???―――???
「……ぁぁああああ、痛ァ!」
「うぐっ!?」
穴に吸い込まれた彼らはアスファルトの上に落ちた。
辺りは暗く、電柱に付いた街灯の光だけが二人を照らしていた。
「……んだ、こりゃあ……。おい!織中、無事か!?」
「なん、とか……。ここは……?」
ぽつぽつと点在している街灯でようやく道が分かるくらいで、完全に夜の風景だった。星や月は雲隠れして頼りにならない。
夜目がようやく効くようになって視認できるのは、すぐ横に流れる水路と水の張られていない田んぼだった。うしろは山で、茂みから今にも何かが飛び出してきそうな雰囲気だった。
数多くの異能はあれど、掲示板からこんな世界に飛ばされるとは誰も予想なんてできはしない。
だがこの世界、織中には見覚えがあった。というよりも鮮明に頭の中に残っている風景だ。あの忌々しい事件の――――――、
「おい、しゃきっとしろって!とりあえず人がいるとこに行こうぜ?ここはなんというか……田んぼと山しかねえじゃねえか!」
「いやッ、待て御旗!」
「あん?」
御旗が田んぼと呼んだ場所は盛り上がり、天高く昇っていく。
ついには海坊主のような巨大な塊となって、俺たちの前に姿を現した。この場合は土坊主か。
天使の輪のような冠からぼとりぼとりと土くれを落としては、そこから何かがうごめいていた。土くれの中からぎょろりと弩級砲の玉のような目が光ると、二人を見下ろしてゆっくりと動いた。
御旗は口をパクパクさせて腰を抜かせて見せる。
織中も何ができるわけでもない。まず分かるのはこの世界は普通の世界ではないということだけだった。
「んん?あれあれ、どうしてこんなところに人がいるんだろうね?」
なんだ?女の声が後ろから……。
と同時に土坊主の目玉の近くで閃光が広がった。そして織中は誰かに後ろの山へと引っ張られた。
「うわ!」
「あっ!織中!」
「そっちの人もこっちに早く来なよー。じゃないと食われるよ、精神を」
「ああ!?」
山奥へと体を引っ張られていく感覚はどうも遊具に乗せられている気分でもあったが、途中途中で葉っぱやツルに引っかかり最悪だった。転ばないように足を動かすので精いっぱいで、誰に連れられているのか分からない。
ここからでは御旗が見えないが、彼は無事であろうか。
一気に茂みが遠くなったのを見た瞬間、
「あっと、ごめんごめん。ここまで引きずっちゃって」
謎の力が消えると同時に体が二三転して、ようやく平衡感覚が戻ったかと思えば頭の上に地面があった。
「何してんのかな?キミは」
織中の前にずいっと女の子の顔が横から現れて、また後ろにもう一転。アスファルトの壁にぶつかった。
「はっはー、面白いからそのままにしててもいいよ。それでなんだろうね、キミは」
月がちょうど顔を見せ始め、光が彼女を照らし始めた。
織中が立ち上がる。
「よっ、少年。どこから迷い込んできたか知んないけど、ここはとんでもなく、飛んで無くなるくらい危ないところだからっさ、さっさ元の世界に戻んなよ」
淡々とした声。物腰の柔らかそうな性格。特徴的な短く左右にはねた髪。
年齢は織中と同年代くらいだろうか。白いブラウスに水色の長いスカートをはいている。
胸を張って腰に手を当てた、口が全く笑っていない割には自信たっぷりな少女がいた。
「あーやっと見つけた……ってうわっ!織中大丈夫か?いやそんなことよりもなんかついて来ていたぞ!?」
「御旗!」
茂みから飛び出てきた御旗のすぐ後ろには、イナゴのようにトゲトゲとした足を持ち、二足歩行でのっぺりとした口しかない頭を持つ化け物が、だらしなく舌を出したまま襲い掛かってきた。
「うわあああ!やっぱきたー!」
御旗の足に舌を伸ばし転ばせた。
そのまま御旗にジリジリと近寄ってきている。光沢のある口を大きく開けて御旗をそのまま捕食する気らしい。
「あらら?よくないものを連れてきたようだ……。まあいいか。私の力を見れるのは今日限り。とくとその目で、見て、帰るがいいですよー」
少女がスカートのポケットに手を入れて取り出したのは、
「私の鏡、映し出すは我が心」
天に円盤を掲げると、その円盤は輝き始めた。
違う。あれは円盤ではない。
鏡だ。緑色の鏡が淡い閃光を放っている。
御旗に群がっていた化け物が一斉に少女の方に注意を引き付けられると、よだれを垂らしながら襲い掛かってきた。
「招来せよ、カンヤナヒメ!」
鏡が割れた。
少女の前に現れたのは緑の塊。若い葉の球体だった。
それがゆっくりと開いて行くと、今度は地中から丈の長い草が生えてそれを隠した。
長草かき分け人のようなものが現れると、御旗の前の口の化け物たちを手に持つ長草でそれぞれ縦に両断した。
肌は白く、水色の羽衣と黄緑の織り交ざった装束を纏った女で、顔は仮面のようなもので隠れて見えない。背が高く、すらっとした出で立ちであった。
刹那の出来事であったが、だらしなく舌を垂らしていた化け物は土くれとなって消えてしまった。
「なんだよ……、ありゃあ……」
御旗はよくわからないものがよくわからないものに切られたことだけが分かっていた。
襲われて尻もちをついていた御旗のすぐ足先にいる人型のそれがいたが、御旗のことは一切見ようとはしていない。
その間に少女は御旗に近寄って、織中のいる場所まで手を引いた。
「グオオオォォ……!」
地が揺れた。
さっきの土坊主の咆哮が聞こえ、そちらの方を見れば巨大な塊がまさに今立っている山の方へと動き始めていた。
きっと手下のあの口しかない化け物を倒されたからに違いない。
「ありゃりゃ。ここはさすがの私もあんまり活躍できそうにないさね。んー、んー……」
少女は人差し指を手に当てて考え始めた。
織中たちはただひたすら状況確認のために辺りをきょろきょろと見回す他なかった。
「よし、攪乱する。いやしよう!増殖しろ、カンヤナヒメ」
ビシッと少女がカンヤナヒメを指さすと、カンヤナヒメは悲鳴を上げ始めた。そして体が爆発すると、パラパラと種が降ってきたかと思えば成長していき、そこら中にさっきの十分の一頭身のカンヤナヒメで埋め尽くされた。
織中と御旗の脳では、もうこの現象は理解できなくなっていた。
少女が手を打つと、一斉にカンヤナヒメたちがあちらこちらに走り始めた。
「さっ今のうちに元の世界に帰しちゃいましょうかー」
「いやちょっと待てや!さっきからなんなんだよこの世界はよォ!」
御旗が広がる夜空に向かって大げさに手を振って少女に聞いた。
しかしながら、少女はニヤリとしてケロッとこんな風に答えた。
「はっはー。キミらが知らなくていいことだよ。多分ね。でももしかしたらこの世界を生み出しちゃった人間がいるのかもね。そうとうな人だよ。私じゃ手に負えないや」
「待て待て待て!世界を生み出した?いや、そもそも帰るって……」
「つべこべ言わずに詰め込め~」
少女が丸い鏡のようなものを御旗に叩き込むと、御旗が煙のように消えてしまった。
「さて、次はキミと私の番だね」
「御旗は……?」
織中は少女に尋ねる。できるだけ冷静に。御旗のように食って掛かれば強引に戻されてしまうと思ったからだ。
耳があの土坊主の咆哮をしっかりと捕らえた。近くにまだいるらしい。
「ああ、うん。心配無用ご無用。階段に出るだけだから別にね。それと……」
少女は一度だけ目をそらして、土坊主のいる方向を見た。
地響きが確実にこちらに近づいてくるのが分かる。カヤンナヒメの攪乱が途切れてしまったようだ。
「ここの世界のヌシ、あれじゃない。別にいそうだね。いったいどんな人のなんだろう……?まあいいっか。じゃ、さいなら」
「ちょっ、ま」
何をされているのか分かったものじゃない織中の抵抗もむなしく、視界に鳥居のような紋が近づいた途端に突然浮遊感に襲われて意識がブラックアウトした。
あ、とある作品が大好きでこれを書きました。そう、ほぼ二次創作です。
まあ、キャラの性格、ストーリー、設定は完全にオリジナルですので、参考にした作品が何の作品かはご想像に任せますー。