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水彩のフィヨルド  作者: 佐藤産いくら
18/49

17、理由

「私ね」

 マイロニーが振り返る。子供らしさなんかない、いたって真剣な微笑みだ。何も言わないから、気がすむまで話せばいいという顔だ。

 なんでだろう、あんなに人に話すのは嫌だったのに、今は聞いてほしいとすら思う。

「私ね……母と父に会うのが嫌だったの。別に嫌いだからって訳じゃないよ。これは、私の問題………。」

 崖へと近づく。潮の香りが強くなる。だんだんと思い出してきた。この砂利の感覚、ここで私はおじいちゃんに捕まってたんだっけ。マイロニーも私の後ろからついてくる。

「私と私の両親は、私が生まれた時から日本に住んでたの。父の仕事の関係でね。私の祖父がノルウェー人で、祖母が日本人。そして父がハーフで母が日本人なの。苦労は無かったし、それなりに裕福な家庭だったから不満も無かったわ。私は幸せだった。だけどある日ね、おじいちゃんが………祖父が、倒れたの。」

 海が見えた。キラキラと、もう昼近い太陽の光を反射している。眩しくて、少し目が痛い。

「急いでノルウェーに帰ったけど、祖父は亡くなったわ。特に病気ってわけではなかった。ただの老死。だけど父は憔悴していった。祖母は私が生まれる前に亡くなっていたから、父は両親を失ってやつれていった。私はそれが、見ていられなかった……。」

 崖の淵に座り込み、長い足を垂らすマイロニーの髪が、そよそよと揺れる。本当に何も言わないで聞いている。

 あの時みたいだ。学祭の翌日の放課後、私の秘密基地にマイロニーという侵入者がやってきた日。あの時もこいつは、私の心のうちの感情を黙って聞いてくれていた。

「父はノルウェーに残ることを決めた。母は日に日に憔悴していく父を支えるためにノルウェーに残ると言った。私もそのまま滞在しないかと言われた。……でも私は、父が泣く姿が嫌だった。そういえば前よりもシワが増えているなとか、母さんは白髪が目立つようになってきたなとか、そんなことにしか目がいかなくて………私は一人で日本に帰ると言ったわ……。」

 うまく話がまとまらない。もう、頭が痛くて考えられない。あの時感じたことをただただ口からこぼしていく。また泣いてるのかな……わたし。

「母さんが、父さんが……目に見えて老いてゆくのが怖かった…………!」

 初めて口に出した、この言葉。

 あまりにも子供っぽすぎて、恥ずかしかった。両親にも言えなかった。

 マイロニーは笑うと思っていた。それか慰めると思っていた。私の心配事を吹き飛ばしてくれると思っていた。あの日みたいに優しく涙を拭ってくれると………。

 マイロニーは動かなかった。ずっと、海の光る波を眺めながら一言、「わかるよ。」と言っただけで、こちらを振り向きもしなかった。

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