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水彩のフィヨルド  作者: 佐藤産いくら
19/49

18、説教

 私たちは今、車に乗っている。一時間前に通った道を戻っている。

 マイロニーは話してくれなかった。聞こうとしたが、彼は海と空のよく分からない境目をじっと見たまま私の方を振り返りもしなかった。そのまま時間が経つと、立ち上がって「そろそろ行こうか」とだけ言った。


「共感してくれないんですね。」

 車の中で放った私の言葉は、拗ねているようだった。言った後少し後悔したが、気にしてないフリをした。

「共感したさ。いっぱいね。君が覚醒した場所があそこだってこと。」

 そうじゃない……こもった言葉を鼻から吐き出す。

「……もう旅も終わりですね。」

「いや、まだだよ。」

 え?

「だってもうやる事は済んだでしょ?」

「今さっきやることが出来た。」

「じゃあ私は先に帰りますから、先生は行ってください。」

「何言ってるんだい、君がいなきゃ意味が無い。」

 キッと、急めにブレーキがかかる。体が勢いよく前のめりになって、シートベルトが体にくい込む。思わず唸ってしまった。

「何してるのよ!!」

「怒ってるね?」

 ドキ、心臓が冷たくなる。マイロニーは私を真っ直ぐ見ていた。その目はいつも見たいな子供のようなあどけない目ではない。

 大人の目だった。

「なんで君が怒ってるのか、僕には分かってるよ。君は共感して欲しかったのか?」

 違う、と反射的に言いそうになって口を閉じる。

「悪いけど、君の考えに共感はしてない。わかるよとは言ったけど、それは君個人の考え方を尊重しただけだ。僕らは子供じゃないんだ。それくらい分かるよね?」

 迫力のある物言い。その圧に押されて、私は何も言い返せない。

「君は自分が描いた作品を人に見てもらう時、思ったことを紙に書いてもらわないと気が済まないのかい?感想が欲しくて絵を描いているのかい?だったら画家なんてやめた方がいい。そんな気持ちで絵を売るだなんてタチが悪い。趣味で描く方が全然いい。それだって立派な作品だ。そうすればいいよ。」

「……………」

「自分がなんのために絵を描いているのか、それを見失ったら絵なんて売ってはいけない。共感、それは頼っても儚いものだよ。人の考えは変わるだろう?」

「…………………………」

「確かに感想や共感はもらうととてつもなく嬉しいものだ。でも、違うんだ。僕らに一番必要なものは共感じゃない。批評なんだよ。共感だけを貰っているうちは、僕らに最高傑作なんて無い。……分かるかい?」

「……………」

 ああもう、何でこいつはいつもいつも……。

 優しい言葉で私の心を満たすと、こうやって厳しく叱るんだな。むかつく、むかつく、むかつく。


 あまりにも子供すぎた自分がむかつく。

「……………わか、んない………。そんなに、一気に言われても、わかんないよっ…………。」

 意志とは反して溢れ出る涙を手のひらで拭いきれない。胸の奥がしゃくり上げて、息するのも苦しい。

 まるで、お父さんに叱られているような気分だった。

「いいんだ、分からなくても。これは君が昔感じた恐怖と同じように、いつの間にか根を張っているものだから。でもその前に………」

 左の頬を大きな手のひらが包む。暖かくて、潮風で冷たくなった体が溶けていく。

 ――――優しさ。


「君を離さないその恐怖を、取り除きに行かなきゃね?」

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