20、うるせえな
父は私の肩を抱いて背中を丸めて震えている。最後に見たものよりもだいぶ老けたその姿。だがその姿を見ていると、不思議と安心感がわき上がった。
軽い足音とともに、玄関の奥から女性がぱっと顔を出す。黒い髪をサイドにゆるくまとめた、少し白髪が混じった、母の姿だ。その変わらない目元の優しさが、私を包み込む。
母は、ほお……っと息をついて私を抱いた。そしてポンポン、と背中を叩く。
しばらくして、マイロニーに気がつくと「ん?」っと首を傾げる。マイロニーはニコニコと微笑んでいる。母はマイロニーをじっと見つめる…………。
「……………ゆっ、夢ちゃん!!もしかして結婚報告するために帰ってきたの!?」
シリアスがぶち壊れる音がした。
「いやー、お騒がせしてどうもすみません。」
これを真っ先に言ったのは、ついさっきまで笑い転げていた人だ。今はいつものように掴みどころのない笑顔を貼り付けている。
「私共こそ、申し訳ございませんでした。夢子の先生とは知らず………。」
まったくだ。顔だけならまだしも………いや、顔もかなり胡散臭いけど………こいつと結婚だなんて冗談でもごめんだ。冗談は顔だけにしろってこういう時に使うのだろうか。
母がマイロニーを私の恋人と勘違いして声を上げた後、父の狼狽えようがすごかった。ノルウェー語が飛び交い、マイロニーの肩を掴むとガクガクと揺すった。そのあとマイロニーがキリッとした顔で何かを父に言ったが、さらに揺すりが激しくなったのは……いらんことを言ったに違いない。
そのあとマイロニーは父をからかい続け爆笑しながらも、誤解(!?)はちゃんと解いたと言ってきた。この男が、数分前に私を説教していた男と同一人物だとは思えない。
木製の机を囲んで私達は座っている。父はハンカチで目元をおさえながら落ち着いていた。母が私の方を向き、尋ねる。
「急に来たからびっくりしたのよ。今まで何度電話してもここには帰らないって一点張りだったのに………。」
私だってコイツに諭されない限りは、ここに来る選択肢は無かった。でも諭されたのだから仕方がない。
「……別に…金を出してくれる人がいたから来ただけだよ。また、日本に帰るし。」
突き放すのではなく、淡々と話す。母は「そう」と言ってマイロニーを振り返り、私の代わりに謝った。父が口を開く。
「もうノルウェーには、帰らない……?」
こっちの生活に慣れすぎているのだろう、前よりも日本語がカタコトだ。そっとマイロニーを見る。私の視線に気がつくと、にっと笑い、机の下で手で「行け」と合図する。
「行け」って………うるせえなと思いながら短くため息をつく。まだ喉につかえる言葉を必死に紡ぎながら、父と母に気持ちを伝えた。




