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水彩のフィヨルド  作者: 佐藤産いくら
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47、Toi et moi -あなたと私-

 色の混じった水を水道へ捨てる。水は太陽光を反射して、白く輝いた。今日はまた天気の良い日だ。

 数枚の絵が乾いたのを確認し、まとめて持って部屋を出る。そこは紙とインク、そして絵の具の匂いが充満した部屋だ。壁一面に本が並ばれていて、少しほこりを被っている。窓から射す陽の光は、ガラスを通して薄いピンク色をしている。小さな木の机には、おもちゃのようなキャッシュレジスターがあり、なぜかリボンやビー玉が転がっていた。

 机の上に絵の束を置き外に出る。アンティークな銅色のドアノブを捻り外に出ると、カタンと何かが落ちた軽い音がする。足元を見ると、小さな木の板が落ちており、私はそれを拾ってひっくり返すと、『Åpen』と書かれている方を表にする。

 大きく伸びをしていると、中から私を呼ぶ声がする。私は腰に巻いたエプロンをはたいて中に戻った。


 私は今、絵本を作る仕事をしている。あの日マイロニーが出した提案とは、

『君はノルウェーに帰るんだ。そして、あの絵本専門店。あそこに弟子入りするんだ。あそこの店主ならきっと、君の絵を受け入れてくれるだろう。まああくまで提案だし、採用するかは君次第だ。』

というものだった。

 私次第、か。結局は決めるのは自分なのだ。だけれども、この約一年、いや半年?どっちでもいい。この期間私にいろいろな世界を見せてくれた人、私の絵を最初に認めてくれた人がこう言っているのだ。何を迷うことがあるのだろう!


 店の中では、眼鏡をかけたボサボサ髪にボサボサ髭の店主が私の絵を見ている。以前マイロニーとこの店に来た時、この人とマイロニーがなにか話していたことが今でも気になっている。何を話していたのだろう。だけど私はまだノルウェー語が流暢でないため、上手く話すことができない。

 ギィィ、と建付けの悪いドアが軋む音がする。早速客が来たようだ。店主は私の絵を持って眼鏡をかけなおすと、さっさとアトリエにこもってしまった。ため息をつき、仕方なく私がレジの机につく。

 入ってきたのは、紳士のようだ。クラシックなスーツにボーラーハットをかぶり、杖をついている。

(こんな人も絵本なんて買うのかな。)

 そう思いながら見ていると、紳士はレジにまっすぐ歩いてきた。そして何事か言うと、私に一枚のメモ用紙を渡す。きっちり折りたたまれたその紙を開くと、そこに書いてあったのは、

『Aquarelle Belle voix』

 これはフランス語だ。直訳で、『水彩画の美しい声』………

「…本当に、ありがとう。」

「え?」

 突然日本語で感謝を言われ、紳士を見上げる。紳士のかぶるボーラーハットの下では、色素の薄いふわふわした髪がのぞいていた。

「え……ええ〜〜………なんでいんの……」

「え!?そこは感動するところじゃないのかい?」

 私は眉をしかめ、顔に力を入れる。でないと、嬉しくにやけてしまいそうだったから。私はその顔のまま本棚へ案内する。ベニヤ板で作られた、小さな本棚。私が作った本専用の本棚だ。中はまだすかすかで、未熟さがにじみ出るようだった。

 その中から一冊の本を取り出し、マイロニーに手渡す。表紙には、キラキラと光るレモンの木の周りで、実を集めて笑い合う白と黒の翼を生やした少年少女の絵。マイロニーは目を細め、まだ新しいその絵本を開いた。ぱら、ぱら、ぱらと慣れた様子で、しかしゆっくりとページをめくってゆく。そして最後のページで、マイロニーは目を見開いた。

「驚いた?最後は私が勝手に変えちゃった。ごめん。………嫌だった?」

 マイロニーは俯く。そして銀色のカフスを留めた袖で、目元を押さえた。

「…実は今日、ポーレットの墓参りに行くんだ。」

「…………そっか、彼女、亡くなられたんだ。」

「彼女へのお土産なんだこれは。それが………こんなに素敵なものに変わるなんてね。」

 愛おしそうに指先で本をなぞる。最後のページ、それは別れたふたりのトリの前に現れる救世主、白馬の王子様のシーン。彼はふたりのことを愛し、決してふたりの心は離れまいと祈るのだ。

 マイロニーは本を閉じ、タイトルの下に書かれた文字を口に出して読み上げた。








あなたが、誰かと出会えたことを幸せと思えますように。


 作:Filer・Mylonie

 絵:Yumeko・Christine


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