4月19日―――職員室
「キミたち……。今何時?」
「えっと……、12時半っすね……」
「遅刻理由は?」
「寝坊です……」
職員室では二人の男子高生と、それらを問い詰める女教師、そして彼らを見て半笑いだったり少々イラついている教師たちがいた。
織中と御旗は教員机の前に並ばせられて説教を食らっていた。
「はぁ……。まあ、あんたら今回が初めてだから怒鳴ったりしないけど、次。また遅れてきたら次は無いと思いなさいよ。特に織中は転校初日じゃない!しっかりしなさい?」
目の前の教師は明らかに面倒だという雰囲気を出して、額に手を当てながらそう言った。
「は、はい……」
「御旗も。あんた先月やらかしているんだから、もしここに織中がいなかったら……!」
「いやあ!あれは俺じゃ……!いえなんでもねえですよ……」
織中は御旗が少しだけ悔しそうな顔をしていたのを見逃さなかったが、今はそれどころではなかった。
「次の授業が私でよかったね。……授業を少し削って織中の自己紹介時間にするからそれまで待機。一緒に教室に行くから。御旗はついてきてももうクラスに戻っていてもいいぞ?」
「いんや杉浦先生、俺もそこまで薄情じゃないっすよ。こいつも一人じゃ不安だろうし、一緒にいてやんのがスジってモンでしょ」
「そ。じゃあよろしく。職員室前の机で待ってな。くれぐれも暴れたり、他の生徒の邪魔にならないように。どっちも問題児なんだから」
二人は職員室を後にした。
「ちっきしょー!好き勝手言いやがって。あれは俺じゃないっての!まあ、確かにいたけどよ……」
唇を噛んだ御旗が拳を握って小さな声でそう言うと、机を軽く小突いた。
織中は彼に近寄って、
「何かあったのか?」
と聞くが、御旗は首を横に振って、
「いやお前には関係ねえよ。終わった話さ。俺が親切だったのがバカだったって話だ」
そう言って御旗は大きくため息をつくと、ずっと立っている織中を見て机の下から椅子を出して座ると、織中にも座るように言った。
織中も人に言えないことがある。
だからそれ以上聞くのは避けて、御旗の親切を買って椅子に座った。
「あっ、御旗じゃーん。今日来てないから風邪かと思ったよー」
「ああ?」
声をかけられた御旗は、そちらを向いた。つられて織中もそちらの方を見ると、二人の女子生徒が近づいてきた。
一人はショートカットの運動の得意そうな丸顔の少女。
もう一人は背中に隠れるようにしがみついている胸のあたりまで伸びた黒い髪の少女。
「なんだよ畑上。俺も寝坊くらいするさ。逆に風邪は生まれてこのかた一度たりともひいたこたあねえけどな」
「……嘘だ」
「狩切!お前も畑上の後ろに隠れてぼそっと言うのはズリーぞ!」
せっかく座っていた御旗が体を乗り出してその女子たちに食い掛かっていった。
織中の目が畑上と呼ばれた女子生徒と合うと、
「あれ?転校生?……ああそうか。うちのクラスに来るって言ってた……」
織中の表情は少しだけ固くなった。
御旗はすぐに仲良くなったが、彼女たちはどうなのだろうかと。自分のことをどんなふうに伝え聞いているのかと……。
「オッス!あたし畑上 ゆきって言います!……ああそうか、御旗に絡まれていたんだね。まあ、変な噂が流れているけどコイツは普通にいいやつだからさ。別に心配しなくてもいいよ!」
「心配するところは皆無だろうが!あと!織中と俺はもう仲良くなったんだよ!いらん世話だ!」
「織中 玉樹です。よろしく」
「うん!よろしく!あ、それであたしの後ろが狩切 佐由里っていうんだけど、まあちょっとだけ人見知りでさ。でも別に織中くんのことを嫌いってわけじゃあ……」
「人、嫌い……」
「……あー、まあこんな奴だ。慣れたら返事くらいはしてくれるから気にしないでいいぞ、織中」
「…………」
織中が狩切を見ようとすると、細目になってすぐに畑上の後ろに隠れた。
人間が嫌いらしいが、普段の授業はどうしているのだろうか。
「んで、その織中くんって本当に転校生?……いやーあたしってあんまり人を覚えられなくってさ。御旗と遅刻したってことは次の授業から参加するのかな?」
「まあ、そうです。自己紹介を考えているが、どんなクラスか不安だ」
「ははっ!まあまあ、御旗みたいな奴もいるし、案外居心地いいかもよ!これからの学校生活で不自由になったりすることはあるカモだけど、いじめとかそういう暗い話は無いから安心しなよ」
「まっ、つっても変な人間もそーそーいねえし、ホントに普通のクラスだよ。俺だってすぐ慣れたんだ。心配はいらねえよ」
御旗と畑上がそう言うので、織中の心の枷が少しだけ放たれたような気がした。
「そういやよ。畑上、お前なんか妙な噂言ってなかったか?なんかこー……、掲示板についての噂とかよ」
「なに?掲示板?……ああそういえば知りたい人の名前を書くとその人についての秘密がわかるとかなんとか……。それで?」
「いや、なんつーかそれじゃねえな。こいつと俺の大遅刻の理由がそれっていうかなんというか……」
要領を得ない会話しかできない御旗に前の二人は意味を理解できているとは言えなかった。言えるはずもない。織中も助け船をしようと思ったが、どういったらよいのか迷うほどだった。一つ間違えれば頭のおかしい転校生だ。
「……噂を言い訳……」
「狩切!……ってまあいいか。俺は優しいから許してやるよ」
「んじゃあ、あたしと佐由里は教室戻っておくからさ。御旗、ちゃんとエスコートしなさいよ?」
「なんでいちいち野郎のエスコートなんざ……。やっぱ俺も教室で待とうか……」
「それでもいいぞ。俺はもう大丈夫だ」
「真に受けんなよ。俺が居なかったらあの杉浦先生にねちねちと攻撃されるぞ。お前はなんかあって転校してきたそうじゃねえか。やさしい俺は投げ出さねえよ」
「……ふーん。まあ、この学校は普通だから頑張んなよ、織中くん。教室で待っているね~」
畑上と狩切は廊下を曲がって教室棟の方へと歩いていった。
しばらく御旗と話していると昼休み終了の鐘が鳴り、杉浦先生に罰としてプリントの山を運ばされながら二人は教室へと向かった。
パンはパンでもパンドラの箱を開けた時にもたらされる、人類の災悪を二十答えよ