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5話

 ヒロトはシャミアとマナノキを見てまわりに行く。以前見たようにマナノキは群集しているわけではなく、また生えている場所に規則性があるわけでもない。地図も作成されていないことから、地理を覚える必要があった。

 ヒロトはちらとシャミアを盗み見る。相変わらず彼女は身だしなみに関心がない。朝食のときは頭がぼさぼさでひどかった。いまは茶色の長髪を麻ひもでまとめているだけだ。シャミア曰く、これでも居候ができて気を使っているつもりのようだが。

 ヒロトがシャミアの家に居候したがったのは下心が大きな理由となるが、彼女に対する恋愛感情があるかといえば、微妙なところだった。身だしなみを整えていなくとも美人なのは美人だし、それが居候を希望する決め手となったのは否めないものの、どちらかというと恩人に恩を返すという感覚が強い。

 彼女の方は許可なく異世界に転移させてしまい罪悪感を覚えているのだろうが、ヒロトの方は感謝しているという、感情のすれ違いが起きている。


「ここを真っ直ぐ行くと、泉があるわ。泉には多くのマナノキがあって、道中にもマナノキがある。真っ直ぐだから道もすぐに覚えるでしょう」


 ちなみに道と呼べるようなものは存在しない。強いていうなら獣道か。

 二人きりで森の中を歩いてもどぎまぎすることもないし、結局のところいろいろ仕事をやろうとしているのはシャミアへのアピールではなくて恩返しの一環なのだろう。

 自分はそんなに義理堅い律儀なやつだったっけと、ヒロトは内心首を捻る。

 見た目はドストライクでも、年齢がちょっと離れているせいで、そういう感情を持ちにくいのかもしれない。


 タフになったおかげで森の悪路でも息が上がることはないが、歩きにくいことには変わらない。シャミアがヒロトに合わせて歩く速度を緩めているのがわかる。

 少し歩くと、マナノキがあった。


「泉までは三十分ほど、このペースだともう少しかかるかしら、それまでに六本のマナノキがあるわ」

「遅くてすみません」

「慣れないのに、よくついてきている方よ」


 一本目のマナノキは、昨日目にしたマナノキと若干形が違い、幹が真っ直ぐではなく妙な曲がり方をしている。まるで巨大な盆栽のようだった。


「なんだか木っぽくないですね。色も、昨日のは鮮やかな赤色でしたけど、これは橙色ですし。マナノキにもいろいろ種類があるんですか?」

「それぞれに名前は付けてなくて、一律にマナノキと呼称しているけれど、見た目は様々ね。研究者の間では俗称があるけど、覚えなくていいわ。単に見た目が違うだけじゃなくて、魔道具にするときなどの用途も異なってくるわね。とりあえずいろんな形があるくらいに思っておけばいいわ」

「なるほど。種類によって希少性や価値が違ってたりするんですか?」

「マナの地では専ら魔道具のために使用されるマナノキだけど、外では大半が装飾品として加工されるみたいね。宝石植物だなんて言われているようだし。希少なもので、なおかつきれいだと価値が高くなる傾向があるわ」

「それはそうでしょうね」

「マナノキは根元から伐採することは滅多になくて、基本的に伸びた枝を切ることになるわ。マナノキにはものによって成長の早さに差があるから、成長が早いものならばたくさん得られるし、遅ければあまり取れない。種類ごとの数自体はそんなに変わらないから、希少性は成長の早さと比例していると断じてもいいわね」


 いやに多弁だなあとびっくりしつつ、ヒロトは相槌を打つ。人との関わり合いを積極的に行わなかったシャミアは社交的とはいえない。事務的なものならともかく、他愛のない話をするのが苦手なようだ。その反面、造詣の深い分野についてはやけに口数が多くなるらしい。

 中学や高校の同級生にもそういうやつはままいたなと、ヒロトはぼんやり思いだす。コミュ障などとからかわれていた人種だ。


「それはそうと、あなたにやってもらいたいことなのだけれど」


 シャミアは持ってきた長いトングを手に持った。

 するとそれでマナノキの幹を指した。ヒロトも気付いていたが、顔面くらいの大きさの刺々した生き物が張りついている。見た目はヒトデに似ている。


「マナヒトデというんだけど、これを駆除してもらいたいの」


 シャミアはマナヒトデをトングで地面を叩き落した。トングをぶつけたときに、かつんと音が鳴ったので硬い体のようだ。マナヒトデは素早く動けないらしく、芋虫が這うようなスピードで逃げようとする。


「動きは鈍いし、攻撃してくるようなこともないから、危険ではないわね。ただ棘に毒があるから素手で触らないようにすること」


 そしてマナヒトデに大振りのナイフを突き刺した。マナヒトデはびくびくと痙攣し、緑色の体液を流し、絶命した。死体はシャミアが魔法で燃やす。


「普段はこうやって燃やしてしまうけど、ヒロトは魔法が使えないから皮袋にでも死体を入れて、持ち帰るってことになるわね。マナヒトデ以外にも虫やゴミが引っ付いていたら、取り除いておくのよ」

「マナヒトデはマナノキを食べたりするんですか」

「そうよ。だから見つけ次第駆除するように。土地勘さえつければ大変な作業ではないと思う。剪定の方も教えていくつもりだけど、これは少しずつ覚えていけばいいでしょう」


 マナノキ周辺の茂みを掻き分けてみると、意外とマナヒトデがいた。マナノキだけを食べて生きているのではないが、それでもマナノキの近くにいることが多いみたいだ。

 十分弱ほどの探しただけで三匹もいた。全て燃やしている。


「いるもんですね。これだとマナノキの管理は害虫駆除だけでも大変そうです」

「……そうね」


 ヒロトはシャミアの挙動からいろいろ察してしまった。

 範囲が広いから、管理が多少杜撰になってしまうのは、仕方のない部分もあるかもしれない。管理の範囲が広いのはシャミアが研究者だからと聞いているが、それだけではなくて彼女が外に出る機会を増やすという意図があるのだろう。心のリハビリの一環ということだ。

 範囲を決めたのが誰かは知らないが、まとめ役のカイラな気がずる。ヒロトの予想はたぶん間違っていないだろう。


 次のマナノキの周辺にも数匹のマナヒトデが湧いており、全て駆除する。マナヒトデが見つかるたびにシャミアの表情が引きつるが、ヒロトは見ないことにした。好きな研究に時間を割いてしまうのは当然といえば当然なのだ。

 最低限の管理はしているのだと信じたい。


「ここ、枝が変なふうに飛びでてるのがわかるかしら」


 数本目のマナノキの枝をシャミアが指し示す。

 指し示された枝は幹から伸びる太い枝から不格好に伸びていた。ほかの枝のように真っ直ぐではなく、歪に曲がっていることからも、ヒロトでも違和感を抱けた。


「たしかに、変ですね」

「こういう明らかに歪なのはそうそうないけれど。もし見つけたら切っちゃっていいわ」


 シャミアはそう言って、持参した枝切りばさみで根元から切った。

 切られた枝を見せてもらったのだが、思ったよりも重い。断面は表面と相違が見受けられず、植物というよりも鉱物といった方がしっくりくる。

 これをきれいに磨くと宝石のような輝きが生まれるのだとシャミアは説明した。宝石とは異なり大きいので、装身具ではなく置物とされることも多いらしい。

 一方で魔道具にする場合は、粉末にすることが多いとのことだ。複数の種類のマナノキを合わせるのだと、彼女はいろいろ語るが、いうまでもなくヒロトでは半分も理解できない。


「そういえば、例のマナをどこかに転送するって魔道具は、マナノキの粉末ではなくて枝そのものがあったように記憶してるんですけど」


 ヒロトが転移した際、目の前にきれいな棒があり、印象に残っていたのだ。あれはマナノキの枝なのだろう。


「あれはとあるマナノキの枝をいじったものね。そのままではないのだけれど。あの枝が周囲のマナを吸い取って、どこか別の場所に移転させるわけ。計算よりも一気にかつ多量に吸い取ったこととが失敗だったわね」


 記念にその枝をあげましょうかと言われたが、曲がったきれいな棒きれでしかないためヒロトは受け取らなかった。需要の割に供給がかなり少ない代物を意味もなく貰うわけにはいかないだろう。

 道中でマナヒトデを探したり剪定したりしたため、目的地の泉に着くまでに一時間半が経過していた。


 幻想的な風景にヒロトは言葉を失った。

 青や紫の寒色のマナノキが泉から顔を出しており、陽光を反射してキラキラと輝いている。跪いて泉の水に手をつけると、冷たくて気持ちがいい。透明度が高くて底がはっきりと見えた。


「いい場所ですね」


 ヒロトが呟くと、シャミアは頷いた。

 シャミアは泉の中に入っていき、マナノキを一本一本確認していく。ヒロトも彼女についていった。泉はさほど深くなく、腰までしか水が浸からない。

 泉の中から生えているマナノキは、これまで見てきたマナノキのように太い幹から枝が生えているという形ではなく、細い枝が扇状に広がっているという形だった。高さもヒロトの胸くらいまでしかない。


「ここはマナノキが密集して生えているでしょう。こういうポイントが私の管理範囲には四カ所あるの。ヒロトにはここを含めた四カ所を重点的に見てもらおうと思っているわ」


 泉から生えているマナノキは二、三十あった。泉の付近にもいくつかあるようで、数多く群生しているといえる。

 マナヒトデが水面に浮かんでいた。たまに水中にいたりするので誤って触れないようにと言いながら、シャミアはマナヒトデを始末した。


「あと、泉の水は飲まないように。一時間以上浸かっているのも駄目ね。まあ、あなたは異世界人だからどうかわからないけれど」

「なんで駄目なんですか」

「マナノキのマナが水に溶けだしていて、水に多量のマナが含まれているから。マナビトであっても必要以上にマナを取り込んでしまうと体調を崩してしまうわ」

「水の中にマナ、ですか。水からマナは取りだせないんですか?」

「いまの技術では、空気中や水中のマナを取りだすことはできても、それを貯蓄するなどして有効活用はできないのよ。何年か前に、多量のマナを含んだ水に長年触れた土石を、マナノキのように利用できる技術が確立できたとかできないとか聞いたけど。私は門外漢だからよく知らないわ」


 泉のマナノキにはコケがくっつき成長を阻害するため、ブラシできれいにしておく必要がある。美術品の手入れをしているようで存外面白い。

 一通り仕事が終わったところで、二人は泉から上がった。付近のマナノキも見てまわり、マナヒトデも排除した。


「そろそろ帰りましょう。……どうかしら、家事に畑仕事、そしてマナノキの管理。いろいろ任せることになったけれど」


 シャミアは遠慮がちにヒロトに言う。


「嫌なら言ってちょうだい。もしかするとあなたはマナの地以外でも過ごせるかもしれないから、オードの森の外で暮らすっていう選択肢もあるのよ?」

「嫌だっていうことはないですよ。肉体労働ですけど、あまり苦ではありませんし。それに森の外で暮らしたいなら、シャミアさんの家に居候を望んでませんって」

「そう、それならいいんだけど」


 シャミアの表情に変化はなかったように思う。

 ヒロトの返答に喜んでいるのかそれともそうでないのか。少なくとも不快感は抱いていないだろう。

 どこかネガティブで遠ざけるような、試すような尋ね方は無意識にやっているのだろう。それが彼女の心の傷を原因としているのはヒロトにもわかった。

 カイラはそんな傷を塞いでほしいと一縷の希望をヒロトに託しているのだろうが、前途は多難だろうなあとヒロトはシャミアの横顔をちらりと見るのだった。


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