19話
戦争から帰還した翌日にシャミアが熱を出した。外で体調を崩してしまったこととの因果関係はないそうで、気を張ったストレスから来るものだろう。
一日養生していたがよくならず、シャミアは咳を繰り返していた。
「悪いわね……。あれもこれもやらせてしまって」
「いや、シャミアさんが風邪を引こうが引くまいが、家事全般は俺がやってるんですが……」
「私の看病で負担が増してるでしょ。そういう意味よ」
「あ、はい」
横になっているシャミアが睨んでくる。顔色が悪いせいで目を吊り上げると妙な迫力があった。
大人の看病なんてたいして手がかかるものでもないが、適当に頷いておいた。つきっきりで看病しないとならないのでもない。
「看病もだけど、この前の戦争でも助かったわ」
シャミアは急にあらたまった様子で、礼を述べた。
「ヒロトが助けに来なければ、下手をすれば死んでいたかもしれない。そうでなくとも大怪我は必至でしたでしょうね。ジャムシッド様――お父様が見ているからと、無駄に張りきってしまった結果よ。空回りして、結局迷惑をかけてしまった。……いいえ、そんなことが言いたいのではないわ。結果的に見れば、あなたが単騎で突っ込んでくるっていう馬鹿をしてくれたおかげで、私に関してはうまくいったのよ。それだけ」
シャミアは口早に言い切ると、そっぽを向いた。彼女の顔が少しだけ赤い。
ヒロトとしては複雑な心境だった。素直に礼を受け取れない。
そのとき、ドアがノックされた。誰何すると、カイラの声が返ってくる。
「ちょっと出てきますね」
ヒロトは玄関を開け、外に出る。
「こんにちは、ヒロトくん。ジャムシッド様の下で働いた報酬を渡しに来たわよ」
「ああ、報酬ですか。忘れてました。シャミアさんが熱を出しちゃってるんですよね。どうしましょう」
「なら外で話しましょう。大事な用事でもないし」
二人は家のそばにある石の上に腰かけた。
カイラが金を入れたきれいな布袋をヒロトに二つ差しだした。
「シャミアの分と合わせて、二つ分よ。こっちがヒロトくんの方ね」
シャミアの布袋は大きかったが、はたしてこれが適正な報酬なのかはわからない。少なくはないのだろうが。
ヒロトは自分の布袋の中身を確認した。はしたない行為かとも思ったが、シャミアの者ほどではないが自分の布袋もずいぶんなふくらみを持っていたからだ。そして見た目に反せずかなり報酬が多いことがわかった。
報酬額は前もって知らされていたが、それよりも多額だ。
「なんか多くありません?」
「名のある敵の騎士を倒したから、その分も含まれてるそうよ。そのほかの敵兵を倒したり、援軍として駆けつけた見返りもあるんだって」
たしかに騎士っぽい敵は倒したが、はたして本当に名のある者だったのか。
なんだか理由をでっち上げているようにしか思えない。とはいえこの金を返すことなどできようはずもないので、ありがたく貰っておくことにする。もっとも使う機会は当分やってこないだろう。
「ジャムシッド様はヒロトくんに深く感謝していたわよ。娘を失わずに済んだって」
「カイラさんは知っていたんですか?」
「当たり前でしょ。全員の出自を把握しているわけではないけど、領主と娘となると知っておかないわけにはいかないわ。シャミアの引き取りは前任のまとめ役がしているけど、受け継ぎのときにちゃんと聞いてるわ」
なら教えてくれればよかったのにと思う。
「それもそうですか」
「私も感謝してるわ。まさか戦場に駆けつけるとは思わなかったけど、そのおかげでシャミアは無傷だった」
「その危険な状況を作りだしたのはカイラさんでは?」
「何を言ってるのかしら」
カイラは怪訝そうに首をに捻る。
「戦争が大規模になったのも、シャミアさんが危ない目に遭ったのも、全てカイラさんが望んでいた者ではないんですかと言ってるんです」
「ふざけたことを言わないでくれる? 私がシャミアを疎ましいと感じてると思ってるの? そんなことはないわよ。森のマナビトはみんな家族よ」
「西のマナビトもですか?」
カイラは口を閉ざした。
「カイラさんはオードの森のまとめ役です。森の東部の、ではなくて、森の、まとめ役です。だから東も西も関係なくマナビトはみんな家族なんですよね? おかしいと思いました。東西は対立しているというのに、どうして両者が協力して狩猟なんてやるのかと」
「それは以前に説明したわよね?」
「ええ、たしかに狩猟それ自体は一応納得がいきました。でも狩猟で全体の統率をしていたのはカイラさんでした。東での狩猟だけではなく、西での狩猟でも全体に向けて挨拶をしたり音頭を取ったりしましたよね」
「誰かが先頭に立つ必要はあるでしょ。それがたまたま私だったということよ」
対立しているというのに、自分の陣地で行動するのに対立相手が先頭に立つだろうか。
「そういえば、戦争が大規模化したのは、オード川の資源を巡ってのことらしいですね。知りませんでした。森のマナビトが流した情報らしいじゃないですか。俺にも教えてくれればよかったのに」
「悪かったわね。その必要もないかと思ったのよ。川の土石が資源として活用できるっていうのも研究者くらいしか知らないし」
「そうでしたか。門外漢らしいですが、シャミアさんもそのことは知っているようでした。何年か前に確立した技術だそうですね。ということは資源として使えそうだと発見できたのはさらに前となりますか」
「私は研究者じゃないから詳しくは知らないけど、そうみたいね」
「詳しく知らなくともフルー領やアルワ領に情報を流すかどうかの判断はカイラさんがしているはずです」
そしてカイラは流すことに決めたのだ。フルー領とアルワ領の双方に。
森の東西で対立していたのならば、同じタイミングで情報が流されるのはあまりに不自然だ。ごく最近に発見されたのではないから、なおさら不自然だ。
ではどうしてフルー領とアルワ領に資源の情報を流したのか。大きな見返りを得ることができたからか。しかしすでに豊かなマナビトたちがさらなる富を求めようと思うのか。オード川の土石はマナノキの代替となる資源であり、フルー領やアルワ領が飛躍的に発展する危険性もある。
それだけの貴重な資源だから、フルー領とアルワ領は争い合った。
つまりオードの森が渡した情報により、両者は動いたのだ。
「情報を渡したタイミングは、悲願だった通信の魔道具の完成です。通信機は日常の生活をより豊かにもできるでしょうが、戦闘にも利用できますよね。そのための訓練も大規模狩猟で行っていました」
「この前の戦争にも使っていたわね」
「みたいですね。シャミアさんには渡していなかったみたいですが」
「魔道具の指導や記録にあたるあの子には不要だからね。ピカピカ光っても煩わしいだけでしょ。どのような光り方がどのような意味を持つのかも覚えていないし」
「俺も戦闘自体には加わらない予定でしたから、通信機は貰ってませんでした。ところでジャムシッド様には通信機を持っていることを言ってたんですか?」
「言ってないわ」
ということはそもそも通信の魔道具があることもジャムシッドは知らないのだろう。アルワ領側も知らないはずだ。
本気でフルー領を勝たせたければ、通信の魔道具を開示しないわけがない。通信機があれば、ごちゃごちゃとした戦場でもないよりはだいぶんマシだったはずだ。
「西はどうか知りませんが、東のマナビトは特に怪我人は出ませんでした。普通の人を相手にしたならば驚きもしませんが、相手には同じくマナビトがいるのですから死闘すれば怪我くらいしてもいいのではないですか?」
「ちなみに西のマナビトも怪我人はいないわ」
「なるほど。個人的にもっとも不自然だったのが、大きな魔法の攻撃でフルー領軍が混乱に陥ったあとのことです。あの大きな魔法が防御されずに、しかも退却中というベストタイミングに突き刺さってしまったのも思うところはありますが、それは置いておきましょう。
シャミアさんのもとへ俺は駆けつけましたが、一方でほかのマナビトが駆けつけるのがあまりに遅かった。通信機があるのだから、本陣のカイラさんが指示を出してもっと早く駆けつけさせてもよかったはずです。あとは敵のマナビトからの魔法が飛んでこなかったことです。目に見えるところにも来なかったですし」
「もういいわ、ヒロトくん」
「シャミアさんを排除するつもりではないのはわかっています。ただ、純粋になぜなのかわからないんですよ」
「私がシャミアを――マナビトを排除だなんてするわけないでしょ。マナビトはみんな家族よ。西に住むマナビトもね」
元から対立などしていなかったのだ。
「家族がよりよく過ごせるために、今回の戦争を?」
「そうよ。フルー領とアルワ領の両方から相応の見返りがあるのもおいしかったけど、それだけじゃなくて戦争をさせて疲弊させる目的もあったのよ。戦争をすることはほぼ確実だしね。私たちが参加したのも、できるだけ両方に損害を与えるためよ。なるべくそうなるように動いたけれど、引き分けになったのは幸いだったわ」
「ですが、オード川の土石にはそれ以上の価値があったのでは?」
「そうね、それは否定できないわ。でも外の人たちもマナや魔道具の理解を深めていってるから。いずれ独力で発見した可能性もあるし、二つの領地の関係もこのままかどうかなんてわからないし。迷ったけど、情報の価値が大きいうちに動くことにしたのよ」
たしかに二つの領地が親睦を深めてしまったり、あるいは一つの領地となってしまうと、オードの森にとってはおいしくなくなってしまう。シャミアが言っていたように外の人々も目覚ましい発展を遂げているから、自分たちでオード川の有用性にいずれ気付くだろう。
「そのへんは予想の範疇なのですが、シャミアさんの方は」
「マナビト全体だけではなくて、個人の願いもできるだけ叶えてあげたいってことよ。できればシャミアのピンチにジャムシッド様本人が駆けつけてくれればロマンチックだったんだけどね、さすがにそれは高望みだったわね。領主としての体裁があるし、体つきの割に武芸の際はないみたいだから」
意図的に作りだされたピンチは、親子の距離を近づけるためだった。娘が危険な目に遭えば、腹を割って話せるという目算があったのだろう。少々杜撰だが、そちらはあくまでおまけにすぎないということか。
「マナビトの誰かしらがそばにいたから、いつでも助けに行ける態勢ではあったわ。シャミア自身が体調を崩してしまって危ないかなとも思ったけど、ヒロトくんがいたしね」
「はあ」
「ヒロトくんに嘘をついたり、あえて教えなかったりしたのは、ヒロトくんのことを心から信じてはいなかったからよ。少なくとも私はね。でも猪武者すぎたとはいえシャミアのことを助けようとしてくれたのは、心打たれたわ」
信用は積み上げてきたつもりだったが、所詮はまだ何カ月も森で過ごしていない。
試すような真似をされても文句は言えまい。
「けどもう信用してもいいかなって思えたわ。ごめんなさいね」
「いいんですよ」
カイラにはまとめ役という立場があるし、彼女もまた森に捨てられたマナビトの一人なのだ。
ひょっとするとカイラから全てを話すつもりがあったのかもしれない。あまり隠すつもりもないようだった。
「そろそろ行くわ。ほかの人にもジャムシッド様から預かった報酬を渡しに行かないと」
「今日はわざわざありがとうございました」
「いいのよ。ヒロトくん、これだけは覚えておいてほしいの。私を含め、森の住人達はあなたのことを認め、信用した。だけど必ずしもそうであり続けるとは限らないわ」
「肝に銘じておきます」
「そう、じゃあね」
去っていくカイラを見送る。
戦争を通じて得られたものはいくらかあった。しかし知らなくてもいいことをたくさん知ってしまった。
知らない方が幸せなこともある。
けれども、それが何かの役に立つことがなかろうとも、重責となろうとも、場合によっては必要不可欠な知識となるときがある。一切のプラスがなく、マイナスであるからこそ、知っておくべきことがある。帰属とはそういうものだ。
今日から再び戦争だのなんだのと煩雑な事項に悩まずに、日常を過ごすことができる。
やることといえば異世界に転移した当初と何ら変わらないが、しかしヒロトはより充足を感じられるだろうと思うのだった。




