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9話

 町全体が高い壁に覆われており、出入り口には剣を佩いた衛兵が立っている。マナビトは訪れる人が決まっていることもあり顔パスだが、今回はヒロトがいるのでカイラから軽い説明がされる。異世界人ということは伏せて、マナノキの研究の協力者という嘘の説明だ。衛兵が信じたのかどうかは不明だが、引き止められることはなく、煩雑な手続きもなく、町に入ることができた。


「領主のジャムシッド様との面会は午後からだから、先に荷物を軽くするわよ。懇意にしている商会があるから、ヒロトくんも場所は覚えておいてね。もし自分でマナノキなんかを売ろうとしたときは、そこらへんの店で売ったりしちゃ駄目よ。面倒に巻き込まれたりするかもしれないわ」

「わかりました」


 商店の立ち並ぶ通りにある一つの大きな建物に二人は入っていった。オードの森の産物で財を成した商会らしい。先代から続く仲なので、何かあればここを使えばいいとカイラに耳打ちされた。

 カイラの姿を認めると一人の従業員が素早く別室に消えた。時間を待たず、白髪をオールバックにした長身の男性が足早にやってくる。彼が会頭のようだ。


「これはこれはカイラ様。よくぞいらっしゃいました」

「おはようございます。ものを売りに来たのですが、よろしいですか?」

「もちろんですとも。こちらへどうぞ」


 応接室に通され、茶と菓子が出された。


「本日はどのようなものを見せていただけるのか楽しみです。ところでそちらの方は」

「この子にはマナノキの研究の手伝いをしてもらってるのですよ」

「ヒロトと言います。よろしくお願いします」

「まだお若いのに素晴らしいことです! この商会の会頭をやっているザファです。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」


 ザファは大仰に驚いてみせるが、嘘だと察したという意思表示のようにヒロトは感じられた。その上で何ら追及してこないから、嘘でも問題ないということなのだろう。


 カイラが大理石のテーブルに荷物の中身を出していく。

 マナノキの枝、装飾品、魔道具がテーブルの上に並んでいく。シャミアから渡された荷袋からは一部の魔道具が出されただけで、大半は取りだされなかった。ザファの商会では本来毛皮を取り合わないのだが、構わないということでハイアの毛皮も見定めてもらえた。

 ザファが一つずつ手に取り確認し、値段をつけていく。適正な価格なのか、交渉が行われる様子はない。

 ハイアの毛皮も相場の値段で買い取られることが決定した。毛皮の分の金銭はヒロトが受け取った。


「よければご一緒に昼食を摂りませんか」

「お言葉に甘えさせていただきます」


 ザファと昼食を摂ることになった。食べ終えたら、領主との面会にはちょうどいい時間になるだろう。

 会話をするのは専らカイラとザファの二人だった。


「なんだかグリニーは少し物騒ではありませんか? 武器を持った強面の男がいやに目についたのですけど」


 それはヒロトも感じていたことだった。商会の建物に来るまでに、明らかにカタギではなさそうな風貌の人間が多く視界に入った。

 ファンタジーの世界だしこんなのものなのかと勝手に納得していたが、カイラの口ぶりからするとどうやら違うようだ。


「例年のように、アルワ領との小競り合いをするためでしょう」


 フルー領の西にあり、オードの森とも隣接しているアルワ領とは、毎年のように戦争をしている。戦争とはいっても領地を奪い合うような血みどろの戦いが繰り広げられるようなことはなく、二つの領地の間にある鉱山の使用権を主張するための作業的なものだった。

 その鉱山は決して規模の大きなものではないが、みすみす他国に渡してしまっては領主としての沽券に関わる。そこで毎年戦争をし、妥当なところに落とし込むことで、被害を抑えつつ名誉を守るという迂遠な方法が採られていた。鉱山は共同利用という形に落ち着くことになる。


「もうそんな時期でしたね。ということは傭兵を集めていることですか? そのようなことはこれまでになかったはずですが」

「ええ。わざわざ金で傭兵を雇い、大規模に戦争を仕掛けるほどあの鉱山には価値はないのですが。鉱山を占領できたとしても、戦争のための費用を考えれば間違いなく赤字です」

「つまり鉱山のほかに理由ができたと?」

「おそらくは。しかし予想でしかありません。こちらも情報を集めている最中ですが、手ごたえはよくありません」

「このあとにジャムシッド様との面会を予定しています。さすがに何でもかんでもしゃべってくれるとは思えませんが」


 結局一言も発することなく昼飯が終わったなと、余計なことを話してぼろを出さずにすみ、ほっとしつつ食後に出てきた茶を飲んだ。

 そんな様子に気付いたザファが厳しい表情を崩してヒロトに話しかける。


「ヒロト様、食事はお楽しみいただけましたか?」

「ええと、はい、大変おいしかったです」

「それでしたら幸いです。当商会ではマナの地の産物以外に、宝石や貴金属を扱っております。そういったものをもともと扱っていたため、マナノキを商売できるようなツテを持っていたのです」

「へえ、そうだったんですか」


 高級品を買ってくれるような顧客や、鉱物のようなマナノキを加工できるような職人とつながりがあったということだろう。


「ですから宝石や貴金属のご購入を検討される際には、是非とも当商会をご利用ください」

「ははは、俺には縁のない品物のような……。第一、そんなにお金もないですから」

「あら、ヒロトくん、少なくともハイアの毛皮の売却金があるじゃないの」


 たしかに金や銀の硬貨を受け取っているが、ヒロトはお金について何も聞いていないので、その硬貨でどれだけのものを買えるのかがわかっていない。所詮は獣数体分の毛皮だから、高級品を買えるほどではないのではないか。


「あんまり高いものは買えないでしょうけど、まったく買えないものはないんじゃないかしら。ねえ、ザファさん?」

「ええ、こちらでご用意できる品はあります」

「じゃあ、また機会があったときに」

「お待ちしております」


 ヒロトとカイラは商会をあとにした。このまま領主館に行くと、時間的にはちょうどいい。

 商業施設が立ち並ぶ区域を、がたいのいい男や強面の男、筋骨たくましい男などが闊歩している。彼らはきっと傭兵なのだろう。

 戦争をする理由は不明でも、戦争が起こるとなれば彼らのような人種はどこからともなく現れるものなのだろうか。


「ヒロトくん、これから領主であるジャムシッド様に会いに行くわ」

「はい」

「礼儀作法に疎いでしょうけど、多少の無礼があったからといって咎めるほど狭量な方ではないわ。でもあまり失礼のないように」

「大丈夫でしょうか」

「相手が領主様だから異世界人であることも含めて紹介するつもりだけど、紹介が終わったら退席するように言ってあげるわ」

「え、異世界人だって明かすんですか?」

「いくらなんでも領主であるジャムシッド様に嘘はつけないわよ。嘘をついても調べればすぐにわかってしまうことだし。異世界人っていっても、マナがあろうがなかろうが生きていけるってことくらいしか私たちと変わらないでしょ」


 たどり着いた領主館はヒロトの想像よりも大きかった。自分も宿泊してもいいのか、異性のカイラとは別室になるのだから二部屋も使ってしまう、などとみみっちいことを心配していたのが馬鹿らしくなる。何人もの使用人が泊まり込みで働いているのだろうから、二人くらい増えたところで大差ない。

 カイラが門番に何かの書類を提示すると、使用人が呼ばれ中に通された。


 領主の館というからにはどんなに豪勢な造りになっているのだろうかと期待していたが、国境にある領地であるから華美とはかけ離れた内装だった。そもそも外から見た感じだと邸宅というよりも防衛施設然としていた。

 それでも領地のトップが住む建物だからか、機能性のみを追求しているのでもなかった。敷かれている絨毯の毛は長く、なにやら立派そうな壺や絵画が飾られている。案内された客間のソファに座ると尻が沈み込んだ。

 ソファの滑らかな革を撫でていたり、マナノキで作られたと思われる置物を眺めたりしていると、髭を生やした偉丈夫が入室してきた。

 カイラがさっと立ち上がり一礼する。ヒロトも遅れて起立し、頭を下げた。


「楽にしてよい。少々立て込んでおってな、早速話をしようではないか」


 男性はどっかりとソファに腰かけた。

 使用人は彼の分の飲み物を置いたら退室した。室内にいるのは三人になる。


「すまぬな。あまり時間が取れないのだ」

「時期が時期ですから、お忙しいのは仕方のないことです」

「うむ。例年の通りに小競り合いをするのならば、ここまで忙しくすることもないのだがな」


 カイラの探るような言葉に、彼は隠すようなこともなく特別なのだと述べる。


「まずはこの子の紹介をしましょう。この子はヒロトと言います。ヒロト、この方はフルー領の領主であらせられるジャムシッド様よ」

「ヒロトと言います。よろしくお願いします」

「耳を見てもらえばわかる通り、ヒロトはマナビトではありません。が、オードの森に住んでいます。シャミアがとある実験をして、その失敗により転移してしまった異世界の少年です。どうもヒロトのいた世界はマナがなかったみたいで、そのためにマナの濃度に関係なく活動できるようです」

「シャミアが呼びだしてしまった異世界の少年……?」


 ジャムシッドが値踏みするようにヒロトを見つめる。威厳のある壮年の男性に睨まれるようにされたヒロトは首をすくめた。


「そう怯えずともよい。オードの森への許可のない侵入は大罪であるが、そのような事情ならば罰することもできまい」

「は、はい、ありがとうございます」

「オードの森ではどのように過ごしておるのだ」

「えーと、シャミアさんと住んでまして。なぜかわからないんですけど、もといた世界よりも身体能力がすごく上がってるんで、それを活かして集落の手伝いなんかをしてます。あと、マナノキの管理とか、家事全般とかも」


 緊張のあまり言葉の選び方が雑になっている上に噛みまくっていたが、ジャムシッドは一生懸命なヒロトに不快を示すことはなかった。隣に座るカイラが密かに安堵している。


「そうか、そうか。お主はシャミアと住んでおるのか。シャミアがお主を呼びだしてしまったのだから、その責任をシャミアが取るのが筋が通っておるか。だからといって手を出してはおらぬだろうな」

「出してません! そんなことしたら丸焦げにされます」

「ははは、そうかもしれぬ。まあ、シャミアとは良好な関係を築けているようだな」


 先日のことでぎくしゃくしているとは言えず、曖昧に笑いを返してごまかした。

 自分に合わせてシャミアの話をしてくれたんだなと思ったが、それだけでなくシャミアはたびたび魔道具を領主へとカイラを介して渡しているようで、ジャムシッドもシャミアのことをよりよく知っているからのようだ。

 それでも時間がないのに、本題になると蚊帳の外になるヒロトにこれだけ話しかけてくれるのだから、ジャムシッドは気安くて気遣いもできる男なのかと感想を持った。


「ところでお主、よさそうなものを身に付けているな」


 ジャムシッドがネックレスを指摘する。高価なものだから服の中に隠していたのだが、緊張で勢いよく頭を下げたときに見えてしまったのか。

 ヒロトは服からネックレスを出した。


「それは……マナノキの芽か?」

「あらあ、シャミアもずいぶん奮発したものね」

「実験に使うつもりだったけど、結局使わなくて死蔵したものだって言ってましたよ。ほらカットされたり磨いたりされてないですし」

「何をとぼけたこと言ってるの。マナノキの芽は普通採ることはないわ。つまりそれだけ希少だってこと。そんな貴重なものを死蔵させておくわけないでしょ。使うつもりだったのなら、採ってすぐに使っちゃうわよ」

「え、でもシャミアさんはそう言ってて」

「装飾品としての加工がなされていないのは、そうするだけの時間がなかったということでしょ」


 ヒロトはまじまじとネックレスを見つめた。シャミアははたしてどういうつもりでヒロトに貴重なマナノキの芽を渡したのだろうか。困ったときの備えと言っていたが。


「マナノキの芽は目にしたことはあっても持ってはおらぬ。マナノキが手に入りやすい儂であってもだ。大事にするのだぞ」

「は、はい、もちろんです」

「ヒロトと言ったな、長々と話をさせてもらってすまぬな。お主がマナの管理人たちの中に溶け込めていることはよくわかった」


 マナの管理人ってなんだろうと疑問を抱くが、マナビトにそういう視点を持つこともできるか。


「ヒロトくん、これからの話を聞いててもつまらないでしょうし、外に出ておく? グリニーは初めてなんだし、ぶらぶらするだけでも楽しいと思うわよ」

「ああ、そうします」


 ジャムシッドも中途退室を許可したので、ヒロトは客間を出た。外には使用人が待機しており、彼女に今日泊まる部屋を案内された。予想違わず、ヒロトからすると豪奢な部屋で気が引けてしまう。精神的な疲れはあったが、休まずに外に出た。


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