27、日本語でさよなら
街をひたすら降りていく。足元から伸びる影が、自分の身長を超えた。都会からどんどん離れていく。フランスでもこんな田舎があるのか。
豪華な装飾をこしらえたデパートやマンションが立ち並ぶ首都とは思えないほど、こじんまりとした町に出た。市場のようなお店が道の両側に並んでいて、無人のところもある。マイロニーは、迷うことなく市場の中へ足を運んでいく。
少し歩いていると、だんだんと人が増えてきた。店も賑わっているところが多くなり、わいわいと楽しそうに談笑する女の人達もいる。
「………いた。」
その声にはっと前を見る。前方には人混みだ。マイロニーの視線の先は、その真ん中だ。
人混みの中心を歩いてくるのは、杖をついた女性だ。ベリーショートの茶色い髪。細長い体を、足首まであるやわらかい空色のワンピースで包んでいる。杖をついているので遠くから見ると年が老いて見えたが、近くに来ると思っていたよりも若いということがわかる。人混みは自然と彼女の通り道を作った。彼女はずっと伏し目がちのまま、杖をトントンと前方左右につつきながら歩く。
(あの人が、マイロニーの大切な人……)
そして、マイロニーが絵を描く理由。
ちらりと横を見ると、その男はまっすぐと女性を見つめていた。動く様子はない。その代わりに、彼女がまっすぐ私たちの方へと向かってきている。マイロニーに気がついてる様子はない。ただ私たちが彼女の進行方向にいるだけ。
女性が私とマイロニーの間を通る。通り過ぎる、その瞬間に、マイロニーが彼女の耳元で囁いた。
「え…!?」
声をこぼしたのは、マイロニーでも、この女性でも、人混みの中の誰かでもない。私の口だった。
女性が立ち止まり、きょろきょろとあたりを見渡す。
「ちょっと……なんであんた日本語なんかで………!!」
マイロニーに腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られる。想像以上の強い力で引かれ、抵抗は虚しい。
「フランス語で伝えなさいよ!!なんでそんな逃げるような………!日本語じゃ伝わらないじゃない!!なんで『さよなら』なんて!!!」
もと来た道を引きずられる。私は腕を振りほどこうともがく。人混みは私たちの方を見ている。なんだなんだと店の人も出てくる始末だ。
マイロニーは何も言わない。今度はまっすぐと反対方向を見て、戻っていく。女性は何も無かったという様子で買い物をしようとしている。
マイロニーはこのあと立ち止まるまで、ずっと振り返らなかった。




