どっちの勝ち?
放課後、我が家にて、俺と弾は二人でババ抜きをしていた。奏は今日は友達と遊びに出かけていて、家にはいない。
ところで、二人でババ抜き? 馬鹿なの? と思ったそこのあなた。
俺もそう思う。
しかし、俺と弾の"二人でババ抜き"は意外にも熱戦を繰り広げていた。
「ぬぉっ!? またババ引いちまった!?」
弾は、俺の手元にあった5枚のカードから見事にジョーカーを引き、落胆の表情を見せる。そして、今は弾の手元には6枚のカードがあり、ジョーカーがそのどれかにある状態だ。
これまでの戦況は、お互い枚数を減らしつつも、ジョーカーはかなりの頻度で移動しているという感じだ。
「クソ、こうなったら!! 弾さん必殺、ぴょこっと出し!!」
な、何だ!?
突然謎の技の名前を言い出した弾。一体何をするのかと身構えれば。
ふいに、弾の持っていたカードが一枚浮き上がった。弾さん必殺などと言っていたが、おそらく誰しも一度はやったことのある奴だった。
まあ、いい。この手の攻略法など俺にとっては朝飯前どころかベッドから起きる必要性すらないのだからな!!
弾の考えることなど、手に取るようにわかる。この"ぴょこっと出し"がよく使われているのは何となく楽しいからというのもあるが、ちゃんと実用性も兼ね備えているからこそなのだ。
この場合、弾が何もせずに、6枚の中から俺にジョーカーを引かせようとする場合、単純な確率で言えば、6分の1の確率でジョーカーを引かせることができる。
しかし、この"ぴょこっと出し"を行なった場合、少し変わってくる。一見は6枚から1枚引くということなのだから変わってないように思えるのだが、一枚を浮かせることによって、最初に6枚から一枚を選ぶ6択ではなく、この浮いた一枚を引くか引かないの2択に絞らせることができるのだ。
さらに、この時、浮いた一枚にジョーカーを選んでいた場合、俺がジョーカーを引く確率は単純な確率で言えば2分の1になり、俺がジョーカーを引く可能性が格段に跳ね上がるというわけだ。
そして、おそらく弾はこの理論を知っている。一見馬鹿そうに見えるがこういうゲームにおいてこいつは無駄に知識があるのだ。
だから、俺が取る道はひとつ!! この浮いたカードを無視し、他の5枚からカードを選ぶという道だ!!
「弾!! もらったあああ!!」
勢いよく弾の手元から引いたカードは、
ジョーカーだった。
「ハハハハ!! さすが緑!! オレの思い通りに動いてくれたぜ!!」
「な、んだと......!?」
「緑のことだから、単純な誘導には引っかからないと思ったからな。だから、逆に利用させてもらったぜ」
「ま、まさか」
「そう、緑がこっちの5枚を引くのを想定して6分の1だった確率を5分の1にしたっていうワケ。
モチのロン、5分の1だから、引かない確率は高かったんだけど、それでも少しでも引く確率を上げられるなら、使わない手はないんだよねー」
俺の思考が弾ごときに読まれたというのか。弾ごときに......!!
「まあ、緑のメンタルがボッコボッコにされたところでここからはオレさまのターンだぜ。こっからは一度もババを引かずに終わらせてやるぜ」
その後、ジョーカーは3往復した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハ、ハ、ハ!! ようやく終わりの時が来たようだぜ緑!!」
今俺の手元には、カードが2枚、そして、そのうち一枚がジョーカー。つまり、ここでジョーカーを引かせなければ、俺の負けだ。
それだけは、弾に負けることだけは!! 避けなければならない!!
「仕方ない。少し卑怯だが、この手を使わせてもらう。雨宮流必勝戦法、"自分でもどっちかわからない"!!」
背中の後ろでカードをシャッフルして、2枚のカードを伏せたまま、机に置いた。
「ナナナ!? 卑怯だぞ緑!! 自分の表情から読み取らせないっていう魂胆だな!!」
「卑怯と言われようとも、俺は勝たなければならないんだこの戦いに!!」
「クソー!! シャーなし、やったるぜぃ!! こっちだあああ!!」
弾は自分の方から見て右、つまり、俺の方から見て左の方のカードを手に取り、その中身を見る。結果は。
「ババだあああ!!」
「よっしゃあああ!!」
何とか敗北を逃れることに成功した。だが、まだ油断してはならない今度は俺が弾からカードを引く番なのだから。
お互いに緊張感を高め合いながら、俺は弾の手元の3枚のカードに向き、あ? 3枚?
そこで、俺は何かがおかしいことに気づいた。
「......おい弾」
「どしたの緑?」
「何でお前3枚持ってんだよ?」
「え、何、哲学的な話?」
「違うわ!! 俺が1枚しか持ってないのに、お前が3枚持ってたらおかしいだろうが!!」
「え、あ、ほんとだ」
ジョーカーは1枚だけ。つまり、ジョーカーを除くと、俺と弾の手元にあるカードは3枚。どう考えても1枚多い、または少ないのだ。
「弾、お前、間違えてペア揃ってないのに余分に1枚捨てちまったんじゃねえのか?」
「え、何でオレなの!? 緑の可能性もあるじゃん!!」
「それはない。俺はそんなヘマはしない」
「オレだってしないよ!?」
「いや、お前はする」
「ちょ、決め付けるのひどくない!?」
「うるせえ、今回は俺の勝ちだ」
「何言ってんの、オレの勝ちでしょ?」
「なんだと?」
「ナンですか?」
俺と弾はお互いに一歩も引かず、睨み合う。と、そんなタイミングで俺たちがいるリビングのドアが開いた。
「ただいま、お兄ちゃん!! って、なんだ、雲坂さんもいたんですか?」
我が妹が帰ってきたようだ。
「おかえり奏」
「おかえり奏ちゃん!! 相変わらず辛辣でかわいいねー」
「黙れ変態。
というか二人でトランプで遊んでたんですか?」
いつも通り、弾に罵倒を授けながら、奏はそんなことを聞いてきた。
「ああ、ババ抜きをしてたんだ。それで、弾と揉めてたんだよ」
「なるほど、どうせまた、雲坂さんが馬鹿みたいなことをしたんでしょうね」
「いや今回はオレほんとに何もしてないからね!?」
「今回はという時点でもうアウトなんですよ」
「ええ!?」
見事に弾は奏に論破され、どうやら俺の勝ちが決まったようだ。素晴らしい。
「あ、そうでした」
「ん? どうした奏?」
服を着替えるために、一度自分の部屋に戻ろうとした奏は扉の前で何かを思い出し、立ち止まった。
「お兄ちゃんなら大丈夫だと思いますが、そのトランプ1枚足りないので気をつけてください」
そう言い残し、奏は立ち去っていった。
「「......」」
なんとも言えない気まずい空間がそこにはあった。
「今回は引き分けでいいよな、緑?」
「ああ」
次にババ抜きをやる時は、まずちゃんと枚数を確認してからやろうと、俺たちは誓いあった。
「次は私も参加させてください!!」
「「......もう、トランプはやめよう」」
「?」




