37、反撃
まっすぐマイロニーを睨む。左目は相変わらずジンジンと痛むが、その原因を私は今かばおうとしている。
マイロニーは鼻からため息をつき、手で前髪を押し上げた。
「わからないな。君のやることは反転してるよ。どうして彼に同情なんかするんだい?」
「私の勝手よ。今はアンタが気に入らないからアンタの敵側にいるだけ。充分でしょ?」
マイロニーはあごに手を当てて頷いて、「確かにね」と呟いた。
襟を掴まれ、後ろに引っ張られる。振り返ると、中里が屈辱を顔に出しながら私を睨んでいた。
「勝手なことすんなよ……お前に同情されること以上の侮辱はねえんだよ!」
激しい剣幕でまくし立てられ、思わず目を瞑る。でも、ここで止めることが私のしたいことじゃない。
「うるさいな…私にケガさせたことについて少しでも罪悪感があるんなら黙っててください!」
中里は歯を食いしばり、私の襟を握っている手を睨むと、静かに手を離した。
「じゃあ、君の言い分を聞こうか?」
この野郎、完全に舐めてやがる。私なんかの言い分に少しはマシな文句が出るものかと笑っているのだ。
この感じ、まるでマイロニーがうちの学校に赴任したての頃みたいだ。気に入らない。どうせ私の言うことなんて聞こえない。あの時と違うのは、私は今こいつに言いたいことがある事だ。なら伝えずに何をするというのか。
「こっちの方こそわからないよ…最初から疑問には思ってた。どうして才能のある中里先輩じゃなくて私なの?そこを教えなよ。」
「なんだ、そんなこと?本当にバカだね、夢子は。つい最近まで一緒に旅行にまで行ったのに、まだわからないのかい?」
バカにした笑い。わざわざ挑発に乗っかってやるほど、こっちだって無能じゃない。
「僕は才能がある子にしか興味が無いよ。君には才能があるから構ってやったんだ。おっと、祐也の前で言うことじゃなかったかな?」
「……!」
楽しそうにクスクス笑うマイロニー。血が出んばかりに唇を噛みしめる中里。
この男、絶対に楽しんでいる。きっと、悪役をわざと演じているんだ。
「ふざけないでよ……」
「なんだい、言い分はもう終わりかい?」
キラキラした目で無邪気に話すマイロニー。ああ、イライラする。でも今このイライラに乗っかると、マイロニーの思うつぼだ。
「そんな訳が無いでしょ。勝手に終わらせないで。話の続きだけど、中里には才能がないって言いたいの?」
「てめぇ…!」
「そうだよ。」
ケロッした顔でそっけなく答える。中里は下を向き、ふるふると震えた。
「随分ひどい男ね。自分のことを憧れてるって知ってるくせに。この左目だって元を言えばアンタが原因だし。」
「えー僕が?」
「そうだよ。アンタが先輩の思いを無視して私に構ったからこうなったんだ。かわいそう?ああかわいそうね。アンタに見捨てられた先輩がかわいそう。私だって同情しちゃうわ。アンタが見捨てたおかげでね!」
中里に怒鳴られる覚悟で言葉を選ばずに吐き捨てた。だが、中里は何も言ってこなかった。
「私なんか…才能ないよ。油絵なんか大っ嫌い。入る大学を間違えた。アンタが高い金出してまで外国に連れていった私には何の価値もないのよざまあみろ!!」
息が切れる。ぼろり、と大粒の涙が零れた。悔しいわけじゃない。悲しいわけじゃない。だけど、何かに締め付けられる頭が痛くて痛くて、目から溢れて止まらないのだ。
「……言いたいことはそれだけかい?」
マイロニーが口を開く。悪態をついてやりたかったが、息が整わず声が出せなかった。
ギラリ、と光るマイロニーの目。この目は本気で怒っている時の目だ。ノルウェーでフィヨルドを見た帰り道、車の中で私を叱った時のあの目。いや、それよりも鋭く、切り裂かれそうだ。
ああ、私はマイロニーに失望されただろうか。もう呆れられただろうか。
私に本気で接してくれた先生はこの人が初めてだったから、それだけは寂しいなあ。




