サーブを打て
体育の授業の話だ。
今日から『バスケ』の授業に変わって新しく、『テニス』の授業が始まる。うちの学校のテニスコートはそこまで広くない為、『テニス』の授業は、男子のみで行われる。
俺は、体育の授業が嫌いだ。理由の一つには、もちろん運動が苦手だというのがあるのだが、もう一つ俺が体育を嫌いな大きな理由がある。
「ペアを作ってくれ」
準備体操と挨拶が終わり、いざテニスが始まろうとした時に、体育教師が自分の前に集まっている俺たち生徒に向かって、俺にとって難易度の高すぎる指示を出した。
そう。俺が体育を嫌いなもう一つの理由とは、ペア作りである。はっきり言ってクラスメイトでちゃんと話したことのあるやつは葵以外いない。そんな俺がペア作りだと? 2ヶ月早いわ!!
「ねえ、雨宮くん。僕とペアを組まないかい?」
周りが続々とペアを作っている中、ただじっと立って途方に暮れていることしかできない俺の耳に爽やかイケメンボイスが聞こえてきた。
クラスメイトの顔も名前もろくに覚えていない俺だが、この声の主は知っている。
「遠慮しておく」
コミュ障の俺は、背後から聞こえてきた声に振り向くどころか一切動かずに、即答した。
なんとなく、お前とは組みたくないんだ。
「そんなこと言わずに、一緒に汗を流そうじゃないか」
そいつは、断られたことなど一切気にしていない様子で俺の目の前へとやってきてうざったるいほどに整った笑顔を俺に向けてきた。うざい。
その男は、晴野司。クラス1、いや学校1のイケメンと言われているほどのイケメンで、かつ俺の友人、笠野葵の彼氏である。
「お前なら他にも組んでくれるやつがいるだろうが。なんで俺と組みたがる?」
「そんなの、僕が組みたいと思ったから、という理由で十分だろ?」
「不十分だ。その理由は、俺が組みたくないと思ったから、という理由で相殺できる」
「なるほど、確かに。でも、僕と組まなかったところで、君は誰と組むつもりだい?」
なっ!? こいつ、俺がペアを作れるような人間がいないからって好き放題言いやがって!!
「そんなもん、お前以外の奴に頼むに決まって、っ!?」
他の人に無理矢理にでもペアの相手を頼もうと周りを見渡して、気づいた。ペアを作っていない者が、俺たち以外に誰も残っていないことに。つまり、それが意味することとは。
「もう僕と組む以外には、君が残された道はないね」
「先生、俺この授業サボります!!」
俺の意思が通ることはなかった。
ようやくテニスの授業が始まり、最初はネット越しではなく、ある程度近くの距離でのラリーを行うこととなった。
「そんなに拒絶されると、いくら僕でも傷つくよ」
俺は晴野に向かって、サーブを打つ。
「僕はこう見えて意外とガラスのメンタルだからね」
再び、サーブを打つ。
「君がそこまで僕を敵対するのはもしかして」
足下に落ちたボールを拾い、もう一度、打つ。
「......」
上に上がったボールを下がってくるときに、打つ!!
「......サーブ、僕が打とうかい?」
「......お願いします」
ただいま、ラリーの最高継続回数、0回。
「サーブを打つときのコツは、まず、ボールをまっすぐ上に投げること」
その言葉の通り、晴野が投げたボールは真上へと高く上がっていく。
「そして、スイング時には体を捻ることを意識する」
晴野が持つラケットが空中のボールを的確に捉え、そのボールは俺のラケットへとまっすぐ飛んできた。
そして、俺は打ち返そうとラケットを動かし、気づけばボールは俺の顔の前にあった。......なぜ?
「雨宮くん!?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「緑!? 大丈夫!?」
扉をぶっ壊さんばかりの勢いで開き、保健室へと駆け込んで来たのは、笠野葵、俺の隣の席のクラスメイト兼友達だ。
「頭に響くし、ここは保健室だから、静かにしろ」
ベッドから少し体を起こし、来客の言動に釘を刺す。今はちょうど先生も他の生徒もいないが、だからと言って許してはいけない。
「ご、ごめん。それより、大丈夫なの? 倒れたって聞いたけど」
心配そうな表情をしながら葵はベッドの横にある椅子へと腰掛ける。
「誰だよそんなこと言ったやつ。ただボールが頭に当たっただけだよ」
「えっ!? ポールが頭に当たったって、頭大丈夫なの!?」
「心配してくれるのは分かるんだが、もうちょっと言葉を選べ。
まあ、ボールが頭に当たったつっても、距離近かったのもあって、晴野もそんなにスピード出してなかったから、たんこぶができたくらいだよ。今は念のため、休んでるだけ」
ただ、その後大げさに晴野が慌てて、俺をお姫様抱っこして保健室に運んだせいで、なんだか大ごとになったんだが。まあ、こうして正々堂々と授業サボれているからありがたいが。
「そ、それならよかったんだけど」
「それよりもお前なぁ」
「ん? どうしたの?」
「まだ授業中のはずだよな?」
「だ、だって、緑が倒れたって聞いていてもたってもいられなくて!!」
「じゃあ、もうなんともないことが分かったんだから、さっさと戻れ」
「ええー、なんか冷たくない!? 本当に心配したんだからね!?」
「わかってるわかってる。ほら早くいけ」
文句を言いながら、渋々立ち上がり、葵は保健室の扉へと向かう。
「じゃあ、行くけど、ちゃんと安静にしておくんだよ?」
葵は、去り際にそう言い残し、保健室を去っていった。そして、誰もいない静寂の部屋に俺は取り残される。
「......ありがとう」
聞こえないことは分かっていても、でも、直接言うのはむず痒くて、閉まった扉に向かってお礼を言うことしか今の俺には出来なかった。
「素直じゃないなぁ、緑は」




