31、なみだ雨
「……マイロニーは、彼女に絵を教わったってこと?」
うん…と眠たそうな声で返事が返ってくる。大の字に寝っ転がったまま、マイロニーは動かない。
ぽつり。マイロニーの目尻に雫が落ちる。空を見ると、いつの間にか赤かった空は雲で覆われていて、重そうに雨を抱えていた。雫がマイロニーの頬を伝って落ちる。まるで泣いているようだった。
僕は彼女の絵に惚れた。齢五歳の時だ。僕はポーレットに弟子入りを志願した。その時のポーレットはまだ、認知度が低い画家だったけど、関係ないよね。彼女は笑って、もちろんと言った。でもきっと、彼女は僕に弟子としてじゃなくて、息子として絵を教えてくれていたんだ……。
筆の持ち方、絵の具の載せ方、そんなことはポーレットは教えてくれなかった。ただひたすら色んなところに僕を連れて言って、色んな景色や人に巡り合わせてくれた。
『見たものに息を吹きかけてあげるの。それがあなたの絵よ。』
それが彼女の口癖だ。僕が描く絵を彼女は褒めてくれる。それがひたすら嬉しくて、自然と僕は彼女の絵を真似て描くようになっていた。
僕が十歳になった頃、ポーレットはお手伝いさんに手を引かれて部屋を出てきた。
『どうしたの?』
彼女は僕の声に反応して、いつものように微笑んだ。でも、その視線は僕を捉えていなかった。突然、目が見えなくなってしまったのだとおもった。
だが、もともと見えづらかったらしい。それが悪化し、近くの物すら判別できないほどになったんだ。
ポーレットは絵が描けなくなった。仕方が無いって言っていたけど、このままではポーレットはなんの痕跡も残さずに画家として死んでしまう。
だから僕は、絵を描いた。
ポーレットそっくりの絵柄で、それが彼女のためになると信じて。




