言葉にできない言葉
ショッピングデート編最終話
「うーん、甘ーい!!」
俺の隣で今にもほっぺが落ちそうだ、というような表情を浮かべながらパフェを頬張っているのは、クラスメイトで隣の席の女子、笠野葵。
そんな笠野を呆れたように横目で見る俺の目の前にも一般的なものよりおそらく大きいであろうフルーツパフェが置いてある。
「すみません坂橋さん。パフェを奢ってもらってしまって」
遠慮という言葉を知らない笠野の分も含め、改めて俺は目の前に座る男性に感謝の意を述べる。
「いえいえお気になさらず。雨宮さんにも笠野さんにもお世話になったので。雨宮さんのクレープを落としてしまったこともありますし」
「ありがとうございます」
もう一度深く感謝の言葉を伝え、俺はパフェへと手をつけた。
......おお。甘ーい!!
「私からも、ありがとうございます!! パフェ最高です!! ね、リエちゃん!!」
「うん!!」
理恵ちゃんは俺と笠野のものよりも小さいパフェをこれまた美味しそうに口に入れている。クリームが口の周りについていて可愛らしい。
今、俺は笠野と坂橋さん親子と共にショッピングモール内の喫茶店にいる。
俺の右隣に笠野、その向かいに理恵ちゃん、その隣に理恵ちゃんの父親である坂橋さん、という形だ。
ちなみにあの一連の"笠野葵なんちゃってナンパ騒動(笑)"は、突然現れた珍妙なコスプレイヤー達にビビったチンピラ達が退散したことによって収束を遂げた。
なぜガンバルマンではなく、怪人を呼んできたのかと坂橋さんに聞いたところ、ガンバルマンが見つからなくて困っていたところ事情を聞いた怪人二人が協力してくれた、とのことらしい。
あの場にいた周りの人達も怪人の登場に困惑したものの、怪人二人が「ギョれ達は!! ガンバルマンの一の弟子ギョ!!」「二の弟子ブヒ!!」とポーズを決めたら、「何だそういう演出だったのか」と皆一様に散っていった。
その後、ポツンと取り残された怪人達は何だか悲壮なオーラを纏っていた。
......もう少し、歓声くらいあげてくれても良かったんじゃなかろうか。
まあ、予定とはちょっと(?)違ったが、結果オーライというやつで、なんとか大事にならずに落ち着いた。めでたしめでたしだ。
「パパー、トイレー」
「え? ああ、行こうか」
「あ、良かったら私が行きましょうか? リエちゃん、それでもいい?」
「うん!! ガンバルマン、一緒に行こー!!」
「おっけー、それじゃあレッツラゴー!!」
「ゴー!!」
笠野はリエちゃんを軽々と持ち上げ、トイレへと向かった。相変わらずの脳筋バカである。
そして当然取り残されるは俺と坂橋さんの男二人。リエちゃんを探している時にも思ったが何を話せばいいんだろうか。
「今日は本当にありがとうございました。本当に助かりました」
と思っていたら、坂橋さんから話しかけてくれた。
「いや、お気になさらず。感謝なら十分にしてもらいましたし。パフェごちそうさまです」
「そんなもので良ければいくらでも奢りますよ。雨宮さんと笠野さんには感謝してもしきれませんから」
「まあ結局あの場を収めたのは怪人さん達ですけどね」
「まあ、確かにそうですね」
あの何とも言えない結末を思い出したのか、笠野さんは苦笑いする。
「理恵ちゃん、強い子ですね。あんな怖い目に遭っても涙一つ流してなかったですし」
「ええ。強い子に育ちました。いえ、育たざるを得なかった、というのが正しいのかもしれませんね」
「......聞いてもいいですか? 奥さん、理恵ちゃんのお母さんのこと」
踏み入れすぎてはいけないと思いながらも、何故か俺の口はその言葉を発していた。
「......妻の名前は、理香といいます。出会ったのは、ちょうど雨宮さん達と同じ高校生の頃でした」
ゆっくりと、一つ一つの言葉を大事にしながら、坂橋さんは話してくれた。
曰く、とても明るい女性だったのだ、と。
曰く、坂橋さんと奥さんは本来関わるはずのない全くの真反対の存在だったのだ、と。
曰く、良く話すようになったきっかけは、隣の席になったことなのだ、と。
思わず出そうになった驚きの声を抑えきった俺を褒めて欲しい。
なんせ今の俺の状況と良く似ていたのだから。
「毎日毎日飽きずに彼女は私に話しかけてくれました。人付き合いが苦手な僕はそっけない返事しか出来なかったのに。
いつしかそんな太陽みたいな理香に、僕は惚れていたんです」
坂橋さんは気づいているだろうか。一人称が『僕』に変わっていることに。今、自分がとても優しい顔をしているということに。
「卒業式の日、僕は振られる覚悟で彼女に告白しました。そしてあろうことか、私も好きだ、と言ってくれたんです。いったい僕のどこに惚れる要素があったのか、今も不思議に思っています。
それからは僕の人生は順風満帆どころか、僕以上に幸せな人間はいないんじゃないかと思っていたほどに幸福感に包まれました。理香とは大学を卒業を機に結婚をして、理恵も生まれました」
理恵、奥さんの名前のの『理』と坂橋さんの名前の『恵』をとってつけた名前なのだと、坂橋さんから聞いていた。
「そんな幸せに包まれた結婚生活の中、理香の病気が見つかりました。癌でした。もう手の施しようがないと言われました。余命は半年ほどだと」
予想はしていた。覚悟はしていた。だがどこかで俺は聞くだけならそれほどでもないと思っていたんじゃないのか。
「驚いて何も言えない私に理香は言いました。泣かないで、と。理香の方が辛い。そうわかっているはずなのに涙が止まらなかった」
こんなにも重いのか、辛いのか。
「それから死ぬまで一度も妻は涙を見せることはありませんでした。誰よりも辛かっただろうに。
それなのに私は、何度も泣きました。妻に涙を流させることすらできない自分を情けなく思いました。妻が一番泣きたかったはずなのに。
泣いている私に妻はいつも言いました。泣かないで、と。
これは、妻の最後の言葉でもあります。妻が一番言いたかったことはこんな言葉じゃないはずなのに。私のせいで妻は言いたいことを言えなかった。本当にどうしてこんな私なんかのことを好きになったのか」
"人の死"というやつは。
「妻が亡くなったのは、今からちょうど一年前くらいのことです。なので、もう十分傷は癒えました。だから、あまり気になさらないでください。ここまで話した私が言うのも変なんですが」
「......いえ。すみません、何を言うべきなのか、俺じゃわからないんですけど」
「いえいえ、聞いていただけるだけでも救われるものがあります。改めて礼を言わせてください。
理恵を、私と妻の大切な娘を、救ってくれてありがとう」
「こちらこそ、お話を聞かせていただきありがとうございました」
それから、理恵ちゃんと笠野が戻って来たので俺たちはそこで別れることにした。
「バイバーイ!! ガンバルマーン!! 雨宮くーん!!」
「バイバイ理恵ちゃん!! また会おうね!!」
ギリギリまで手を振る理恵ちゃんに俺たちも手を振り返した。
「ていうか、雨宮君は名前を覚えてもらったのに、私はガンバルマンだと誤解されたままなのはなんだか不服なんだけど」
残っていた用事を済ませ、ショッピングモールからの帰り道、ふと笠野はそんなことを言った。
「だったら、違うって言えば良かったんじゃないか?」
「う、それは、さ、あんな目の前のことを疑うことも知らないような純真な目で見つめられたら違うだなんて言えないじゃない? 良心の呵責っていうやつ?」
「それを言うなら良心が痛む、じゃないか? というか、ガンバルマンだと騙している時点で良心も何もないだろ」
「そこは、何というかさ。あるんだよ、なんか。良くわからないけど、なんかさ」
「なんだよ」
「もー、わっかんないかなー、こうさ、言葉にできない何かなんだよね」
「......言葉にできない何か、ね。言葉にしないと何も伝わらないと思うけどな」
「......ま、そりゃそうだね。
でもきっとさ、言葉にしたくないこともあるんじゃないかな」
「言葉にしたくないこと?」
「そう。言葉にしたくないこと。恥ずかしいから言えないこととか、言葉にしなくても伝わって欲しいこととかだよ」
「......言葉にしなくても伝わって欲しいこと」
「たとえば」
赤信号で俺たちは並んで足を止める。笠野は、俺の方を見て、そして笑った。
「君の笑顔が好き、とか」
夕焼けをバックにしたその笑顔は、"美しい"というやつなんだろう、とふと思った。
「泣かないで。笑っていて。その笑顔が私は好きだから」




