14話
「けっこう人数がいるんですか?」
魔道具の試運転などをしていたシャミアに訊いた。
「それなりにはいるんじゃないかしら。あちらが持ってくる商品も多いから、その荷運びの人員が必要でしょう。フルー領の領主も来るから、その護衛もいるわ。商人の護衛も兼ねているから、どうしても数は多くなるでしょうね」
「意外と来るんですねえ。せいぜい十人かそこらだと予想してましたけど、確かに考えてみればその程度に収まるはずもないか」
それだとマナビトも引っ込んでるよなとも思う。
信用の置ける者しか連れてこないのだから、あからさまにマナビトを蔑んだりはしないだろうが、それでも余所者が大勢来るのは不愉快に違いない。マナビトの方が不愉快さを隠そうとしないで、険悪な空気が醸成されてもぞっとしない。
「森に入ってくるのはその中の一部だけれども」
「そうなるでしょうね。それでも少なくないんでしょうけど」
ヒロトが全てを運び終わった頃には、商人側も荷物を全て森の中へと運び終えていた。短時間なら魔道具がなくともマナの地にいられるため、人海戦術でさっさと完了させていた。
あちらは領主と護衛が二人、そして商人も合わせると二十名弱。こちらはヒロトを含めて五名だった。カイラとシャミアのほかに、カイラの手伝いで交渉を担当するマナビトと魔道具の研究者がいる。
すでに交渉は始まっていて、ヒロトは手持ち無沙汰で積まれた荷物のそばでぼうっと眺めていた。商人たちが持参した商品を見てみたいところだが、それはもう少しあとだろう。縁をつなごうと必死になってカイラたちを囲む商人たちの邪魔はできない。荷物をほったらかしにするわけにもいかない。
「ヒロト様、またお会いできて光栄です」
「あ、ザファさん、こんにちは」
だらしない姿勢で流れゆく雲を眺めていたヒロトは、突然話しかけられて居住まいを正した。尻についた土を払いつつ立ち上がる。
「お仕事が終わったようなので、ご挨拶をしようと」
「お仕事っていうか、単なる荷物運びですよ。それよりもいいんですか? 話しかける相手は俺ではないでしょう」
「ほかの方にはご挨拶させていただきました。私はすでにオードの森の方々とは親しくさせてもらっておりますから、私のためにあまり多くの時間を割かせてしまうわけにもいかないでしょう」
つまり血眼になってカイラたちのご機嫌を取る必要なんてないということか。自慢げな様子のないさらりとした物言いにヒロトは感心した。
「それで暇そうな俺に話しかけてくれたと」
「いえいえ」
「ザファさんも何か商品を持ってきたんですか」
「はい。とっておきのものを持ってまいりました。先の狩猟で大活躍をされたヒロト様にも一目見ていただきたいと思っております」
もう伝わっているのか。先日の狩猟の話をしないことはないだろうから、その流れで聞いたのかもしれない。
ヒロトは手を振った。
「大活躍だなんて、そんな」
「相手は魔法を使う魔物だったとか。魔法が使える魔物はごく少数の強力な種類だけです。それを撃退したのならば、素晴らしい武勲といえるでしょう」
「華麗に撃退したんじゃなくて、ゴリ押しだったんですけどね。運もありました」
そういえば自分がここにいるのはおかしいんじゃないのかと、ヒロトは思った。マナビトでもないのに、ザファたちが首から下げている魔道具を所有していない。なぜその点について問われないのだろう。藪蛇を恐れているのか。
「戦ったのはガグラスと言うんですけど、そいつの角を手に入れました。妙薬になるって聞いてるんですけど、ザファさんが買い取りますか?」
「私は薬を扱っていませんので、遠慮しておきます。その手のものに詳しい商人がおりますから、そちらに売ればよいでしょう。薬の材料ならば高く売れるに違いありません」
「だといいですね。そのお金で何か買えるものがあれば。買わせてもらいます」
「是非」
話が途切れたところで、シャミアに呼ばれた。
矩形の大きな魔道具を持って来いとのことだ。
「ザファさん、すいません。呼ばれているので」
「時間の空いたときにお話しましょう。狩猟でのことをお聞きしていませんから」
鉄でできたその魔道具はひどく重い。衝撃を与えると容易く壊れてしまうから、少しでも耐久性を高めるための工夫らしい。
シャミアはジャムシッドと話をしていた。領主へ渡す魔道具の説明だろう。引きこもりコミュ障の彼女がよく領主相手にしゃべれるものだと感心した。魔道具関連だと舌が滑らかになるからかもしれないが。
「そこに置いてもらえるかしら」
「はい」
ゆっくりと魔道具を地面に下ろしていると、ジャムシッドから声がかかった。
「ヒロトと言ったか、また会ったな。息災か」
「はい、なんとか」
「お主はガグラスとかいう魔法を使う魔物を退けたらしいではないか。狩猟を生業とするマナの管理人たちでも手を焼くような難敵だと聞いている。やるではないか。少年と呼べるような年齢だと思っていたが、実はそうではないのか?」
「いえ、見た目通りの歳です。マナビトのように老けない体質ではないです、たぶん」
「そうか、ならばよくその若さでそれだけの強さを身につけたものだ。目にも留まらぬ速さで動き、巨大な魔物をものともしない膂力があるそうだな。素晴らしいことだ」
「えっと、ありがとうございます」
あまり褒められるのも居心地が悪いので、謙遜しようかと思ったが、素直に褒め言葉を受けないのは不敬にあたるかと懸念し、礼だけ述べておいた。
「その、シャミアさんとの話があるのでは」
「む、そうだな。シャミア、その魔道具についての説明を頼む」
「かしこまりました」
シャミアの説明によると、水や土からマナを抜く魔道具のようだ。
マナの地ほど高濃度、広範囲ではないが、マナ含有量の多い水が湧きその周囲の土地もまたマナが多くなってしまう場所があるらしい。唐突にそのような場所ができてしまうこともあり、そうなると人々の生活に支障をきたす場合もある。その問題を解消する魔道具というわけだ。
ヒロトにはどのくらい有用なのかわからなかったが、ジャムシッドは興味深そうに聞いている。
「マナ濃度が高くなる理由は湧水がほとんどです。こちらは湧水に設置することで、マナの土地への浸食を防ぐことができます。したがって手間が設置くらいにしかかかりません。たまにメンテナンスする必要もありますが、そう大変ではないでしょう」
「似たような魔道具を以前に提供されて使っているが、あれは人の手で水を汲んだり土を運んだりしなければならなかった。これはあれの改良版か」
「そうなります」
このほかにもヒロトは魔道具を運ばされて、シャミアはそれらの使用方法などをジャムシッドに滔々と話す。ヒロトはほかにすることもないので、シャミアの隣で彼女の説明をぼんやりと聞いていた。専門的かつ難解なので、ぶっちゃけ半分も理解できない。専門家ではないジャムシッドも同様だと思うのだが、その説明が記載された用紙を渡されているので大丈夫だろう。
ぼんやりと聞いていて思ったのは、大体の魔道具がシャミア作だということだ。そしてマナの地ではおそらく使い道がない魔道具ばかりだ。
全ての魔道具が紹介されたところで、商人たちの相手をしていたカイラがやってくる。
「ジャムシッド様、いかがでしたか? 使えそうな魔道具はありましたでしょうか」
「うむ、どれもこれもよさそうだった。我が領でも魔道具の開発を進めているが、このままではいつまでも後塵を拝すことになりそうだ」
「研究の環境が段違いですから仕方ありません。ところでジャムシッド様、こちらのヒロトを後方支援に使うのはどうでしょうか。普通の人に比べてよほど力持ちですし、頭も悪くありません。実戦の経験が対魔物でしかありませんから、前線に放り込むのは避けていただきたいのですが」
「本人が望むのならば考えるが」
「何の話ですか?」
話に入っていけないヒロトに、ジャムシッドがおもむろに話す。
「近々、アルワ領と戦争をすることになる。例年のように小競り合いをしているが、今年は事情が違うのだ。ガス抜きではなく、本格的にぶつかる予定だ」
そういえば、以前にジャムシッドに謁見した際、そのようなことを匂わせていたなと思いだす。
「オードの森からも人を出すことになってるのよ。フルー領に手を貸すのは東の面々だけだけどね」
「ということはつまり……」
「西はアルワ領よ」
ヒロトは絶句した。
「戦争に参加することは、参加者にしか話していないことだから吹聴しないように。基本的にオードの森は隣接しているとはいえ、フルー領とアルワ領とは中立な関係を築いているということになってるのだからね」
「ちょっとカイラさん、ヒロトを戦争に巻き込むってどういうつもりですか」
黙っていたシャミアがついに横槍を入れた。
「どうもこうもそのままの意味よ。力持ちだし、たしかヒロトくんは故郷できちんと教育を受けていたから、後方支援にはうってつけだわ。魔道具なしでもマナの地以外で活動できるし。ただ働きされるわけでもない。賃金も出してくれるとジャムシッド様は約束してくれているわ。あなただって、フルー領が勝った方が嬉しいでしょ?」
「それは……。でもヒロトが参加したからといって優勢になるのでもないじゃないですか」
「別に鉄棒を振って戦うわけじゃないからもちろんよ。逆に言えば、危険も比較的少ないわけだけど」
「どこかの戦闘部隊に配属はしないと約束しよう。輜重隊になるだろうな」
ジャムシッドがそのように言うのならば、戦うことはないのだろう。
「どうかしらヒロトくん。少なくないお金が貰えるはずだし、逃げようと思えばあなたなら馬よりも速く走れるんじゃないの?」
「さあ、どうかわかりませんが」
マナの保有量の関係で外の人間はマナビトよりも身体能力が劣っているから、逃げるだけなら比較的容易いだろう。騎兵よりも速いかどうかまではわからないが、後方に配置される輜重隊ならそう危険でもないのではないか。戦争なんて漫画くらいでしか見たことのない頭で考えを浮かべた。
戦争の予定地も二つの領の中間で、領地を切り取るために攻め込むわけではないから深入りの心配もない。逆も然りだ。躊躇なく殺人は犯せそうにないので、そこだけ確約してくれれば問題ない気もした。
一方でわざわざ参加する意味があるのかとも思う。現状生活に困窮していないし、特別に欲しいものもないから、お金を稼ぎたいという欲求は薄い。ジャムシッドに恩を売れるとも考えられるが、たかが知れているだろうし、そもそもこの場合は個人ではなく森の東部が恩を売ったという形になるだろう。また断ったからといって、印象が悪くなったり、不敬ということもないだろう。
ヒロトは横目でシャミアを盗み見た。
ハイアの群れの一件があってから、シャミアはヒロトの行動を縛りつけるような真似をしなくなった。マナノキの管理もいまでは制限なくやらせてもらえているし、先日の狩猟も参加を駄目とは言わなかった。今回もカイラに食ってかかったが、ヒロトがやりたいと言えばその意思を尊重するだろう。
「迷っておるようだな。無理もない。儂としてはお主に従軍してほしいところだが」
「なぜでしょう」
「前線は金で雇った傭兵でもいいが、輜重隊はそうもいかぬ。物資を盗まれては敵わんからだ。よって輜重隊は信用のできない者を多く配属できぬが、信用のできない者ではない者というのは常備兵、つまり腕のある者になる。そのような者はできるだけ後方部隊には置きたくない。
オードの森に所属しているお主ならば物資を盗んで逃げるなんてことはせぬだろう。教養もあるのならばこちらから頼みたいくらいだ」
「たしかに盗みをすることはないですけど」
「ヒロトくん、よければ参加してみない? フルー領とアルワ領は毎年小競り合いをしているけど、今回はそうじゃないわ。勝たないといけない戦争なのよ。だからこそ今回初めて森から人を出すことにしているわ。それ以外にも物資だって多く送っているわ。戦争に役立ちそうな魔道具をシャミアが説明してたでしょ。シャミアだって間接的に手を貸してるのよ」
シャミア作のものはごく少数だったが、たしかにいくつかあった。
ただしまだ改良の余地があるためか、通信の魔道具はなかった。
「ヒロトくんはしばらく抜けてしまうと困るような仕事もしてないし、マナビトのような因縁もない。逃げ足が速いから、もしものときでも大事には至りにくい。よく集落に来て手伝いをしてくれるじゃない。それと同じような感覚で手を貸してくれないかしら」
ずいぶんとカイラが推してくる。ヒロトにはジャムシッドよりも参戦の希望を感じた。そこまでしてフルー領に協力したいのだろうか。
ここまで言われて断るのもどうなのだろう。ヒロトはオードの森ではまだまだ新参者で、弱い立場にある。マナの地以外でも行動できるのは利点だと思っていたが、一方で追いだしやすいという見方もできる。
「答えはいますぐじゃなくてもいいですか?」
「構わぬ。よい答えを待っておるぞ」
仕事を終えたシャミアが一礼して去っていく。ヒロトもそのあとを追った。
シャミアが残った荷物をまとめ始めた。
「あれ、何か買ったりしないんですか?」
「特に欲しいものもないわ。買うとしても、あとで集落に運ばれてから買えばいい」
森が買い取った品物は集落の人たちが、商人たちが帰ったあとにやってきて運んでくれるので、ヒロトは運ばなくていいと言われていた。
「宝石とか、洒落た小物とかもあるみたいですけど。ああ、抜け駆けになっちゃいますか」
「そういうわけでもないわ。買い物をしたいなら残りなさい。ガグラスの角もまだ売ってないのでしょう?」
シャミアもあまり長く外の人間と接したくないのだろうか。ならば一緒に見てまわりましょうとは言いにくい。ほかのマナビトたちに先んじて、自分の欲しいものを確保しておくのも気が引ける。
シャミアが帰るのなら自分も帰るかと、ガグラスの角はカイラに代わりに売却をしてもらうことにした。
「商人たちが持ってきた商品が見えましたが、必需品のほかに嗜好品や雑貨がありました。宝石商も来てますし、呉服を扱っている商人もいるそうです。比較的廉価なものから高級品まであるみたいですね」
「外と比べれば、よほど稼いでいる人が多いから商人だって高級品を持ってくるわ」
「そう言うんなら、シャミアさんだって買えばいいのに。興味あるんでしょう?」
「ないわよ」
シャミアがむすっとして即座に否定する。
「稼いだお金は魔道具の研究費にまわるんですか」
「研究開発で最もお金がかかるのは設備を揃えるための初期投資とマナノキの購入コストよ。ここではマナノキはお金を出して買わなくていいから、研究費はそこまで大きくならないわ。とはいっても、全然かからないことはないのだけれど」
初期投資は借金で賄ったが、負債はとうになくなったからその心配はしなくていいとシャミアは言った。
「じゃあもうちょっといろいろ買えばいいのに」
「あなたはどうしてそこまで私にものを買わせたいのかしら。研究費と食料や日用品に使えば、あなたが思ってるほど残ったりはしないわ。将来何があるかわからないのだから、稼いだお金を全部使うわけにはいかないし」
「それはそうですが」
「あなたはうちの経済状況なんて考えなくていいから、稼いだ分は全部好きに使いなさい。それはそうと、戦争の件はどうするの?」
「そうそう、戦争ですよ。どうすればいいでしょう」
投げやりな言い方だったが、シャミアが呆れた表情をすることはなかった。
「ヒロトは暴力や戦争とは無縁の社会で生きてきたのよね。だったら参戦はするべきではないけれど……、私としては了承するのも悪くないと思うわ」
「へえ」
意外だった。そんな危険なことするなと一言目に言うのだと思っていた。
「魔道具は日進月歩で高度化しているわ。それは私たちマナビトの技術力の向上を指すだけではなくて、外の人々も同じよ。領主様や商人たちがマナの地でも体調を崩さないために、首から魔道具を下げていたでしょう? あれはうちではなく外で作られたものよ。あのくらい単純なものなら、性能はうちで作ったものと大差はないわ」
「ジャムシッド様は後塵を拝すとか言ってましたけど、謙遜もあったんですね」
「そうよ。すでに外では各地に魔道具の研究施設が存在しているはず。数十年も前にはそんな施設はなかったのよ。要するに、これからどんどん差が縮まっていく。追い抜かれることはないと思うけど、横並びになることは十分考えられるわ」
そうなるとマナビトの優位性が失われるということになる。優位性がないのであれば、少数しかいないマナビトは排斥されることになる。魔道具が発達すれば、誰だって長時間マナの地に入ることが難しくなくなるだろう。
「マナの地に――オードの森に侵略者が現れると?」
「その可能性も否定できないと言ってるだけよ。数年は問題ないでしょうけど、十年二十年となるとわからないわ。後方支援で戦闘自体は眺めているだけでいいというのは、森の立場を考えれば非常に稀有な経験ができる機会じゃないかしら」
「将来のための備えになるってことですか」
「ヒロトが参戦するなら、私も参戦するわ。魔道具の指南役として研究員が誰かしら行かないといけないから、ちょうどいいでしょう」
「シャミアさんが、ですか?」
「ええ、私も戦うわけじゃないけど」
たしかに、森がフルー領だかアルワ領だかあるいは西部のマナビトに攻め込まれて、いきなり彼らと戦えと叱咤されても何もできない気がする。ハイアの群れに襲われたときも、敵意のある魔物が初めてだったから死にかけてしまった。一方で先日の狩猟では突発的なアクシデントにも最低限対応できた。
人との戦闘も経験しておくべきではないのか。直接戦うわけでなくとも、その場にいて光景を目に焼き付けたり空気を肌で感じるのは重要ではないのか。
「シャミアさんはもともと参戦するつもりだったんですか?」
「どうかしらね。戦争で使われる魔道具の製作にはあまり関与していないから、私である必要は小さいけれど。研究者で森の外に出ていきたがる人は少ないから」
シャミアもそうじゃないのかとヒロトは思ったが、研究者の中では軽度の引きこもりなのかもしれない。ヒロトがいたからかもしれないが、今日も出張っている。
「まあ、シャミアさんが前向きな意見をするのなら、参戦しておきましょうか。どうせ荷物運びなだけですし」
「ほかにもマナビトがいるから、もしものときは守ってくれるわ、きっと」
「相手にもマナビトはいるんですが」
「ああ、うん、そうね。となるとおあいこになるかしら。でもマナビトの戦い方はもう知ってるでしょ?
それにいくら交流のない西のマナビトでも、残虐非道ということはないわ」




