2話
窓から見える景色で、木々に囲まれた場所を住まいとしているのは察していたが、思った以上だというのがヒロトの感想だった。さっきシャミアがオードの森と言っていたが、彼女の家は林立した木々の中にぽつんと建っている。森の中に住んでいるというのがまたファンタジーを感じさせた。もっとも、森そのものは地球と大きく変わったところはなさそうだ。
「これからオードの森を仕切っている人のところに行くわ」
「仕切っている人?」
「ええ。さすがに外部者が入ってきたのに報告しないのはまずいから。ヒロトのこれからのことも相談しなくちゃいけないし」
外部者とはずいぶんな言い方だと思っていると、顔に出てしまっていたのか、シャミアが続けて言う。
「ここオードの森はマナの地と呼ばれる特殊な場所なの。――あれを見てみて」
シャミアが指をさす方へ目を向けると、佇立する木々の隙間に妙なものがあった。
近づいてみると、その異様さが顕著になる。形は葉のない木のようなものであるが、鮮やかな赤色をしており、植物には見えない。ヒロトの身長よりも多少高いくらいなので、高さはおおよそ二メートルくらいだろうか。シャミアに許可を取って触れてみると硬くざらざらしており、まるで石のような手触りだった。
何度かテレビで見たことがあるサンゴを思いだすような見た目と質感だ。
「これはマナノキ。木みたいに成長するからおそらく植物だと言われているわね。わからないことが多いけど、このマナノキがマナを放出しているの」
「マナを放出?」
「説明しづらいのだけど、マナノキはマナを生成して、それを大気中に放出しているわ」
「なんとなくわかります」
植物が光合成をして酸素を作るようなものだろうか。
二人はマナノキから離れ、歩きだす。
「マナノキはどこにでもあるのではなくて、ごく一部の場所にしか生えてないわ。移植も不可能。マナノキがマナを生成して大気に供給してると言ったでしょ。そのためにマナノキがあるところはマナの濃度が非常に高い」
「つまりここも?」
「そうよ。そういう場所のことを総称してマナの地と呼んでいる。マナ自体はどこにでもあるけれども、濃度が高すぎると普通の人は身体に異常をきたしてしまうわ。ヒロトは異世界人で体のつくりが違うからどうかはわからないけど、気分が悪くなったりしたらすぐに言うのよ」
「でもシャミアさんはここに住んでるんですよね?」
「何にでも例外というのはあるものよ。あなたの世界ではこんなふうに耳が長い人はいなかったかしら」
シャミアが自身の長くとがった耳を指差した。
「いませんけど、それがこの世界の人々の標準ではないのですか」
「違うわね。この耳を持つ者はマナの多い地で生きることができる。正確には、マナの多い地でしか生きられないのよ」
「そうなんですか」
特殊な病気か何かなのだろうかと思ったが、どちらかといえば体質という表現の方が正しいようだ。
早ければ三歳から、遅くとも十歳までにはこの体質が発現し、体内のマナの量が急激に増加する。その結果としてマナの薄いマナの地以外では生きていけなくなってしまうようだった。イメージとしては浸透圧のようなものらしい。
しかし、ということは、産まれた時点では普通の赤ん坊と変わらないというわけだ。
さすがに初対面の人に踏み込んだ話は聞けない。
そのあとはシャミアがヒロトの故郷のことを聞きながらしばらく歩いていると、いくつかのログハウスが見え始めた。どうやら集団で生活しているみたいだ。
ヒロトはシャミアと集落の中へ足を踏み入れる。数人とすれ違ったが、みな耳が長い。
シャミアは一つのログハウスのドアをノックした。
はあいと返事が返ってきて、ドアが開かれる。シャミアよりも若干年上だろうか。明るい雰囲気の美しい女性だった。
「あら、シャミアじゃない。……えっと、その子は?」
ふんわりとウェーブのかかった髪を揺らしながら、女性はヒロトに顔を向けた。
「私、マナ移転の魔道具の実験をしていたではないですか。その失敗で召喚してしまって。ヒロトというのですけれど、彼のことで相談をしようと思って来ました」
「なんだかシャレにならない話みたいね。とりあえず二人とも上がりなさい」
頭を下げて屋内に入ると、シャミア宅とは打って変わって、こじゃれたインテリアが目に入った。家具は機能性だけを追求したものではなかったし、ところどころに可愛らしい小物が置かれていたり、実用的ではない置物があったりする。そもそも家の主である女性自身もきちんと着飾っていることから、経済状況はどうも悪くはないらしい。
彼女がオードの森を取りしきっていることから財を独り占めしているということも考えられなくもないが、すれ違った人たちもわりかし身綺麗な格好だったので、全体的に余裕のある暮らしを営めているのかもしれない。
座卓を勧められたので腰を下ろして待っていると、女性が人数分の湯飲みを持ってきた。飲んでみると緑茶に似た味がした。
「それでヒロトくんと言ったかしら、この男の子を誤って呼びだしてしまったのよね?」
女性の問いかけに、シャミアはヒロトにしたような説明をした。
彼女はうーんと唸ってヒロトに話しかける。
「私たちが住んでいるこのオードの森のまとめ役をしているカイラよ。まずはシャミアが悪いことをしてしまったわね。謝って済む問題ではないんだけど」
「シャミアさんにも言っていますが、俺は家族を早くに亡くしてしまっていますし、元の世界にそこまで未練がないのであまり悲しいとは思っていないんです」
「その言葉を額面通りに受け取るのは難しいわね。でもヒロトくんがそう言うのなら、これ以上はやめておきましょうか。建設的な話をしましょ」
「ヒロトの生活は私が援助します。魔道具の売却で得たお金を豊かな生活を送れるくらいにまわせばいいでしょう」
シャミアが提案すると、カイラが彼女に目顔でそれいいのかと訊く。シャミアはあごを引いた。
「まあ、それが妥当かしらね」
「ちょ、ちょっと待ってください。要するに、俺はシャミアさんと離れて暮らすってことですか?」
漠然とシャミアと暮らすことになるのかあと思い込んでいたヒロトは慌て始める。
「私のうちみたいに集落の離れに住むよりも、人がいる集落の中に住んだ方がいろいろと楽でしょう。そもそも、あなたを無理やり呼びだしてしまった加害者の近くにいるなんて」
「それはヒロトくん、気にしてないって言ったじゃない。ちょうどいいじゃないの、研究ばっかりで家事なんかをおろそかにするシャミアには」
「家事ならある程度できますけど」
「ほら。それに近くで面倒を見てあげた方が、お金だけ渡すよりも贖罪になるわよ。ねえ?」
カイラがにやにやしながら水を向けると、ヒロトはうんうんと首を縦に振る。
シャミアは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「あ……シャミアさんが嫌ならもちろん別ですけど。たしかに一つ屋根の下でっていうのもあれですよね」
「あら、そんなこと気にしなくてもいいのよ。シャミアに襲いかかっても消し炭になるのがオチだわ。ああ、逆はあり得るわね」
「ありません」
「ええとシャミアさん、無理なら無理と言ってくれていいですから。いきなり他人と同居なんて言われても難しいでしょうし。責任とか贖罪とか、気にしなくていいですから」
ヒロトがそう言うと、シャミアは困ったような懊悩するような複雑な表情をした。しばらく沈黙したのち、彼女は大きな溜め息を吐いて首を縦に振った。
「……わかったわ。あなたは私が引き取る。衣食が困るようなことはしないけど、家が狭かったりするのに文句は言わないのよ」
「ありがとうございます!」
「シャミアなら悪いようにはされないわよ。魔道具の製作や研究をしていて稼ぎもあるから、金銭面で苦労はしないでしょうし。それにオードの森でもかなり美人の方だしね!」
カイラがころころと笑いながら最後を強調する。お金がどうとかより、そちら方面の下心があった図星のヒロトとしては、言葉を返すことができなかった。




