ヒーロー登場!!
ショッピングデート編第10話
いつもより割と長めになってます。
「手首の件はさておき、そこで倒れている男の件は、仕方ないと思ってもらう他ないかと」
俺のその言葉に、こっちを視線で射殺さんとばかりに睨みつけてくるチンピラその一は、意味がわからないというふうに顔を歪める。
「あ? お前ふざけてんのか? 鈍器で人の頭殴っといてそれはないだろうよ?」
また、"鈍器"か。
口の端が浮き上がりそうなのを我慢して俺は答える。
「そもそもですね、さっきから鈍器やらドンキやら言ってますけど、俺がどこにそのDONKIとやらを持ってるんですかね?」
「何言ってんだ、その手に持ってんじゃねえかよ」
「その手ってもしかしてこれのことですか?」
自らの言葉に合わせ、俺は手に持っていた物を男たちに見せびらすように自分の顔の前くらいまで掲げる。
「それ以外に何が、っ!? お、お前それ」
冗談だろ、とチンピラその一はそれを指差す。その指は僅かだが震えていた。
「ええ。ご覧の通り、これ鈍器じゃなくて参考書です」
「さ、参考書、だと!?」
驚愕に目を開くチンピラそのニ。
そう、俺がチンピラその三を殴るために使ったのは鈍器などではなく、ただの本、参考書だ。まあ、結構分厚いやつだが。どうだ、紙の束で殴られてぶっ倒れる気持ちは? ハハハハハ!!
......いや、ほんと苦肉の策だったんだから。参考書は人を殴る物じゃなくて勉強するもんだってのにさ。
「だ、だとしても!! 人をぶったことには変わらねえだろ!! そこんとこどうしてくれんだよ!?」
そんな弁明をするのは手首を折られたと言っていたはずの右手を怒りに任せて元気良く振るチンピラその一。
「何言ってんですか? そもそもこの今寝転んでる人が理恵ちゃんをさも人質のようにとってたからこういう事態になったんでしょうが。責任を人にばっか押し付けんじゃねえよ」
意図せず口調が荒々しくなってしまう。気をつけねば。こういう時こそ冷静さを欠けてはいけないのだ。
自然と眉間によってしまう皺を手で広げながらそんなことを考える。
「な!? こ、こういうのは先に手を出した方がダメだろうが!!」
まだそんなことを言うのかお前らは。
「小さな女の子を怖い目に合わせたのに手を出してないっていうのか」
俺の足元で震えている小さな女の子に目を向ける。
この子、理恵ちゃんは強い子だ。今だって本当は泣いたっていい場面だ。でも理恵ちゃんは唇をキュッと締めて涙を堪える。
母親について聞いた時、坂橋さん、理恵ちゃんのお父さんは何やら思い詰めた表情をしていた。何も聞いていないから俺は何も知らないが、何かあるのだろう。きっと理恵ちゃんがこんな時にも泣けなくなるほど強くならなければいけなかった何かが。
そんな子がようやく甘えることができるせっかくの休日のお出かけだ。こんな怖い思いをして終わり、だなんてさせたくない。させるわけにはいかない。
だから、俺は坂橋さんに頼んだ。この面倒ごとを大ごとにせず、かつ理恵ちゃんに楽しい思いでこのお出かけを終わらせてもらうための"ヒーロー"を呼ぶことを。
「ち、ちげえよ!! 先に手を出してきたのはそこの女だろうが!! 俺たちは売られた喧嘩を買っただけだ!!」
「売られた喧嘩を買うっていつの時代のヤンキーですか? だいたいね、女2人を男3人が囲む図を見て、誰があんたたちの方が被害者だなんて思うんですか?」
「お、お前、卑怯だぞ!!」
「卑怯? それが女の子を人質に取った人たちのセリフですかね?」
「な!? てっめえ、怒ったぞ俺は。もう警察沙汰になったって構わねえ。てめえはぶっ殺す!!」
「ちょ、雨宮君、何怒らせちゃってるの!? もう、下がってて!! 私が相手するから!!」
堪忍袋の尾が切れたかのように顔を真っ赤にしてこちらに殺意を向け出したチンピラたちから俺を庇うように笠野は前へ出る。
「てめえはどきやがれ!! 俺の手首の件は無かったことにしてやる。だから、そこを退け!!」
用があるのはそこのすかした野郎だけだ、とチンピラその二は叫ぶ。
「退くわけないでしょ!!」
だが、笠野は動かない。
まったく、女子に守られる男とは、我ながら情けない。いつもなら悠々と守られるところだが、今日は少々気持ちが高揚している。
「どいてくれ笠野」
ひと暴れしようか。抑え切れず、笑みが溢れる。俺の強さを思い知らせてやる。
「何言ってんの雨宮君!! そんなヒョロヒョロの体で勝てるわけないでしょ!!」
......。おう、俺のこと気遣ってくれるのは分かってっけど、今いいところだからそういうこと言わないでもらえるかな!?
「と、とにかく、手首の件を無かったことにしてくれるつってんだから素直に従っとけ」
「でも、雨宮君が」
まだ食い下がってくる笠野に俺は意地の悪い笑顔で言ってやる。
「大丈夫だから。俺を信じろ」
「っ!? ......分かった」
驚きで一瞬目を見開いたと思ったら、すぐに下を向きつつも、渋々と言った感じで了承の意を示す笠野。さっきまで興奮して叫んでいたせいか心なしか耳が赤い。
笠野の同意ももらえたということで、理恵ちゃんを笠野に預け、俺は改めてチンピラたちへと向かい合おうとした、その時、何かに後ろから服の裾を掴まれる。まあ、一歩たりとも前に進めないことを考えても、十中八九笠野だろうが。
やっぱり反対するんじゃないだろうな、と後ろを振り向く。
「っ!?」
思ったよりも顔が近くにあって思わず、息が詰まる。相も変わらず、憎たらしいほど整った顔だ。
「怪我、しないでよ」
いつもとは違うとても心配そうなその表情に少し調子が狂いそうになるが、こういう時こそ、返答は、いつも通り軽く、適当に。
「当たり前だ。痛いのは勘弁だからな」
いつもと変わらない俺の調子に驚く笠野。こっちも意表をつかれたのだからお返しだ。
「話は終わったか?」
何がおかしいのか、ニヤニヤと笑いながら、こっちを見てくるチンピラその一。
「ああ。わざわざ終わるの待ってくれるなんて律儀なんだなあんたも」
「何言ってんだ、やっぱ肉は食べる前によく焼いた方がウマいだろうが」
「まあ、確かに。でも、焼きすぎて焦げてなければ良いですけどね」
「は!! 軽口叩けるのも今だけだガキが!! 彼女の前で無様に死に晒せ!!」
大きく一歩を踏み出し、俺へと殴りかかってくるチンピラその一。
「雨宮君!!」
笠野の叫びがはっきりと聞こえる。声がでかい。はあ、俺はこんな元気な彼女よりもっとお淑やかな彼女の方が良いんだよ。そう、英子ちゃんみたいな。
「あ、ところで言うの忘れてたんですけど、足下、気をつけた方が良いですよ?」
ニコリと笑い、足元を指差す。
俺が真っ向から殴り合いをするとでも? 汚い手を使わせたら横に並ぶ人はいない、あの雨宮さんですよ?
「は?」
間抜けな声を出した男は、足が滑りそうになってようやくその存在に気づく。
大きく踏み出してくれて助かった。おかげで、上手いこと落とせた。
「ぬおおおお!?」
チンピラその一は、踏み出した足の先に落ちていたビニール袋によって足を滑らせ、勢いよく背中から転げ落ちた。
秘技、惣菜クレープの恨みトラップ。そのビニール袋には、俺の、惣菜クレープが食べられなかったという深い悔恨の気持ちが入っている。
「てっめえ、舐めたマネしやがって。楽には死なせねえぞコラ!!」
仲間がやられ、さらに怒りを募らせるチンピラそのニ。
「そうっすね。俺も簡単に死ぬよりは頑張って長く生きたいです、はい」
「その馬鹿にしたような顔、潰してやるよ!!」
同じ轍は二度踏まない、というように今度は一歩一歩を小さくして向かってくるチンピラそのニ。
まあ、どっちにしろ、もう落とせるものがないのだが。どうしよ、もう打つ手ないや。しょうがない、一発くらい殴られるとこうかな。あ、でも一発で済む気がしない。
男の拳が俺の顔へとまっすぐに飛んでくる。
あ、死んだ。
だが、その時。
「「そこまでだ、悪党!!」」
「「「っ!?」」」
この戦いの終了を知らせる声が聞こえた。その場にいた俺以外の全員が声の出どころへと顔を向ける。
やっと来たか、ヒーロー。待ってたぜ。でも、できればもう少し早く来てほしかった。そう、せめて一発殴られる前に。痛い。
おそらく赤くなっている頬をさすりながら、俺も救世主の方へと顔を向け、は?
「女のギョを泣かせる奴は」
「オデたちが許さないブヒ!!」
「ギョ?」
「ブヒ?」
チンピラ二人が困惑している。俺も困惑している。
そこに現れたのは、いつかのヒーローショーで見た魚の怪人と豚の怪人だった。
「雨宮さん!! お待たせしました!!」
そう叫んで駆けつけてくるのは、俺が助けを呼ぶように頼んでいた坂橋さん。
「パパ!!」
探していた父親をようやく見つけ心底嬉しそうに坂橋さんへと駆け寄る理恵ちゃん。
「理恵ー!! 無事でよかったー!! 本当に良かったー!!」
二人が涙を流しながら抱き合う姿は大変微笑ましい。のだが、
いやあの、俺はガンバルマンを呼んできてって頼んだんですけど? えっと、誰かこの状況を説明してください。
遅いかもですが、新年明けましておめでとうございます!!
そして、新年初感想ありがとうございます!! めちゃめちゃ嬉しいです。なんだか、お年玉とクリスマスプレゼントを同時にもらった気分です。
前話の投稿からだいぶ間隔空けてしまってすみません。ドキドキ?『ショッピングデート編』は次話が最終話となります。
今年も今作をよろしくお願いします!!




