世界に輝く車メーカーのお膝元<中編>
こちらも「エキ・者・カタリ」からの分離作品です。
名古屋鉄道・豊田市駅。
名古屋鉄道、通称「名鉄」と呼ばれる。
通称も何も、会社ロゴも「MEITETSU」なのだが、正式会社名は「名古屋鉄道」。
名鉄名古屋駅からは、名古屋本線で豊橋方面に向かい知立駅で乗り換え。
三河線で7駅目。約45分を要する。
知立駅からつながる三河線は、猿投駅まで行くのだが、豊田市全体で考えると、短い。
また、豊田市駅は豊田線の終点でもある。
この豊田線は、次の梅坪駅で三河線と分岐して、赤池駅で名古屋市営地下鉄・鶴舞線に乗り入れしている。
名鉄は、全体赤一色の車両なのだが、鶴舞線の銀色のスカイブルーラインの車両もホームに入ってくる、そんな駅である。
2階部分が東西自由通路になっており、西口側はペデストリアンデッキで、愛知環状鉄道の新豊田駅と連絡している。
「ペデストリアンデッキ」とは、広場と横断歩道橋、両方の機能を併せ持ち、建物と接続して建設されている、歩行者通行専用の高架建築物である。
駅から駅をつなげるもの、商店街や繁華街とつなげているもの、大なり小なり、様々なものを全国各地で目にすることができる。
★★★
俺とさくらは、1軒の小料理屋の戸口の前に居る。
仕事場であるコンビニを出て、豊田市駅の東西通路を通り、駅前の国道を北に進んだ辺り。
俺とさくら、そして里美とよく行った、馴染みの店である。
最近は、土用のウナギの販促が忙しくて、なかなか行く機会がなかった。
そのため、里美が博多に行って、初めて店内に入ることになる。
~カラン カラン~
ドアを開けると、音が鳴る。
店内はそこまで広くはない。カウンターに6人座れるくらいか、その後ろにテーブルが2つ。
15人から、詰めても20人がやっと入る、そんなスペース。
とはいえ、21時に近いこの時間では、ピークが過ぎたのか、客は2、3人くらいである。
「いらっしゃいませ」
テーブルの席に着く客に持っていくだろう、お盆に料理を乗せている女性が挨拶してくる。
2人は慣れた感じで、カウンターのイスに並んで座る。
「・・・らっしゃい」
カウンターの中にいる、顎鬚を少し蓄えた男性が、笑顔で接客してくる。
店長の堂本卓也。俺と同級生である。
水の入ったグラスを2つ、2人の前に、軽やかな音を鳴らせて、置いた。
そして、怪訝そうな顔をして、俺に聞いてくる。
「あれ?あのちっこい、うるさいのは、今日は来ないのか?」
「ああ、里美は博多に行ってしまったよ」
「・・・そうか」
「おかげで、俺とさくらは、今日も明日も明後日も仕事ってわけだ」
俺は、笑いながら応対する。
「・・・博多って。遠いな・・・」
卓也は、ため息をつく。少し沈んでいるようだ。
俺は彼が、里美のことを気にしているのは知っていた。
しかし、それは叶わぬ恋だということも、また、彼女に聞いて知っていた。
「あの子にとっては、幸せみたいだけどね」
さくらが、お冷に口をつけた後、そう呟く。
「うーん、もう会えないのか・・・」
「何をそんなに落ち込んでるのよ、お兄ちゃん」
落ち込んでいる卓也に、女性が声をかけてくる。
テーブル席の客に料理を持って行って帰って来たらしい。
「まあまあ、友美ちゃん、放っておきなさい」
さくらが庇う。しかし、次の言葉でダメを押す形になってしまう。
「里美は、博多の彼のところで同棲するみたいよ」
「え・・・」
「ホントですか、里美さん、よかったですねー」
卓也が絶句している横で、友美は表情がより明るくなった。
「同棲か・・・そのまま、結婚するんですかねー」
「多分、そうなるんじゃないかなー、いつか博多に冷やかしに行かない?」
「いいですねー」
さくらと友美は、そのまま「女子会」になりつつある。
女子会になる前に、俺は、友美に対して、気になっていることを質問する。
「そうだ、堂本さん。シフトなんだけど、希望通りほぼ毎日入れたけど、大丈夫?」
「あ、はい。18時半までに抜けさせてもらえば大丈夫ですよ」
そう、友美は答える。
彼女は、朝9時から18時まで、ウチのコンビニのバイトのシフトに入っている。
その後、忙しくなる兄の店を手伝うということになる。
かなりタイトな時間割だと思うのだが、本人がぜひそうしてくれと、希望してきた。
「そーれーよーり、緒方せ、ん、ぱ、い?」
「ん、なんだ?」
「なんで、仕事場では私のこと『堂本さん』って呼ぶんですかー?」
彼女は俺に向かって不服そうな顔をして、抗議してくる。
「普段通り、『友美ちゃん』とか「友美」って、なぜ、呼んでくれないんですかー?」
「んー、何のことかな、堂本さん」
実際、同級生の卓也の妹なので、普段は「友美ちゃん」と呼んでいる。
もう10年以上の付き合いだ。彼女の小さい頃から知っている。
なぜ、そう呼ばないのか、と聞かれれば、ただ単に照れくさいというのが本音。
建前では、妹分を身内びいきしないための、自分に対しての戒めの意味がある。
さくらには、建前の理由を伝えている。
「卓也。友美ちゃん、働きすぎなんじゃないか?」
他の客に呼ばれて、注文を取りに行った彼女を見ながら、兄に意見を向けてみる。
「うーん、ウチの妹様は、1度言い出すと、言うこと聞かないのは、お前も知っているだろ!」
兄の方はあきらめ顔である。学生ならば、勉強で大変だろうに。
今は夏休みだが、普段は学校が終わってからウチに働きに来るので、もっと大変である。
そう主張したのだが、ウチで働いた日は、店には入らないと、兄から訂正が入る。
そうしないと、妹がどんなに働くことが好きでも、学校の成績が心配だと、兄貴がとうとうと話す。
助かるが、学生の本文は勉強なので、そちらを頑張ってほしい、というのが、兄・卓也の言い分だ。
今日の様子を見る限りでは、1人でレジ打ちさせるのも、大丈夫だろう。
里美が抜けて戦力の減ったウチのコンビニでは、貴重な新戦力だ。
若いとはいえ、働きすぎると、体調を崩すだろう。そうならないように、しっかり見てやらないと。
接客対応をしている友美を眺めながら、俺はそう心に決める。
「卓也さん、注文いいですか?」
しばらく黙っていたさくらが、卓也に料理の注文をするため、声をかける。
「じゃあ、半熟卵が2個入っている、濃厚なカルボナーラ、お願い!」
そういえば、まだ何も頼んでなかった。
「では俺は・・・牛カツ丼にするか」
「お前ら、メニュー見て頼めよ、そんなの頼むの、お前らだけだぞ!」
卓也は、そう言いながらも、しょうがないなぁという顔をしながら、料理を始める。
ここは小料理屋。
カルボナーラもカツ丼も、メニューにはある。
ただ、卵が2つのカルボナーラ、牛丼と牛とカツ丼のカツの乗った丼は、存在しない。
店長の知り合いだからこその、裏メニューである。
卓也の作る料理は美味いから、仕方がない。
美味いごはんと見知った仲間とのゆったりとした時間。
出てきた料理を談笑しつつ、少しのお酒を嗜みながら、至福の時を過ごした。
★★★
「緒方せ、ん、ぱ、い?」
「おいおい、さくら。やめろ。お前が言うと、何かありそうで、ゾクッとする」
日付が変わる頃、さくらが慣れない言葉で俺を呼ぶ。
他の客はいない。すでに閉店し、卓也は店の片づけに入っている。
手伝いをしていた友美も、仕事の時間は終わり、今はカウンターで遅い夕飯を平らげている。
「今日も、奢りでおねがーい!」
さくらが俺の後ろに回り込んで、腕を回してくる。
「あ、ああ、当たり前じゃないか」
「ありがとー、緒方先輩、大好きー!」
「お、お前、性格変わってるぞ、気持ち悪いからやめい」
まあ、これは俺とさくらの間での、一種の儀式みたいなものだ。
この前までは、里美も含めた、3人の間でのものではあったが。
「しかしまあ、お前ら、ますますカップルじみたな」
卓也が渋い顔をして指摘する。
「後ろから抱き着くなんて、さくらさんも積極的ですねー」
友美も笑顔で、兄の意見に賛同している。
そういえば、いつもの儀式といっても、抱き着いてくることはなかったな。
「いやー、里美がいなくなったから、『夫婦水入らず』ってヤツ、ですよーハハハ・・・」
後ろの彼女がそう、ほざいている。
そこ、「夫婦」と言い切ってもいいのかよ・・・。
仕事場で、店長に揶揄われて、慣れているはずなのだが、なぜか恥ずかしくなってくる。
長年の付き合いのある親友と妹分の前だから、なのだろうか。
「まあ、結婚式は呼んでくれ」
「お願いしますよ、緒方さん、さくらさん」
ニヤニヤしている兄妹に、そんなことまで言われてしまう。
首を後ろに向けると、まんざらでもなさそうなさくらが、両手で俺の頬を覆う。
さくらの呼気が酒臭い。そういえば、コイツ、結構強めなもの飲んでいたような・・・。
目が座っている。危険だ。コイツは、そこまでアルコールに強くない。
彼女の両手によって、顔を拘束される。強引に首をグイッと動かされて、向き合う形になる。
「わたしの、大好きな、ひ、と」
彼女の艶やかな唇が、なまめかしく動き、そんなセリフを発する。
今、何を言ってきた?大好きなひと?告白?
ただ、今そんな言葉を発したひとは、アルコールに意識を奪われて朦朧としている。
本人にとって、本意でないかもしれない。
なんとか逃げようとする。が、思いのほか、力が強い。酔っ払いが。
「里美がいなくなったから、私だけの、孝史さん・・・」
不意に下の名前を呼ばれる。驚く。まさか。そうなのか?
彼女の意識化では、俺のことをそう呼んでいるのか?
唇が近づいてくる。
これは俺のためにも彼女のためにも、逃げなくては。
しかし、その希望は叶わなかった。
彼女の唇と、俺の唇が触れる。吸いつかれている気がする。
俺の意識も飛びそうだ。気力を振り絞って、かろうじて保つことに成功する。
なんとか腕に力を入れて、からだを引き離す。
目の前には、普段見せない、色っぽい表情を見せるさくらがいた。
俺は、骨抜きになった。