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まどろむ白い巨人・3

 ヴァンが、その山小屋へ到着したのは、夜明けに近い闇の中だった。半分しかない月に道を照らしてもらったとはいえ、暗い山道を歩くのには不安もあった。だが、こうして、神経を擦り減らしつつもたどりついた。―――何故か灯りの漏れる、この山小屋に。


(……まさか)


 デルモーグからの追っ手が来ている、とは考えにくかった。知らない人間がここまで山に入ってくることはない。それなら、残る可能性はたったひとつだった。

 問題があるとすれば、金髪の彼が、果たしてどれほど心を許せる人物なのか、ということだ。


(引き返すか―――?)


 直接、ファン・ル・ファンの遺跡まで行ってしまおうか。そう考えた。だが、自分の格好を思いだし、それも止める。バイト中ならまだしも、情けない女装姿を、顔見知りの見張りに見せることになるかと思うと、それだけで顔から火が出る思いだった。


「早く入って来ませんか? 夜は冷えますよ」


 小屋の中から声が掛けられた。間違いなく、ジュリオの声だった。


(そうだ、だいたい、人の家に勝手に上がり込む輩を放っておけるか!)


 中で勝手にくつろいでいるであろう、ジュリオを思い浮かべると、ヴァンの胸がムカムカとした。


「先回りかよ、お前は!」


 ドカンと戸を開けると、目の前に金髪の男性が立っていた。どうやら向こうも戸を開けようとしていたらしく、腕を微妙に上げていた。


「先回り……でしょうか? ナサニエルさんと脱走の相談をしていたようですので、確かに、先に邸を出ましたが」


 言葉を切ったジュリオは改めてヴァンの格好を眺めた。


「……なんだよ。笑いたけりゃ笑えばいいだろ?」


 グレーのワンピースの裾をぐっと握りしめ、ヴァンは目の前の男を睨みつけた。


「いいえ、膝丈のスカートも、案外似合いますね」

「~~~~~~っ!」


 顔を真っ赤にしたヴァンはずかずかと小屋の中に入ると、ジュリオの目の前でワンピースをガッと脱いだ。


(膝丈のスカートも、ってことは、バイト姿を見られてるってことかよっ!)


 グレーの布を近くにあったイスの背もたれにかけると、奥の引き出しから着替えを探す。


「いやぁ、男らしい脱ぎっぷりですね」


 上半身を包帯に包み、下半身はパンツだけ、という姿を目にしても、ジュリオはまったく驚くことなく、別のことに興味を向けていた。その視線は首にぶら下がっている葉っぱのアクセサリーに注がれている。


「うるさい、黙れ」


 パンツを替えて、ズボンを履いたヴァンは、引っ張り出した上着に腕を通そうとしたところで、自分の包帯が汚れていることに気付いた。そう言えば、なんだかんだで、グゼイル先生を遺跡に案内する前に、替えたきりだった。


(ついでに、替えておくか)


 再び引き出しに手をかけ、白い幅細の布を取り出す。


「これから、行く当てはあるんですか?」


 ジュリオが人の着替え風景を見ながら、そう問いかけてきた。


「あんたもナットと同じことを言うんだな。……行く当てはないけど、やることはある」


 ジュリオに背中を向けたまま、ヴァンは巻いていた包帯をするり、と解いた。六年前の傷が露になる。


「巨人と、マルコを……?」

「当たり前だ。取り戻さなくてどうするんだ」


 背中からため息が聞こえたが、ヴァンはかまわず新しい包帯を巻き始めた。


「マルコについては、やめた方が―――」

「また、ナットと同じ事を言うんだな」

「……」

「それでも、オレの……大事な人なんだ。それに、もしかしたら、なんとかなるかもしれない」

「巨人の力ですか」


 ずっと考えていた。本当に彼を救う術がないのかと。毒を浄化する術はあるが、それで、クスリを抜くことはできるのか。

 ヴァンは、胸にぶら下がった葉っぱのアクセサリーを見つめた。


「……やってみなくちゃ、分からないだろ?」


 包帯の端をきゅっと縛り、ヴァンは上着を頭から被った。


「神殿に行く。あそこなら、神さまに声が届く」


 ナットの裏切りが発覚したときの、マルコの叫びを思い出す。


『もし、俺を助けようと思うなら、継承し、神様を呼べ。お前なら、それができる』


 誰にも悟られないように、ファン語で呼びかけた言葉。あの人は、どんな思いで、口にしたんだろう。もし、自分を助けようと思うなら―――、と。


「徹夜ですか。手間のかかる兄を持つと大変ですね」

「うるさい。あんたは別に来なくてもいいよ」

「そういうわけにはいきません。これも私の仕事ですから」



从从从从从从从从从从从从从



 邸はひどく慌ただしかった。

 迫り来る査察のために、慌てていろいろとマズいものを隠している最中に入って来た知らせは、ヴァンとジュリオの脱走だった。しかも、ナサニエルの姿まで見えないと来ている。


「どうなんだ! あいつが行きそうな場所は分からないのか」

「あ……、知ら…ない」


 デルモーグに殴りつけられた黒髪の青年――マルコは、それでも縋るような視線を彼に向ける。


「ふん、役に立たなければ、クスリはやらんぞ」


 その言葉に絶望の淵に立たされたマルコは、必死で考える。思考を邪魔するクスリの渇望すら味方につけ、ぐるぐると考える。考える。考える。


「あいつは、何がなんでも巨人を取り戻そうと考えるはずだ。邸内にいるか―――?」

「巨人を、取り、戻す……」


 デルモーグの言葉を繰り返したマルコは、ぼんやりと思い出す。小さな黒髪の子供が自分に語ったことを……


「呼び出す……。巨人を遠くから呼び出す方法が、ある」

「な、んだと……っ?」


 デルモーグの顔が青ざめた。つまり、新月の夜までにヴァンを見つけなければ、これがあっさりとヤツの手に渡ってしまうということか―――?


「遺跡の、神殿の柱は、第二の神。あれに触れることは、神に触れることと同等―――」

「……遺跡かっ!」


 背を向けたデルモーグに、マルコは慌てて取りすがった。


「クスリ……、クスリを……っ!」


 デルモーグはその醜い顔をさらに醜く歪めて、舌打ちした。


「あいつを殺せ。そうすれば、お前の望むだけのクスリをやろう」


 指をさした先には、巨人を眠らせる儀式のための、ナイフがある。殺傷能力は高いとは言えないが、それでも、数回刺せば、致命傷になるだろう。


「殺せ、ば―――?」


 デルモーグにしがみついた手を放し、ぺたり、と座り込んだマルコは、繰り返し呟いた。


「そうだ。殺せ。巨人の力は惜しいが、そこまで反抗的ならばかえって邪魔になるだけだ」

「こ、ろす―――」


 デルモーグは、ふん、と鼻を鳴らすと、部屋を出て声を荒げた。


「遺跡だ! 遺跡に向かえ!」



从从从从从从从从从从从从从



「……ってワケだからさ、ちょっと柱に触るだけだよ。触るだけ」

「仕方ねぇなぁ。ま、ヴァンの頼みだしな」


 両手で拝み込まれ、遺跡の見張り役ダイアンは、行きな、と神殿を指し示した。

 暗い中、カンテラを持った黒髪の馴染みの少年と、先日許可証を持って来た学者の助手は、神殿の前にある柱に駆け寄った。


―――グゼイル先生のぎっくり腰で、調べ損ねた部分があるんだ。


 真夜中にやってきたヴァンは、開口一番、そう切り出した。本来ならば助手の口から説明することだろうに、何故か、ヴァンの方が必死な顔つきになっていた。


(ま、どうせ、「頼めばなんとかなる」とか、無責任な発言でもかましたんだろうけどな)


 退屈なダイアンの役目に、少しでも新しい風を吹かせた学者先生の頼みなら、別に聞いてやってもよかった。

 どうやら、ぎっくり腰をやった先生は、王都に先に帰ってしまったらしい。あの顔がいいくせに無愛想な助手は、ダイアンに好ましい印象を与えていなかったが、それもヴァンがいることで差し引きゼロ、というところだ。

 ヴァンが柱に手をつき、しゃがみこんで柱を照らす助手に、何かを話しかけているようだった。

 もちろん、ダイアンに話している内容が聞こえていれば、そんな呑気に眺めてはいなかっただろう。


『ハン・リグル・リグジェ、白き巨人よ』


 ファン語を操り、ヴァンは、遠く離れた彼の声を聞く。


『疾く至れ 疾く来たれ』


 頭の中に開かれたページ、そこに書かれた手順に添って、ヴァンは彼を呼び出す。


『我が手は神の御前に 神の御姿は我が前に』


 そして、ヴァンの脳に響いた返事と同時に、しゃがんでいたジュリオが小さく呻いた。


「ここに来ますか」


 ジュリオの頭の上に、白い神の石像が乗っかっていた。不思議と重くはなかったが、石像に足蹴にされている事実が何とも許容しがたい。


「とにかく、人目のないところに行きましょう」


 小さく呟いたジュリオは、頭の上の石像を自分の背負い袋に放り込むと、それをヴァンに持たせた。


「ちょ、ちょっと……」

「私は門番にお礼を言いに行きます。先に行ってください」


 ジュリオは小走りにダイアンのところに行くと、丁寧な口調でお礼を告げる。

 ヴァンは、こちらに視線を向けたダイアンに、大きく手を振って別れを言うと、ジュリオの荷物を持って、集落跡のある方へ足を向けた。

 実のところ、ジュリオが無造作に背負い袋に放り込んだ直後から、頭の中が怒鳴り声のオンパレードで、ゆっくりダイアンと話すどころではなかった。むしろ、様子がおかしいと、怪しまれてしまうだろう。


(そこまで予想するなら、乱暴に扱うなよ)


 出せ出せと喚く神さまの声は、うるさかったが、この横柄な神にはいい薬だと思った。


『申し訳ありませんが、もう少々我慢して下さい』

『こんな袋に入れて、何を考えている?』


 中で動き出したのだろうか、もごもごと袋が内側から動いている。


「ヴァンさん、そこで―――」

「だいたい、お前が我をぞんざいに扱い過ぎなのだ!」

(……は?)


 一瞬、何が起こったのか分からず、ヴァンは足を止めた。

 動かない頭で、袋を下ろし、そっと袋の口をあける。

 ジュリオも、無言でそれを見守った。

 すると、小さな石像が、よいせ、と這い上がってきた。


「えーと、今の声はあなたが?」


 ジュリオはそう問いかけた。

 そう、ファン語ではなく、共通語で。ヴァンの頭の中にではなく、声を出して、文句を言ったのだ。


「ふん、この言葉を話していることに、理由でも欲しいのか?」

「はぁ、ちゃんと話せたんですね。はじめまして、ジュリオと申します」


 驚いて声も出せないヴァンの目の前で、ジュリオは神さまに握手を求めた。

 だが、神さまは、差し出された手に、ひょいっと飛び移ると、その腕をよじよじと登ってジュリオの肩まで来る。


「それで、何のために呼んだ? 宣誓の贈り物は決まったのか?」

「宣誓の、贈り物……?」


 何を指しているのか分からず、ヴァンはその言葉を繰り返した。


「巫女の宣誓と引き換えに、我が些細な願いを叶えている。……お前の母親は、確か『お腹の子がかわいらしい巫女に育ちますように』と、願ったぞ」

「は……?」

(宣誓と引き換えに願いを叶える)

(お母さんは、自分がお腹の中にいるときに、巫女になった)

(かわいらしい巫女に育ちますように……?)


 その言葉の意味するところを悟ったとき、ヴァンは自分の中で何かが、ぷつん、と切れる音を聞いた気がした。


「なんだって、そんな無責任な願いを叶えてやがる!」


 相手が神であることを忘れ、思わずヴァンは怒鳴っていた。


「そうか? かわいらしく育った上に、巫女にもなった。無責任などとは聞こえが悪いな」


 静観する体勢をとっていたジュリオは、慌てて二人の仲裁に入った。


「えーと、待ってください、二人とも。……その願いというのは、過去を変えたりとか、死んだ人間を生き返らせたり、ということはできるんですか?」


 ジュリオの質問に、ヴァンはハッとして神さまを見つめた。だが、石像は、肩をすくめてため息をつく仕草をする。


「愚か者。時や生死に関わるものが、『些細な願い』であるわけがないだろう。せいぜい、容姿を変えたり、富を与えたりすることぐらいだ」


 あからさまにがっかりした様子のヴァンに構わず、ジュリオは続ける。


「それでは、人の身体を治したり、身体に回った毒を取り除くことは……?」


 ジュリオの問いに、答えかけた石像だったが、思いとどまって、別のことを口にする。


「何故、我がお前ごときの問いに答えねばならんのだ? 我と語る資格を持つのは、巫女のみだ」


 二人の視線を受け、ヴァンは頷いた。震える手を押し隠すように、胸のアクセサリーを服の上から握る。


「傷を癒すこと、毒を取り除くこと、それは、巫女たるオレが神さまの力を借りる本来の仕事だ」

「その通りだ。巫女ヴィル・エーダ」


 ゆっくりと石像に伸ばした手が、神に触れる。ひんやりと冷たい感触が、ヴァンの心を揺らがせた。


「ヴァンさん……?」

「これから、マルコを呼び出す。その後は、解毒を試みる。……そういうことだろ?」


 ジュリオの肩に乗っていた神さまを、手のひらに迎え、そっと地面に置いた。

 緊張なのだろうか、ヴァンの表情は固い。


『ハン・リグル・リグジェ、白き巨人よ。人として具現せよ』


 ヴァンの言葉に従い、その神の石像はその姿を瞬時に変えた。

 白く短い髪、白く透き通った肌、白い眼差し、白い服をまとった、巫女の言葉通り、人間の姿に。

 さすがに驚いたジュリオが一歩後ろに下がった。

 逆に、一歩、白い神に近付いたヴァンは、その手を神の手の甲に乗せる。


『何を恐れる? 巫女よ』


 神は少しだけ人の悪い笑みを浮かべると、遠慮がちなヴァンの手をぎゅっと握った。


『……っ! 恐れているもんか。―――巫女の血筋を引く、マーク・オーを、わ、私の前に……』


 思わずヴァンの声が震えた。

 クスリに魅入られた兄を呼び出すから? ―――違う。

 目の前の神が恐いから? ―――もっての他だ。


(これは、なんだ――?)


 ヴァンの顔が恐怖に歪む。神に触れた手から、何かが流れ出している。それを受けて、神の手も温かくなってきている。体温が奪われているわけではない、生気とか、そういうものが奪われているわけでもない。何しろ、何かが神に向かって流れているのは分かるのだが、それが奪われている気がしないのだ。

 何も奪われていないが、何かが確実に神に力を与えている。


(これなら、血とか持って行かれた方がマシだ……)

『私の前に、呼び出すことを切に願う!』


 悲鳴にも似たヴァンの声に、目の前の神が薄く笑った気がした。


『了承した。我が巫女』


 その声と同時に、目の前に懐かしい姿が現れた。


「マルコ……?」


 ジュリオの声も遠く聞こえるが、彼の姿はすごく近くにあった。自分と同じ黒い髪、前に会ったときより、少し痩せて茶色くくすんでしまった肌。淡い若草色の長袖に、ぶかぶかの深緑の半袖を重ねて着ている。袖が、赤茶に汚れているのが気になったが、そんなことは、どうでも良かった。

 だが、気付くべきだった、その石炭の瞳が、濁っていることに。


「ぶろーとへる」


 ヴァンが両手を広げて、彼を迎える。彼は、自分の身に起こったことが理解できないようだったが、ヴァンの姿を見つけると、僅かに微笑んだ。


「……いけませんっ!」


 ジュリオの声に反応したか、それとも本能がそうさせたのか、とっさに引いたヴァンの目の前を、銀色の軌跡が閃いた。


「ヴァンさん!」


 駆け寄ろうとしたジュリオを、白い人影が手で制した。


「! あなたは……!」

「邪魔をするな。これからがいいところなのだ」


 微かに笑みを浮かべる神を、ジュリオはぎろりと睨む。制止を振り切ろうにも、体が動かない。


「なぜ、マルコを止めないのですか!」

「我にも考えはある。それに、これはあの2人の問題であろう」


 問答している間にも、マルコはがむしゃらに短剣を振り回し、ヴァンはそれをかわし続けている。もちろん、ドリフターとしてこれまでやってきたヴァンのことだ。正直すぎる攻撃に、傷を負うようなことはない。だが、相手が相手だけに、反撃もできない様子だ。


「なぜ、避ける! お前を殺せば、クスリをもらえるんだ!」


 マルコの叫びに、ヴァンは一瞬、泣きそうな顔になる。目の前の兄に映っている自分は、生き別れの兄弟ではなく、クスリのために殺すだけの存在なのだ、と。


『毒を……取り除けるか?』


 ジュリオの隣にたたずむ白い人影に、ヴァンは背中を向けたままで問いかける。神は、ヴァンに見えないのを知っていながら、首を横に振った。


「生死に関わる毒は、その者にはない。その言葉は不適当だ」


 わざとだろうか、ジュリオにも分かるように共通語を使ったのは。


「……狂気を、静めることは?」


 短剣を持つマルコから、目を離さないままに尋ねたヴァンの片足は、絶望の沼に囚われている。神の答えも、予想がついていた。


「その者は正気だ。欲望に忠実に動いているだけだな」


 大きく息を吐いたヴァンに、何度目かの短剣が突き出される。それを、身を沈めてやり過ごすと、マルコに足払いをかけた。

 呆気なく倒れたマルコの腕から、短剣をとりあげたヴァンが、それを遠くへ放り投げようとした瞬間!


「返せ!」


 マルコが手を伸ばして、短剣の刃の部分をためらいなく掴んだ。


「!」


 思わず手を放してしまったヴァンに、血だらけの手で短剣を取り返したマルコが口を歪める。それは、笑いからか、痛みからか、それさえも判別がつかなかった。

 右手で刃を掴んだというのに、マルコは同じ右手で短剣を構えた。柄はあっという間に血まみれになり、ぽたぽたと赤い液体は地面にこぼれ落ちる。


(そんな、そんな姿を、これ以上―――っ!)

『何でもいい! 元に戻すことはできないのか!』

「生憎だが、そのようなクスリの存在を、我は知らぬ。知らぬものをどうすることもできぬ」


 淡々とした答えに、ヴァンが胸に手をやった。

もしかしたら、という不安はあった。六年間も眠り続けた神さまと、ここ数年で新しくできたクスリ。依存性こそ強いものの、致死量まで飲む例はほとんどない。つまり、それは死に至る毒でも病でもない以上、集落を守っていた神に頼ることではない。


「どうしようもないってことか、……やっぱり」


 胸に揺れる、葉っぱのペンダントトップを握り締めたヴァンに隙ありと見たか、マルコが自分の血に染まった短剣を振りかざす。

 ヴァンには、避ける気配はない。


「ヴァンさん!」


 ジュリオの悲鳴とともに、短剣がヴァンの体に吸い込まれた!


「は――! あは、は!」


 ようやく的に当たったことに、マルコが悦びの声を上げる。


「これで、クスリが、クスリが……―――あ?」


 ヴァンの二の腕に深く刺さった短剣を引き抜こうとして、その動きが止まる。ヴァンの手が、それを押しとどめていた。


『ごめん、兄ちゃん。こんな方法しか、助けることができない』


 濁ったマルコの瞳に、ヴァンの黒曜石の瞳が真摯に呼びかける。


「言っておくが、我は生死に関わることはできないぞ、巫女」


 ヴァンの意図を正確に察した白い神が、先に釘を刺す。


「分かってる。これは、オレがやんなきゃいけないことだから……!」


 ヴァンの足が目の前のマルコの腹を蹴った!


「がぁっ!」


 勢いで引き抜かれた短剣は、マルコが倒れた瞬間、その手を離れる。

 痛みの中で、ヴァンはその瞬間を見逃さなかった。

 短剣を拾い上げ、ヴァンは、仰向けに倒れたマルコに馬乗りになった。

 これで、助けたことになるなんて、思っていない。自分は見たくないものを遠ざけたいだけなのかもしれない。それでも―――


『ごめんね』


 せめて、苦しまぬように一突きで。


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