?」
それを見て真実を確信した俺だっが、そこで一つの疑問が生じる。その疑問の答えを求め、俺は葵に一つの質問をした。
「じゃあ、葵が吐いた"嘘"は何だ?」
"テストの点数"を真実とした時、"人生で最も恥ずかしかった事"か"晴野と付き合ってる事"のどちらかが嘘となる。
葵が隠したい"秘密"は果たしてどちらなのか。
「それは......」
葵は少し考えるように目線を上に向ける。
再び戻ってきた黒い瞳は、今度は真っ直ぐに俺を捉えていた。
「司と付き合ってるってのは、"嘘"だよ。私達の仲を勘違いした人達の噂の延長。びっくりした?」
葵の"秘密"に、俺の感情が溺れて行くのを感じる。




