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エキ・者・カタリ セカンドステージ  作者: すかーれっとしーと
3/3

世界に輝く車メーカーのお膝元<後編>

この話も「エキ・者・カタリ」からの移動作品です。

 さくらが色っぽく見える。

彼女に見つめられている俺は、身動きが取れない。

そんな俺が、本能のまま見てしまうところは、彼女の艶っぽい唇。

吸い込まれそうだ。

思わず、俺の方から唇を近づけていく。その行動がさも当たり前かのように。

接する。


「ん・・・」

彼女も迎え入れてくれているようだ。舌を突入させる。そして絡める。


「ふふふ。良いものが撮れました」


 そんな声が聞こえてくる。唇を離す。

さくらが、物足りなさそうな表情をしているように見えるのは、俺の気のせいだろう。

声の方向に視線を向けると、顔を赤く染めた後輩、もしくは妹分の姿が。

その表情は、恍惚に溢れている。手にはスマホを構えているが。

そんな彼女を見て、徐々に思考を回復させていく。

俺の両腕はさくらを抱き寄せ、彼女の背中に回されている。

さくらの両掌は、俺の胸に添えられている。

目の前には、目がとろんとしているさくら。

顔に熱が帯びていくことを感じた。赤くなっているのだろう。

両腕を外してさくらを解放しようとした。

が、彼女が重力に抗うことなく倒れそうになったので、片腕を残して諦める。


「・・・撮った?」

友美ゆみに確認する。


「はい。永久保存版です」


 いい笑顔で答えてくる。奪おうと腕を伸ばすものの、避けられる。

友美は、俺たちから離れて逃げる。


「再生・・・と。・・・うわー緒方さん、積極的ですねー」

感想を述べる彼女の言葉を聞いて、心の底から恥ずかしくなってくる。


「これをさくらさんに見せると・・・。今からでも楽しみ・・・」

悪いことを考えているような顔をする。そんな彼女を睨む。


「あー、緒方さん、安心してください」

俺の視線に気づいた彼女は、笑顔を崩さずに、そんなことを言ってくる。


「さくらさん、緒方さんのこと、間違いなく大好きですから」

「え」


思わず声を漏らした俺に向けて、友美は最近あった出来事について話してくれた。




 仕事場の女性たちが集まって、いろいろ話をする「女子会」でのこと。

俺とかなり仲がいいということで、つきあっているのでは、という疑惑が話題になったようだ。

彼女は、最初は否定していたのだが、執拗な攻めに屈服して、悩み相談みたいな体になったらしい。

周りからは「告白すればいいじゃない」というアドバイスが飛んだ。

仲がいいし、緒方さん自身も貴女のことを良く思っているよ、間違いない、と。


 しかし、彼女は顔を真っ赤にしながら、そのアドバイスを拒み続ける。


 告白の結果、俺との関係が変化して、「俺に頼られている後輩ポジション」を、失ってしまうことを恐れ、尻込みしているのだな、周りは勝手にそう解釈することにした。

それからというものの、俺とさくらの動向を温かい目で、見守っているという。



「まあ、この映像見せたら、さくらさんも観念するのではないでしょうか」

友美はそんなことを言う。


「そうか」


 小さくそう答え、自分の気持ちを整理するため、考え込む。

流れでさくらにキスをしてしまった。

一瞬だが、彼女を「結婚相手」として思い浮かべたことがあることも思い出す。


今、このようなことをした後でも、後悔をしていない自分に、驚いている。


 相手に了承を得ていないという、罪悪感。

そして、彼女に知られず、自分だけがキスという「気持ちいいこと」をしてしまった背徳感。

彼女は俺のことが好き。ならばいいのだろうか。

大きく息を吐く。


ただ、彼女自身から直接、「好き」という気持ちを聞いていない。


 一応は聞いたのか。酒が入っている状態ではあるが。

彼女の意識はあったのだろうか。

お酒の力を借りて告白、ということは聞かない話ではない。

どちらにしても、彼女が正気に戻らないことには、解決しない悩みだ。

それよりも。


「卓也、タクシー頼んでもらっていいか」

店長の卓也に声をかける。


「2台か?」


 2台。そうか、俺とさくらの分か。

その時点で、彼女の住処の詳しい住所を知らないことに気づく。

さくらに聞こうと思い、そして、諦めた。

彼女は、俺の首に両腕を回して、すでに寝息を立て始めている。


「1台でいい」


 そう答えて、少し途方に暮れる。

お互いカウンター席に座ったまま。

彼女の体がこちらに傾いている形になっている。

意識がないためだろうか、彼女の体重がそのまま俺に伸し掛かる。


「・・・少しは警戒しろよな」


 そう言いながら、彼女の頭を撫でながら、近くにある顔を観察する。

そこにあるのは、いつも見慣れた同僚の顔。

そのはずが、眠っているせいなのか、大人しく、美人に見える。


「寝てる顔は美人だったのか・・・」

小さく呟く。何とも言えない色っぽい顔をしていたことを思い出し、首を振る。


「緒方さん、その言葉は失礼です」

妹分が突っ込んでくる。聞いてやがったか。


「さくらさんは、美人で大人で綺麗で、素晴らしい女性ひとじゃないですか!」

「それは、褒めすぎだろう」


「そんなことはないですよ。お客さんの中にも、さくらさん目当てのひと、多いですし」


 ああ、確かにいるな。

あきらかに俺のレジが空いているのに、さくらのレジを待っている男性客。

「こちらのレジへどうぞ」と言っても無視しているヤツら。

今までは、里美目当ての客の方が多く、厄介なヤツが多かったので、失念していたよ。




里美とさくら。

2人とも同じ時期に入って来て、長く勤めているので、それなりに常連客と仲が良い。

若くて容姿も良いし、人当たりも良い。常連客以外からも当然人気があった。

そのため、トラブルも多かったのだが。

里美の場合は、レジでの接客中や品出し中に話しかけてくる、手を握ろうとする、そういえば、ゴミ捨てを手伝う変なヤツもいたな。

とっさのことにかなり弱い彼女は、予想範疇外の言葉を掛けられると、混乱してしまうらしい。

その混乱の中、彼女自身が考えついた上での判断が、相手が勘違いしてしまいそうな行動、態度になってしまい、面倒なことになってしまうことが多かった。

比べて、さくらの場合は、当たり障りのないお客様対応に徹していた。

のらりくらりと執拗な言葉を躱す。

それに加えて、すぐに俺か店長など男性店員を呼びに来てくれるため、大きなことにはならなかった。



~カラン カラン~




ドアが開いた音がする。

タクシーが来たようだ。


「おい、さくら。タクシーに乗るぞ」

彼女の肩を叩いて、声をかける。


「・・・うー、ん?・・・ん・・・」


 かすかに返事が聞こえる。

目はつむっているが、イスから立ち上がった。

が、ふらついているので、彼女の左腕を肩に回し、左側から支える。


「あ、そうだ。卓也。勘定」

俺はそう言って、卓也に向けて財布を投げつける。


「お代、そこから出しておいて」


卓也は、俺の財布をまさぐり、お金を取り出す。

そして、俺の左手に財布を持たせる。


「・・・おめでとう」

「ん?何が?」


「・・・お持ち帰りだな」

「・・・よせやい」


 わざわざ女性たちに聞こえないような声で、そんなことを囁いてくる。

そんな配慮は余計だ。

友美に至っては、すでに想像しているように見える。

見送っている目線が、すでに温かい。


「またのお越しをお待ちしております」

親友は、店長として杓子定規な言葉で締めてきた。逃げたか。


「またのお越しを、おまちしておりまーす」

妹も兄のマネをしてきた。若干ムカつくが、放って置こう。


タクシーにさくらを押し込み、乗り込む。


三河豊田みかわとよた駅までお願いします」


 ドアが閉まる。タクシーが走り出した。

豊田市駅の明かりが左側を通っている。


ふと、さくらの頭が俺の右肩に乗っていることに気づいた。


 心地よい寝息が聞こえる。

良い気なものだ。安心しきっているのか。

俺がホテルに連れ込んだり、イタズラしたりしないと、思っているのだろうか。

天井を見つめ、思いを巡らす。


 今から、彼女を、初めて俺の家に連れていく。

明日、彼女が起きたとき、どんな顔をするだろうか。

責められるだろうか。怒るだろうか。

驚かれるだろう。


 そのときに俺は、彼女に対して、どんな対応をするのだろう。

それによって、彼女との関係が、良くも悪くも変化するのは、間違いない。

最悪、彼女が仕事を辞める、ということも考える必要がある。

これ以上、辞められると、シフトを組むのが大変だ。


大きく息を吐く。


 そして、今考えても結論が出ないこと。

諦めて、隣で眠っている、無防備な彼女を見守ることにした。

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