16話
戦争は日々進化していて、従来の剣や弓やときどき小規模な魔法が使われるだけのものではなくなってきている。
主役はまだまだ剣や弓なのだが、それらが魔道具化して強化されたり、あるいは魔道具による大規模な攻撃と防御がなされたりするようになってきている。
どんな形であれ魔道具が使用されるということは、マナノキが必要になることを意味する。
ようやくマナノキの剪定の知識がつき始めたヒロトは、忙しくあちらこちらのマナノキを巡っていた。シャミアは研究が手が離せないから、ヒロト一人で広大な管理地をまわらなければならない。森にも慣れ、地理も知悉し、体力も無駄にあり余っているから、マナノキをまわるのが早い。
そのことにシャミアはご満悦のようだった。
そして鼻高々に仕事仲間の研究者に自慢するのだ。羨ましいでしょうと。
「どうしてこうなるんだ……」
研究者たちが、じゃあうちも頼むわ、となるのは必然といえた。断る理由もないし、そのつもりもないとはいえ、何か釈然としない。
余所が管理しているマナノキの剪定をしたり、マナヒトデを駆除したりもヒロトは行っていた。さすが研究者というべきか、管理範囲が広い上に管理がおざなりだ。マナヒトデなどどれだけ始末したかわからない。大きな皮袋にぎっしり詰め込まれたマナヒトデの死体に吐き気を催したこともあったが、いまでは見慣れてきもいとすら思わない。
研究者たちはヒロトの仕事を見て、また頼むよと報酬を弾んでくれたが、ヒロトは苦笑いだけして言質は取らせなかった。
集められたマナノキはグリニーへと運ばれる。森の外で騎士が待機しており、彼らが運搬することになっている。このマナノキの譲渡は、金銭の授受があるものの商売というよりも援助の色合いが強いため、このような措置が取られる運びとなった。戦略上、非常に重要な物資だからでもある。
マナノキを運搬する一隊の隊長に、カイラがどのマナビトが参戦するのかを話す。その中にヒロトも含まれており、彼も含め全員の参戦が許諾された。
「ヒロトくん、あなたが武器を振るう機会は訪れないと思うけど、戦場に身を置くことになるのだから気を抜いちゃ駄目よ」
「心得ています」
あまり緊張した様子もなさそうだからか、カイラが注意してくる。
「カイラさんも行くんですよね?」
「そうよ。私も戦うわけじゃないけど、立場上行かないとね」
「大変ですね」
「戦線に立つマナビトに比べれば屁でもないわよ。突っ立ってるだけでいいんだから」
「それなら俺も同じですよ」
「そうかもね。でもそう言うんだったら、変な気を起こして鉄棒を掲げて突っ走ったりしちゃ駄目よ。あなたの仕事はあくまで待機なんだから」
敵国と接している領地だからといって、戦争に通暁しているわけじゃないんだなと、ヒロトは帳簿に書き込みながら思った。
マナノキ護送の騎士隊にヒロトもついていき、グリニーへと移動したその日から仕事を割り振られている。ヒロトがこの世界の水準からすると高度な教養を身に付けているため、輜重隊の隊長が喜んで力作業以外の頭脳労働もいくらか押し付けてきた。
オードの森に来たジャムシッドが人手が足りてないと言っていたが、あれは説得するためにでっちあげた言葉ではなく、現実としてそうであるらしい。
輜重隊の隊長によると、文字の読み書きや算術そして帳簿を理解できるだけの知能を持つ人材というのは貴重らしい。だから単純労働だけに拘束するのはもったいないとのことだ。
情報漏洩の危険性を言ったが、人手がなくてそんなことを言っている場合ではないと愚痴られた。それほど重要な仕事も任せられることもないから、あまり問題にもならないとも言っていた。
アルワ領と小競り合いをするときは毎年こんなに慌ただしいのかと尋ねれば、そうではないのだと隊長は答えた。小競り合いは戦争いえるほど大仰なものではなく、規模も小さいため事前の準備も少なくて済む。
しかし今回は違う。ここ十年以上小競り合い以上が発生しなかったから、これほどまでにてんやわんやしているのだった。しかも例年通りの小競り合いにならないことが予想されてから時間もなかった。ノウハウも時間もないからスムーズにいくはずがない。引退して余生を楽しんでいる元武官や元文官まで招集している始末なのだという。
目の下にクマを作り、疲れた顔をした上長にそんなに仕事したくないとは言えなかった。仕事の内容を叩きこまれ、ヒロトもまた早朝から日暮れまでがっつり働くことになり、いまに至る。それでも、まだ若く外部からの助っ人ということで配慮はされているらしい。上長たちはどのくらい働かされているんだと戦々恐々とした。
「その小麦は今日のうちに焼いてしまうので、そちらに置きましょう。先ほど運ばれてきた物資は種類ごとに分けて保管します」
ヒロトの指示を受けるのは、出稼ぎにやってきた領内の村人や傭兵だ。ヒロトが若いせいで発生しそうなトラブルを防ぐために見習いの騎士もおり、彼は形式上ヒロトよりも立場が上であるが、ヒロトの指示に従う形になっている。見習い騎士が頭脳労働をできないためだ。
もっとも、トラブルが起きそうな気配はない。舐められないようにとシャミアが買ってくれた上等な衣服のおかげだろう。どうもヒロトは身分の高い人間かボンボンだと思われているきらいがあった。
加えて、力仕事も嫌がらずに行うどころか、ほかの人の数倍の仕事量を平気な顔をしてこなしているせいで、そこはかとなく恐れられている雰囲気がある。ヒロトにとっては都合がよかった。
「よお」
「はい? あ……」
声をかけてきたのは、以前ヒロトに絡んできたやつらの一人だ。
「あのときの……」
「あ、あんた、正規の兵士だったのかよ。ったく、趣味悪いぜ。言ってくれればよかったのによ」
彼の強面は強張っていたが、無理やり相好を崩していた。明らかにビビっている。
ヒロトの格好と騎士が指示を仰いでいるから、ヒロトが偉い人間だと勘違いしたのだろう。
どうやら男も日銭を稼ぐためか、物資関係の仕事に従事しているようだ。いずれヒロトに見つかってしまう可能性があるから、先に動いたというわけか。
「すみませんね。あなたも傭兵として戦場に出るのですか」
男の勘違いは正さなかった。
「あ、ああ、もちろんだぜ! フルー領はマナノキで潤ってるからな。結果次第じゃ、大金を稼げるだろ」
「なるほど」
男はヒロトが以前のことを掘り返さなかったので、不問に付すと受け取ったのか恐る恐るといった様子はなくなった。
彼も戦場で戦うらしいが、力だけ強い素人のヒロトに返り討ちにされてしまったのに、生きて帰れるのだろうか。絡まれたときは強面でものすごく怖かったが、いまは小物臭しかしない。
「でもまず勝たないと大金もくそもないですよ」
「そうだな。しかも勝ったからって絶対に金をたくさん貰えるわけじゃねえだろうし。傭兵を雇いすぎなんだよな。俺に金がまわってこねえじゃねえか」
男の中では勝つことが前提になっているような気がする。皮算用はやめとけと言おうとしたが、このぐらい楽天的でないと殺し合いなんてやってられないのかもしれない。
「フルー領だけじゃなくて、アルワ領でもたくさんの傭兵を雇ってるって聞いたな」
「そうでしょうね」
雑談が長い。働いている人たちの視線が背中に刺さっている気がする。
「俺はフルー領の出身なんだが、なんでこんなに傭兵を雇うのかわからねえんだよな。しょぼい鉱山があるが、あんなんカスみたいなもんだろ。絶対におかしいんだよな。あんた、なんか知ってるか」
「知らないですね」
「教えられねえよな、そりゃそうだ」
「そろそろ仕事に戻りましょう。あなたも上に怒られますよ」
「そうだな。戦場で会ったらよろしくな」
男はこそこそと自分の持ち場に戻っていった。
戦争の理由は少なくとも一般市民の間には広まっていないらしい。見習い騎士に訊いてみたが、彼も知らないようだ。ただし不思議に思ってはいた。
さらに働いてる出稼ぎの領民にも訊いてみたが、やはり詳しいことは何も知らず、なぜ大きな戦争を起こすのかと不安がっていた。
ヒロトでさえ疑問に思うのだ。戦争が生活に響いてくる領民たちが疑問に思わないはずがない。それなのに理由が明かされていないのはなぜなのか。わざと明かしていないのは間違いないだろうが。
もやもやとしつつも、ヒロトは淡々と与えられた仕事を消化していった。グリニーに滞在しているからカイラなどのマナビトには尋ねられない。まさかジャムシッドに訊くわけにもいかないだろう。いくらオードの森に所属しているとはいえ、下っ端のヒロトのために領主が時間を作るはずがない。
しかし、意外にも出陣の前日にヒロトはジャムシッドに呼びだされた。
「ご苦労であったな。非常によく働いていたと報告されている。礼を言おう」
「いえ」
「明日が本番とはいえ、お主の仕事はすでに終わったようなものだ。だが最後までしっかり頼む」
「はい」
ジャムシッドが「あれを」と言うと、執事が恭しくヒロトに何かを差しだした。
「これは?」
「戦闘用魔道具だ。念のために持っておくがよい」
わざわざ呼びだしたのは魔道具を渡すためだったのか。これは仕事の報酬とは別だとジャムシッドは言った。戦争が終わったら返さなければならないが、使ったり壊したりしても構わないとのことだった。
所詮は後方支援部隊の一隊員なのに、過分な配慮だ。
「俺に渡すくらいならば、前線で戦う人に渡すべきなのではないですか? それとも参戦するマナビトには全員に渡しているのでしょうか」
「マナの管理人たちには儂から渡す必要もないだろう。もっと質の優れたものを持っているはずだ」
「俺も渡されているのですが」
「おお、そうだったか。それもそうだな」
おそらく念のために渡そうとしたのだろう。
「何かあれば遠慮なく儂のところに来ればよい。本当に忙しいとき以外は対応しよう」
「それはありがたいのですが、いいんですか? 俺なんてマナビトでもないし、すごい能力があるわけでもないのに」
「強力な魔物を退けるほどの力を持っておるではないか」
「そうですけど、今回の戦争で実際に戦うわけじゃないです」
「マナの管理人には大変世話になっている。お主もオードの森でマナノキの管理をしているのだから、マナの管理人ということになるだろう。ならばそれでよいではないか」
はぐらかされたような気がするが、とことん詮索しようと思えるほど、ヒロトの肝は太くない。
「マナの管理人っていうのはマナビトのことですよね」
「そうだ。マナビトというのは、マナの地以外では蔑称とされることがままあるのでな。必ずしもそうではないが、蔑称と勘違いされたくもないのであえて長ったらしい呼称で呼んでいるのだ」
「そうだったんですか」
少々考えすぎではある。ザファなどの信用が第一な商人もマナビトと呼んでいた。文脈から蔑称として使われると明確に判断できない限りは、マナビトと呼んでもいいのではないか。
「それでは最後に一つだけ訊きたいことがあるんですけど。答えられればでいいです」
「なんだ?」
「今年の戦争はなぜ例年のような小競り合いではないんでしょう」
「お主、知らぬのか?」
「は?」
ジャムシッドが心底不思議そうにした。
「領民は知らないようでしたし、戦争の理由は秘密にしているのではないのですか?」
「たしかにごく一部の者にしか明かしてはおらぬが……。まあよい。ヒロト以外は退室せよ」
執事や護衛が部屋を出た。
「話の続きだが、戦争が大規模化するのは、新たな資源が発見されたためだ。オード川を知っておろう?
森にも流れている大きな川だ。フルー領とアルワ領の境界となっている川でもある」
「知ってます。川で森は東西に分かれていますし」
「オード川には大量に摂取しなければ人や作物に害が出ないくらいに微量のマナが含まれている。それは以前から知られていたのだが、問題は川底の土石だ」
「土石ですか」
「長い年月をかけて川の土石はマナにさらされて、変質していることがわかった。土石にマナが含まれるようになり、マナノキのように利用できるのだ。マナノキほどマナを含有していないが、有用であることには違いない」
「それは……死にもの狂いでものにしようとしますね」
森の中を走る川の土石も同様らしい。もっとも森ではマナノキがあるので使われることはないだろう。今後輸出はされるかもしれない。
高価なマナノキの代わりに土石を使えば、大幅なコストカットが実現できる。
「その情報をつかんだということですか。あれ、でもアルワ領も傭兵を掻き集めてフルー領のように戦争の準備をしているんですよね。フルー領が大規模な戦争を起こす準備を始めたのを察知したんでしょうか」
「そうではない。向こうもこちらのように情報をつかんでいる。マナの付与された土石を利用する技術も持ち合わせておる」
「それだとすごいタイミングですね。両者がほぼ同時に、なんて」
「驚くことではない。この情報はオードの森の管理人からもたらされたものだからだ。自分たちにとってあまり有用ではないから、儂らに教えたのだろう」
「ジャムシッド様に教えたのはカイラさんだとして、アルワ領に情報を流したのは……」
「西の管理人であろう」
だからヒロトが知っていると思ったのか。
戦争の理由は領地の境界線であるオード川にあった。理解しやすく、得心のいく理由だ。
しかしヒロトの中にあるもやもやは一層肥大化していた。この違和感は何なのだろうか。はっきりとしないが、漠然とした不自然さがある。
ジャムシッドを見た。多忙のために疲労が濃いが、内にある闘志を見て取ることができる。オード川の確保が領地の未来を大きく変えるのだから、至極当然だろう。
「いずれ知られてしまうだろうが、ここで聞いた話を吹聴するのはやめてほしい。こちらにもいろいろと準備があるのでな」
「わかっています。答えてもらってありがとうございました。俺はこれで失礼します」
「うむ。しっかりと体を休めるように」
執務室を出ると、執事がヒロトの部屋までついてきてくれる。
自室に入ろうとしたが、ドアを開ける寸前で手を止めた。
「あのう」
「なんでございましょう」
「ジャムシッド様はマナビトのことをどう思ってるんでしょう」
「よき友にございます」
老齢の執事は考える間もなく即答した。
「かしこくも私めはジャムシッド様が幼い頃からお仕えしております。ジャムシッド様の気質は幼い頃から変わりません。実直なお方です。ジャムシッド様と対話なされたヒロト様ならおわかりでしょう」
「ええ」
「自ら不誠実な振舞いはせず、受けた恩はそれ以上にして返す。そのような方だからこそオードの森の方々もフルー領と良好な関係を続けようと思っているのではないしょうか。そのようなことはないと信じておりますが、オードの森の方々が不誠実にならない限り、ジャムシッド様はよき友であり続けようと努力なさるでしょう」
「そうですか、そうでしょうね。いや、変なことを訊いてすみません」
「いいえ。それではごゆっくりお休みなさいませ」
ヒロトが部屋に入りドアが閉まるまで、執事は頭を下げ続けていた。




