3話
「まだ若い女の子なんだから身だしなみをもっとちゃんとすればいいのにねえ」
「私はそういうのに興味ないんです。ヒロト、マナビトは容姿に優れた人が多いから、私なんかよりも美人なんて掃いて捨てるほどいるわよ」
マナビトというのは、マナの地に住む人々のことだ。
「あ、ああ、そうなんですか。たしかにカイラさんや、道中ですれ違った人たちも美男美女ばかりでした」
「あらおばさんにそんなおべっかなんていらないわよ?」
「おばさん?」
二十代半ばくらいのシャミアよりもカイラは若干年上に見える。二十代後半か、せいぜい三十くらいだろう。たしかに高校生からすればアラサーの女性はおばさんと言ってもあるいは間違いではないのかもしれないが、美貌のカイラをおばさんなどと呼ぶのは躊躇われた。
「マナビトは長命で、年齢を重ねても老化しにくいという特徴があるのよ。寿命は八十過ぎくらいかしら。カイラさんは四十半ばくらいよ」
「えっ!?」
ヒロトは思わずカイラの顔をじっと見つめてしまう。
数年前に亡くなった母親よりも年嵩だが、明らかにカイラの方が若く見える。というか、四十代半ばで二十代後半に見える人なんて、日本ではまずいない。
そして、表情を驚愕に変えたまま、ヒロトは視線をシャミアへ移した。まさか彼女も……。
シャミアはむすっとする。
「私は二十五」
ヒロトが安堵の息を漏らすと、カイラがゲラゲラと爆笑した。
「あなた面白いわね。シャミアの家はものが少ないから、ヒロトくんが使う日用品は集落で保管してある予備を渡しておきましょう」
三人はカイラの家を出て、隣接している倉庫に移動した。
シャミアは外で待っているようで、ヒロトはカイラと中に入る。
保存食や酒、衣料品、こまごまとした雑貨が置いてある。備えあれば憂えなしと言うが、思った以上に保管してある量が多い。服を一つ取ってみると、デザイン性は皆無であるものの、生地はしっかりしている。日本では秋だったが、この世界ではそろそろ夏になるという時期みたいなので、ヒロトは涼しそうな服を何着か選ぶことにした。
カイラ宅まで往路で、この世界の文化がどれだけ発達しているのかをシャミアの話から知ったが、おそらく少なくとも五百年以上は地球より後進だと思われる。魔道具なるものがあるため何とも言い難いが、戦争は剣と弓を使い、銃は存在しないことからそう結論付けた。蒸気機関もないことから数百年と言うことはないだろう。また、貨幣は金銀などが使われており、商品貨幣もあることから地球よりも後進的であることは間違いない。
そのような世界であって、このような富んだコミュニティが普通に存するのだろうか。
「服から食べ物から、いろいろあるんですね。集落も全体的に貧乏そうには見えないし」
「ここに限らず、マナの地では飢えとは無関係の生活が送れるわ。主にマナノキの販売で生計を立てているのよ」
「マナノキを売るんですか?」
「正確には管理の過程で切ったりした枝ね。一本丸々というのは滅多にないわよ。マナノキはマナの地でしか生えないから希少価値が高くて、その分高く売れるのよ。用途は魔道具や装飾品かしらね。シャミアがそうしているように、加工してから売却してもいるわね」
だからといってマナノキ関連だけでなく、ほかにも稼ぐ手段があるためリスクが分散されており、簡単には困窮することはないようだ。
これがマナの地ではない村落だと貧困は珍しくなく、飢餓や身売りも当然にあるのだとカイラは言った。
「生活だけでなく時間にもゆとりが持てるし、そのおかげでマナビトの教養は高いわ。そういう意味では恵まれていると言ってもいいかもしれないわね」
「恵まれていない部分もあるということですか?」
「マナの地には誰でも住むことができないのはヒロトくんも知ってるでしょ? ここにいるのはみんな捨てられた人たち。どういうわけかマナビトには生殖能力がないから、それ以外はいないわ。その反面、帰属意識が強くて、私なんかはマナビトはみんな家族だと思ってるけど。まあ、マナの地っていう狭い場所でしか暮らしていけないんだから、帰属意識が強まるのは当たり前かもね」
「…………」
「マナビトとして体質の発現は三歳から十歳くらい。つまり物心がついてからってことになるわね。家族と離れられるような歳でもないのに、家族に捨てられてしまう。やっぱりこれがトラウマになってしまう人も少なからずいるわね」
「でしょうね」
「捨てられた子は私たちが全力で心のケアをするから、トラウマが深刻になることはそうはないけど、完全に吹っ切れる人は多くないわ。子供ができなくても結婚はできるけど、する人は少ないのよ。家族というものを作るのに抵抗があるのね。もう少し傷が残っていると、集団に混ざりたがらなくなってしまうわ。親しい人ができても、その人に拒絶されるのを怖がってしまって、壁を作ってしまうのでしょうね」
必然的に、ヒロトはぽつんと建っているシャミアの家を思いだした。研究に適した立地なのだと思っていたが、そうではなかったようだ。
「俺はそんなことしません」
「そうなら嬉しいわね。きっとあの子はヒロトくんに壁を作ってしまうでしょうけど、それはあなたを疎ましいと思ってからではないわ。仲良くしてあげてね」
「はい」
「つっけんどんとしてるけど、シャミアはものすごく心根の優しい子だから」
リュックサックとトートバッグに日用品を詰め込み、二人は倉庫を出た。もし足りないものがあればまた取りに来ればいいとのことだ。
衣服や寝具、種々の雑貨に加え、別の倉庫から食料品も持ってきたため、荷物の量が半端じゃない。
一人で持つには重すぎるのだが、意外にもヒロト一人で持つことができた。
「ヒロトくん、ずいぶん力持ちなのね。すごいじゃない。これは頼りがいがありそう」
「えーと、まあ、そうですね……?」
びっくりするカイラに、ヒロトはなんとも煮え切らない返事をする。
びっくりしているのはヒロトも同じだった。いくらなんでも一人で持つのは無茶だろうと思いつつ、ためしに持ったら持てた。しかも割と余裕がある。身長が百八十程度で、家に帰りたくないから毎日のように部活に勤しんでいたから比較的筋力はある方だが、いささかおかしい。
ひょっとすると重力が小さいのではないかと、ヒロトは思い至る。
「貸しなさい。私も持つから」
「いや、大丈夫みたいです」
「みたいですって何よ。食料品はあなただけのものではないから、いいから渡しなさい。ヒロトがそれだけ持ってて、私が手ぶらだなんて、私が悪者みたいじゃない」
「でもけっこう重いですよ」
彼女は百七十センチくらいあるので小柄ではないとはいえ、屋内で研究ばかりしているせいか腕は細い。
「この世界では体内のマナを消費することで身体能力が上がるの。多少の荷物を持つくらいなら苦じゃないわ」
「なるほど、だから俺もこんだけ持てるわけですね」
「あなたは異世界人だし、どうなのかしら」
ヒロトとシャミアは帰宅し、貰ってきた日用品を片付けて、ついでに掃除をしたらあたりはもう暗くなっていた。
ヒロトの異世界生活一日目はこうして終わりを告げた。




