ツンツン
カキカキカキカキ。チラッ。
今は数学の授業中である。数学という教科は高校生にとって最も重要であり、最も厄介な教科と言ってもいいだろう。
カキカキカキカキ。
だから数学の授業において、いつ何時も先生の言葉を聞き逃してはいけない。
カキカキカキカキ。チラッ。
......なんなんだ。いつも授業中は何かしらくだらないちょっかいをかけてくる俺の隣のやつが今は必死になってノートに何か書いている。
カキカキカキカキ。
ええい、集中しろ!! きっと何か数学について何か重要な事を書き留めているのだろう。うん、きっとそうだ。全く先生の方を向かずに俺の方をちょいちょい見てくる気もするが、たぶん気のせいだ。
まあ、何にせよ俺には関係ない!! 授業に集中しろ、俺!!えーっと、この問題の答えは、っと。
「できた!!」
隣の方からそんな声が聞こえる。うん、きっと問題を解くことができたのだろう。それは良かったなぁ、うん。まあ、俺には関係ない。
ツンツン。
なんか肩に虫が当たってきやがったなぁ。まあ気にするだけ無駄だな。ハハハハハ。
ツンツン。
なんだまだ俺の肩にぶつかってきやがってるのか。懲りない虫だなぁ。ハハハハハ。
「ツンツン!!」
「擬音を口で言う奴がいるか!!」
思わずツッコむ俺。
あ。
してやったりと言うような顔を浮かべる笠野。
「してやったり」
実際言ったわ。
「何の用だ。俺は数学の問題を解くのに忙しいんだよ」
「見て見てこれ!!」
そう言ってさっきから何か書いていたノートを俺に見せてくる。そこに書かれていたのは、
「俺、か?」
俺の似顔絵だった。
「そう!! 上手いでしょ?」
えらく自慢げな彼女だが、確かに上手い。イケメンでもブサイクでもなく、全く特徴のない俺の顔。なのになぜかこの絵は俺だとわかる。
「まあまあじゃないか」
「そうでしょ!! 上手いでしょ!!」
こいつに日本語は通じないらしい。
「うふふ。よく見て書いたから上手いのは当たり前だよねぇ。うふふふ」
なんかすげえ嬉しそうな笠野。俺はまあまあと言ったはずなのだが。なんだ、いつのまにか"まあまあ"が下克上を起こして、最大の高評価になってたのか?
「ねぇ。私が雨宮君の似顔絵を描いてあげたんだから雨宮君も私の似顔絵描いてよ」
「は?」
何とんでもないこと言い出してんだ、こいつは。
「あ!! もしかして絵を書くのが下手なのかな? 大丈夫だよ。下手だとしても私は笑わないから」
「そういう問題じゃない。今は授業中だ。そんな事してる暇はない」
「ああ、逃げるんだー。ふーん。まあいいよ。しょうがないね。なんたって雨宮君は絵心がないんだから」
ふん、勝手に言ってろ。そんな挑発に乗る俺ではない。
「それに、私の描いた絵を見せられた後じゃ描きにくいよね。私より上手い絵を描くなんて雨宮君にはできっこないよね。あー、勉強が超できる雨宮君でも絵では私に負けちゃうのかー」
「勉強と絵は関係ないだろ」
「チッチッチッ。関係大アリだよ、シロアリだよ」
人差し指を左右に振ってそう言う笠野。
「知ってるか? シロアリってアリの仲間じゃねえんだぜ?」
「え!? そうなの!? って、話を逸らさないでくれたまえ!!」
ちっ。無理だったか。
「そんなに絵を描くのが嫌なの?」
「絵を描くのが嫌なんじゃなくてお前の似顔絵を描くのが嫌なの」
「え!? 酷い!!」
ガーン、と効果音が聞こえるくらいショックを受ける笠野。してやったり。
「そんな酷いこと言う雨宮君なんて知らない!! これでもくらえ!!」
そう言って何かを俺の方に投げてそっぽ(前)を向く笠野。
「いて!? 何すんだよ!?」
それは見事に俺の額に直撃して、俺の机の上に落ちた。
「ん? 紙?」
それはノートの切れ端を丸めたものだった。広げてみると、そこには、
「やっぱ上手いな」
俺の似顔絵が描いてあった。
俺は気がつかなかった。その呟きが彼女の耳に届いていたことを。彼女がそれを聞いて少しニヤけていたことを。そして、
二人のやりとりを恨めしそうに見ていた男がいたことを。
「君には絵心あるのかな?」




