逃げるが勝ち
ショッピングデート編第3話
「ちょっとトイレに行ってくる」
俺たちは、映画を見終えてショッピングモールの中の少し開けた場所まで来た。そこで少々雉を撃ちたい気分になったので俺は笠野に少し待ってもらうようお願いした。
「ダメです」
「じゃあちょっと失礼、......は?」
ニコリと表情を固定したまま笠野は予想外の答えを返してきた。
いやほんと予想外すぎるんだが。誰がトイレに行くことを拒否られると思うだろうか。そもそもトイレに行くことにダメも何もないだろう。
一体どういうことなのか。その問いの答えは次の笠野の発言で明らかになる。
「トイレに行っている間に私がナンパでもされたらどうするの?」
「救難信号を送れ」
「雨宮君携帯持ってないじゃん」
「何言ってんだ、俺にじゃなくて沿岸警備隊に送るんグハッ!!」
ドスッっと鈍い音が俺の腹からしたと思った直後、俺の体が後ろへとのけぞり、そのまま俺は尻餅をつく。絶対肋骨何本か折れた。
「難破じゃなくてナンパ!! 私が知らない男達にあんなことやこんなことをされるってこと!!」
奮った拳を上下に振って笠野は怒りを露わにして、子供連れもそう少なくない場所でとんでもないことをのたまう。
「ナンパだけで想像力豊かすぎんだよ。それに男の1人や2人その拳で一発だろうが」
「な!? か弱い女子に向かってなんてこと言うのさ!!」
「お前のどこがか弱」
おいおいその握った拳をどうするつもりだ。俺はもうすでにさっきの一発で満身創痍なんですが? や、やめろー!!
◇◆◇◆◇◆
なんとか無事に用を足すことができた俺は笠野を待たせていた場所へと向かう。そこで俺は予想外の光景を目の当たりにする。
「ギョ、ギョ、ギョ。可愛い嬢ちゃんじゃねえか。ちょっと俺たちと遊ぼうぜ」
「そうブヒなぁ。ワイ達と楽しいことしようやぁ」
「きゃ、きゃー!! 誰か、助けてー!!」
笠野は発言通り男達に絡まれていたのだ。そう、魚と豚の怪人のコスプレをした男2人に。ショッピングモールの通りに特設されたステージの上で。
「......」
いやまじで何やってんの?
目の前で起こっているカオスな出来事に一瞬思考が停止したが、周りをよく見れば状況を理解できた。
いわゆるヒーローショーというやつだ。
ステージの上部には『努力ヒーロー、ガンバルマン参上!!』と書かれた看板が取り付けてあり、ステージの前には子供連れの家族が大勢いた。今日はやけに子供連れが多いなと思っていたがこれが理由だったのだろう。
努力ヒーロー、ガンバルマンとは......。すまん、俺もよく知らない。
まあ、子供達に人気のヒーローなんだろう。なんか退屈そうに寝てる子供達いるけど。なんなら子供より舞台上に現れた美少女に釘付けのお父さん達の方が多いけど。
まあ、頑張れガンバルマン!!
なんだかよく分からんがおそらく笠野はよくある"怪人に人質にされる観客"として選ばれたのだろう。
笠野も自分の役割を理解しているのか、棒読みながらも悲鳴を上げていた。
まあ、無駄に見た目がいいのが運の尽きだ。俺は観客席の後ろの方で見守らせてもらおう。
だが、俺は笠野の疫病神っぷりを見落としていた。
「あ、雨宮君!!」
突如、ステージ上から俺を見つけた笠野が俺の名前を呼んだのだ。
当然、怪人のお二人は言わずもがな、ステージを見ていたお客さん達の視線は人質の少女が目を向けた方へと向かう。もちろんその視線の先にいたのは俺、雨宮緑だ。
『おーっと、もしや囚われの姫様の彼氏か!? そうならばどうか彼女を救ってくれー!!』
会場に響き渡るその声の主はステージの脇にいる女性。ショーナレーターというやつだろう。よくいる『会場のみんな、〇〇マンに力を頂戴!!』みたいなことを言う人だ。
「助けてー!! 雨宮君!!」
『姫が助けを求めているぞ!? 彼氏さん助けてあげて!! 会場のみんなも彼に力を!! せーの!!』
「「「頑張れ!! 雨宮君!!」」」
なぜか会場が一体となって俺を応援し始めた。俺じゃなくてガンバルマンを応援してくれ!!
そして、会場にいる全員の注目が俺へと向かったその時!!
「彼氏ではないので全力でお断りさせていただきます」
俺は、全力で逃げた。
駆け出しのヒーロー「あれ? ワタシの出番は?」




