13、vannfarge
入口の上には、古い木の看板が掲げられている。白いペンキで、『vannfarge』と書かれている。
アンティークな銅色のドアノブを引っ張り、ガラスの扉を開けると、中には紙とインクの匂いが充満していた。
壁一面に置かれた棚には所狭しと本が並んでいる。店の奥には小さな木製の机とおもちゃのようなキャッシュレジスターが置かれている。店主はおらず、机の上は白紙の領収書、羽ペン、なぜかビー玉やリボンなどと散らかっていた。淡いピンク色を帯びた窓の近くに扉があり、ドアノブの部分から『Adgang forbudt』と書かれた表札がぶら下がっていた。
「なんて書いてあるの?」
「『立ち入り禁止』だってさ。」
「ここは……本屋さん?」
「いや、絵本専門店だね。」
マイロニーに言われてよく見てみると、ホントだ、棚に並んでいた本たちは全て絵本であった。
「…………」
何気なく、目の前にあった一冊を手に取って開いてみる。古い絵本のようで、角が形崩れしないように補強されている。ページをめくると、パリ……と音をたてた。
なんというか、素敵な空間だ。
ふわりと舞った細かな埃とともに、いくつもの色が浮き出てきた。紅色に熟した実をこぼさんばかりに両腕に抱えた林檎の木。太陽の光をサンサンと浴び、めいっぱい背伸びをするひまわりの群れ。優しい笑顔で微笑むベレー帽の女の子………。
ひと目見た瞬間、あたたかい、と感じた。
「思いもしない出会いも、旅の醍醐味だよね。」
マイロニーがひょいと上からのぞき込む。何のことかと思ったが、すぐにわかった。
「…………キレイな水彩画。」
「だね。お土産に何冊か買ってあげるよ。」
そう言うとマイロニーは、『立ち入り禁止』の表札が下がったドアをドンドンと叩いた。すると中から、眼鏡をかけたボサボサ髪にボサボサ髭の男性が出てきて、眠そうな目をしながら頭をぼりぼりと掻いた。テレビで見た日本の漫画家みたいだ。
「…Eller kjøpe?」
「Yeah,til henne.」
…私はノルウェーの血を引いてるが、言葉は何もわからない。というかマイロニーあいつ、多言語すぎないか?
頭にハテナを浮かべながら二人の会話を聞いていると、ボサボサの男性が私の方を向いた。そしてノルウェー語で何かを私に伝えると、キャッシュレジスターのある机に座った。
「…………なんて言ったの?」
「好きなだけ見ていいってさ。」




