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水彩のフィヨルド  作者: 佐藤産いくら
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15、五つ星ホテル

 この日はもう日が落ちて暗くなり、私達はマイロニーが予約したホテルに向かった。10分ほど歩いてたどり着いた先にそびえ立つ建物に、私は言葉を失った。

 壁全体が光り輝く建物。入口の両側は広すぎて目に入りきらない。屋上の柵からは観葉植物が所狭しと並び、はみ出ている。クラシックが似合うようなこの厳かな雰囲気………。


「さ、入ろっか。」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って………?」


 頭が混乱しかけた。

 え、何?今日ここに泊まるの?

「昼に随分駅から離れた場所まで歩いちゃったからねー。ちょっと遠かったね。」

「いやいや、そんなことは聞いてない。こ、このホテル一体何者……?」

「夢子大丈夫?ホテルは人じゃないよ。うーんとねぇ、確かここはノルウェー唯一の五つ星ホテルだったけど。」

「…………………」

「もしもし、夢子?息してる?」

 マイロニーが私の顔の前で手をパタパタと振る。そんなことは私には見えていなかった。だって、今私の目の前には五つ星ホテルが建っていて、今夜私はここに泊まると言われたのだから。

「むり………むりむりむり、私泊まれないよこんな所。」

「そんな事言っても…今から別のホテル探すのかい?馬鹿なことは言わないで、入ろうよ早く。」

「ムリだって……大体、何でこんな高級ホテルなんか予約したのよ!」

「え、ダメだった?」

「不相応じゃない!それに、こんな高いところ……さすがにお金出して貰うのは気が引けるってものよ!」

「もう払ってるから無意味だけどね。」

 それもそうだ。だが、もっと民宿的な、アットホームな感じの所で泊まるのだと思っていた。今目の前にしても、自分がこんな立派なホテルに泊まるところなんか想像出来ない。

 この男は、ノルウェー唯一の五つ星ホテルの部屋をとることができるほど凄いやつだったのかと見直した。それも二人分……。

「何にせよ、もう予約はとっちゃったし、今からホテルを探すなんてのは以ての外だ。夢子くん、大人しく投降されよ!」

 マイロニーがビシッと人差し指を私に向ける。

 そこで私はハッと我に返る。そして自分に向けられた指先を見つめる。マイロニーは何故かドヤ顔をしている。

「………人に、」

 ガシッとその長い指を掴む。マイロニーの顔が、ヒクッとひきつる。そして私は、今の一瞬で溜まったストレスを放出した。

「指をさすなあああああああああああ!!」


 あちこち絢爛豪華な装飾に居心地を悪くしながらも、私は自分の部屋に案内された。当たり前だが、マイロニーとは違う階だった。

 マイロニーは階段で別れる際、明日の予定を伝えた。

「明日は車で西へ行くから。」

「え?」

「夢子が見た、フィヨルドへ。」

 スっと、その場の空気が変わった。マイロニーの顔も、いたって真面目だ。

「行きたくなければ、明日はこのホテルにずっと居ればいい。道だけ教えてくれれば僕は行くよ。」

「……………。」

 じゃ明日ね、と言ってマイロニーは階段を上がっていった。私は一人黒いカーペットの敷かれた廊下で立ち尽くした。

 ノルウェーに来る時点で、それが目的なのだろうということは察しがついていた。あとは、私の問題だ。

 その日は今までに味わったことが無いほどのふわふわなベッドで、早く、深く眠った。夢も見ないほどに。それは長く歩き疲れたせいなのかもしれない。

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