人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!
……あ、これ、ネット小説で読んだやつ?
前世の記憶が甦った途端、私の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
そう、怪我とか病気ではないが――転生体に何かが起こり、とにかく何でも良いから縋ろうとしたらしい結果がこれ(前世覚醒)だ。
そしてパニック状態なせいか、現世の記憶は解らない。ただ、自分の姿は近くに鏡などなくて見えないが、隣にいる男性は銀髪で目の前の母娘らしき二人は金髪。更に男性の服装がクラシカルな感じなので、中世ヨーロッパ風の異世界なんだろう。あと、女の子の方と私の目線が同じくらいなので、年も同じ六歳くらいだと思う。
(まあ、前世はちょい人見知りなOLだったんだけど……幼女からすると、きっとすごく大人に感じるわよね)
しかも私の場合、苦手だからって話さない訳じゃない。社会人となると、そういう訳にもいかないので――最低限だけ話し、あとは相手の聞き役に回って会話を終える。おかげで、内心の動揺が顔や言動に出なくなったが、幼女からすればそれも頼もしいのかもしれない。
それにしても、前世を思い出すくらいの一大事って何だろう?
そんな私の疑問に答えるように、隣の男性が言う。
「イザベル。早く、お前の新しいお母様と妹に、挨拶を」
……ごめん、現世の私。多分、父親だと思うんだけど、私、この人と合わないわ。
連れ子の可能性もあるけど、そうじゃなければ亡くなったと思われる現世のお母さんと、二股かけてた可能性があるし。事前に話があったのなら、そもそもパニックは起こさないと思う。
(ワガママで可愛げのない子に転生する場合があるから、私個人が嫌われてる可能性もあるけど)
だとしたら、ここで下手な手を打つと父親から見限られ、義理の母や妹との仲がこじれるかもしれない。可憐で保護欲をそそる母娘なので、シンデレラのようにこき使われはしないかもしれないが――本人達に悪気はなくても、何かとこちらが悪者にされる可能性がある。
(最悪な展開だと、冤罪被って婚約者も横取りされて婚約破棄とか? そうなる前に、穏便に退場しないと)
……結果、現世の父とは疎遠になるかもしれないが。
(ごめん、現世の私……前世の私が頑張って、最低限の衣食住は確保するね)
そう心に決めて、私はネット検索で見て真似したことのあるカーテシーを披露した。
「失礼いたしました、お父さま……初めまして、お義母さま方。イザベルと申します。よろしくお願いいたします」
突っ込まれなかったところを見ると、幼女ということもあり何とか及第点だったらしい。内心、ホッとしつつ目を伏せたまま(顔が解らないので、見上げて悪い印象を与えない為)私は言葉を続けた。
「お父さま」
「……何だ?」
「新しいお義母さまは素敵で、義妹もとても可愛らしいですね……おめでとうございます」
「う、うむ」
「……これで私も安心して、修道院に行けます」
「何だと?」
「亡きお母さまに、祈りを捧げたいのです。安らかに、眠れるように……駄目でしょうか?」
再婚を反対したら、父親からの評価が駄々下がりになるだろう。
幸い反対するほど思い入れもないので、賛成した。その上で、こちらの要望を口にした。暗に「女連れ込んで母親、草葉の陰で泣いてるぞオラ」とも含ませて、罪悪感を刺激してみる。
(出家=修道院だと思ったけど、間違ってはいなかったみたいね……女だから、跡継ぎって訳じゃないよね? いや、まあ、性別関係なく長子がってのもあるけど、それならこんな邪険にしないと思うし……邪魔者だと思うから、どうかこのままフェードアウトさせて下さい! お願いしますっ)
内心で拝み倒しているとしばしの沈黙の後、父親と思われる男性の声が頭の上から降ってきた。
「……よかろう」
「ありがとうございます」
「あなた……こんな小さな子に、そんな……」
「……母を想う健気な心を、尊重したいのだ」
無事に許可が下りたのに、心の中で万歳三唱する。
義母の反対に内心、ヒヤッとしたがもっともらしい父親の言葉にそれ以上、続かなかった。うんうん、何とか綺麗にまとまったみたいだから、変に蒸し返さないで下さい。
こうして、修道院に行くことが決まった私は部屋に戻ったので気づかなかった。
「嘘……イザベル様、退場?」
母親と同じ金の髪と、青い瞳。
天使のように可憐な異母妹の口から、そんな言葉が零れていたことを。
※
高熱で寝込んだ後、自分が乙女ゲーム『True Love~幸福を探して~』のヒロイン・エマに転生したと気づいた瞬間に、わたしが思ったのは。
(推しキャラ達と、リアルに会える!)
なんて、我ながら残念なことだった。
ストーリーはシンプルだが、イラストが綺麗で眼福だった――ヒロインや攻略キャラは勿論だが、ライバルの悪役令嬢まで麗しかった。おかげで、推しキャラ以外も全キャラのスチルを集めたくてやり込んだものである。
ちなみに、このゲームの攻略キャラは、四つ葉の意味である『愛情・信頼・勇気・希望』をコンプレックスとして抱えている。そして魔法学園に入り、彼らと出会うヒロイン(つまりわたし)が、推しキャラの婚約者である異母姉に何かと絡まれつつも、攻略キャラのコンプレックスを受け入れて癒すことで、親密度が上がって恋愛エンドを迎えるのだ。
あ、つい役割の『悪役令嬢』って言ってるけど、彼女の主張は「婚約者のいる男性に近づかない」や「もっと勉強して、相手に相応しくなるように」という至極真っ当なものだ。だからゲーム中、わたしは推しキャラである王太子・ユリウス様の攻略もだが、少しでも彼女に認めてほしくて頑張ったものである。
(いや、まあ、結局はヒロインと攻略キャラがくっつくとイザベル様、婚約破棄されるんだけど……ざまぁじゃないとは言え、あれは泣く! あ、でも中身がわたしなら下手に邪魔しなければいいのかな? そうすればユリウス様とイザベル様、婚約するかしら……よしっ、そうなったらこの目にキャラ達の美貌をしっかり焼きつけて、心のアルバムに収めまくるわっ)
そう心に誓い、両親に連れられて異母姉であるイザベル様とのファーストコンタクトを果たしたわたしだったが。
「失礼いたしました、お父さま……初めまして、お義母さま方。イザベルと申します。よろしくお願いいたします」
艶やかな黒髪ストレートと、琥珀色の瞳。怖いくらいに整った美貌と、優雅なカーテシー。そして、鈴を鳴らすような美声に圧倒され。
……その為、イザベル様の台詞がゲームと違う(ゲームでは「私の母は亡き母一人。母にも、私一人……妹も、おりません」だった)と気づくのに、しばし遅れ。
気づいた時には、イザベル様の修道院行きが決定し――ヒロインであるわたしは、揉めることなく穏便に侯爵令嬢になり、ユリウス様との婚約が決まったのだった。
※
フェードアウトが決定した後、私は部屋で鏡を見てイザベルの美幼女ぶりにビビった。
とは言え、修道院に入れば平民――とまでは言わないが、大人しくしていれば埋もれるだろう。
……かつては、そう思っていた時代もありました。
(何か、キラキラしたグッドルッキングショタ達に会うし。唐突に、悩み相談されるし……まあ、おかげでネット小説で読んだ『乙女ゲームの世界に転生』パターンかって気づいたけど)
夢女子属性がないので、小説で読むだけで実際に乙女ゲームをやったことがなかったので気づくのが遅れた。まあ、ある意味知らなかったからこそ穏便にフェードアウト出来たのかもしれないが。
(ちょうど会いに来てくれたエマと話して、解ったのよね)
それ故、私は彼らの話を聞きこそしたが(相手が王太子に騎士団長の息子、宰相の息子に教皇の息子で断れなかった)聞くだけで特にアドバイスはしなかった。それはヒロインのエマの役目だと思ったし、余計なフラグを立てて面倒なことに巻き込まれたくなかったからだ。
とは言え、ここで思いがけないことが起こった。
恋愛沙汰に巻き込まれた、ではない。彼らとのフラグは叩き折り、おかげでエマは無事に王太子に嫁ぎ、他の攻略キャラだという男性陣も二人に心からの忠誠を誓っている。あれなら、即位した後も磐石だろう。
……予想外だったのは、彼らにしていた『愚痴聞きサービス』に思わぬ需要があったことだ。
この世界、懺悔をするという考え方はあるが、愚痴やストレスを弱みと捉えて自分一人で抱え込む傾向にあった。
そんな中、私は個室で人々の話をただ聞き、人々は口に出すことで解決の糸口を見つけ――結果として、私を始めとする修道女や修道士達が人々のガス抜きに協力するようになった。
(ざまぁがないから、物語としては面白みに欠けるだろうけど。現世の私との約束も果たせたし……私は私で、癒しになる男性とも出会えたし)
そう思ったところで、私はやれやれとため息をついた。
(『聖女様』って呼ばれるのは、ちょっと勘弁してほしいけどね)