13話
一日の休暇を挟み、まわりきれなかったポイントをまわって魔物を駆除し、その翌日に西へと赴くことになった。予定よりも二日ほど伸びているが、不測の事態により日数が延びることも想定していたため、若干の参加者の変更があるのみですんでいる。
オード川を渡り、ヒロトは初めて西側へとやってきたが、景色は特段変わらない。川一つを隔てたくらいでは植生に違いはないようだ。ガグラスのような強力な魔物の住処である中心部に行けば、多少は異なってくるらしい。
東と似たような居住区を通りすぎ、一番目の目的地に到着した。
「みなさん、今日もよろしくお願いします。安全を第一に考えてください。一日目のような不測の事態が起こったときは、狩人の判断に任せます。頑張りましょう」
カイラが短く挨拶してから、早速魔物を誘引する粉を風の魔法で散布していく。
少しすると、寄ってくる魔物を魔法で一方的に蹂躙する光景となった。ヒロトもまたグループの一つに配置されているが、この状況だと出番はなさそうだ。ヒロトは前線にいながらも、他人事のように狩猟の様子を眺めていた。
余裕があるからか、同じグループの人がヒロトの戦いぶりを見てみたいと煽ってくる。ヒロトはそれに適当な笑みで返した。とてつもない身体能力が露見し、ガグラスを退けたことで、ヒロトは一目置かれる存在となった。魔物が跋扈するマナの地では、強いというのはそれだけで尊敬の対象になりうる。
ガグラスと戦った翌日に休みが入ったのは日が高いうちから宴会を催すためだ。大勢で飲み食いする場が設けられると、普段人付き合いを避ける人も顔を見せるので、そういう人たちとも交流ができたのが幸いだった。もっとも酒の味もわからないヒロトは、おっさんたちにもみくちゃにされて、宴会を楽しめたかといえば否といわざるをえない。
さて、最初の狩りはアクシデントもなく無難に終了を告げた。ヒロトは魔物の死骸の回収作業に入る。息のある個体は首を絞めてから運んでいく。
「なんか今日は途中から、一部の人たちがいろいろ動いてましたね」
回収作業中、近くにいた顔見知りのマナビトに話しかける。
「具体的にどう動いていたか説明しづらいんですけど、これまでとは違うというか」
「ああ、あれは連繋の練習をしているらしいぞ。やってるのは大体狩人の連中だな」
「通信機が開発されたからですかね」
「比較的最近……何年か前からやってるみたいだけどな。でもたしかに通信の魔道具ができたから、連携の幅は広がるか」
「ガグラスみたいな魔物だと、一人じゃ太刀打ちできないですもんね」
「だな。まあ、また出てきたらお前がやっつければいいだけだ」
「たまたまうまくいっただけですから」
次のポイントでも一部のマナビトが複雑な動きで魔物を翻弄しているのが、木々の合間から垣間見える。不思議なのが東と西で別れていないことだ。ほかのグループは東は東同士で、西は西同士で組んでいるが、その一部はごちゃ混ぜになっているようだ。ガグラスのような魔物と対峙するときは東西の確執などいっている場合ではないということか。
終日、魔物が出没しやすい地点をまわったが、予定通りに事が進み、日が暮れる頃には解散となった。
*
シャミアが朝からそわそわしていて、なんだか忙しない。正確には今日に近づくにつれて、落ち着きがなくなっていっていた。まるで、遠足を心待ちにするように、あるいは宿題の発表の予定で心が重くなるように、今日という日ばかりを気にしているようだった。
はたして彼女にとって今日という日がどちらにあたるのかは、ヒロトには判断できない。
「今日は商人が森に大挙してやってくるんですよね。こないだの狩猟で得たあれこれを売るってことですけど、こちらから買いはしないんですか?」
「大挙ってほどでもないわ。領主としてはオードの森とつながりを持つ商人は増やしたくないでしょうから。信用の置けるいくらかの商人だけね。商人たちは商品を持ってくるから、もちろん買うこともできるわよ。ほしいものがあったら言いなさい、お金あげるから」
「お小遣いは渡されなくてもいいんですけど」
俺に好きなものを買わせるくらいなら、この質素すぎる部屋をどうにかすればいいのにと、殺風景な部屋の割に豪勢な朝食を摂りながらごちる。
「狭いんだから、ごちゃごちゃとものがあったら邪魔でしょ」
と反論するシャミアだが、彼女が実は貴金属であったり、小物などに興味がまったくないわけではないことをヒロトは知っている。むしろ女性らしくけっこう興味関心があるみたいだ。
ヒロトがシャミアにネックレスをあげた際も、ネックレスの宝石を言い当てていたし、宝石のうんちくを語っていたので、それくらいには詳しいようだ。興味のない人間が宝石の名前などいくつも知っているはずがないので、実は好きなのだろう。小物についても同様で、うちは狭くてもこんなものがあればいいかもねとたまにしゃべるので、質素な部屋に思わないところはないみたいだ。
それなのに貴金属や小物などがないのは、単純にそのお金がもったいないからだった。お金は研究に優先されるし、食料品に妥協しないとあまり残らない。
「でもせっかくこないだの狩猟でお金も貰ったことですし、めぼしいものがあれば買ってみることにします」
「ガグラスの角もあるものね」
先日の大規模狩猟では、労働の対価として少なくない金額が参加者に公平に支払われていた。狩猟によって得た魔物の皮などを売却は今日行われるが、それに先立って概算された金額に基づいて分配されている。
ガグラス出現時にしかろくに働いてなかったヒロトや、魔道具の管理のために同行したシャミアにも相当額が支払われている。
戦い方が戦い方であるため、どの魔物を誰が倒したかが不明確なので、特定の魔物を特定の者が所有権を主張することはできない。しかし例外的にガグラスの角はヒロトに渡されることになった。狩人たちがそうすべきだと勧めたからだ。ちなみに狩人たちはガグラスの爪や羽に所有権を有し、ウハウハなのだと喜んでいた。
したがって、いまのヒロトは小金持ちだ。ハイアの毛皮の売却金を持っていたときの比ではない。
「ガグラスの角が売れるのは聞いてるんですけど、どんな使われ方をするんですか? 置物?」
「その角はマナノキのようにマナが内包されているわ。魔道具にすることは難しいのだけど、たしか妙薬になるんじゃなかったかしら」
「薬ですか。そういえばマナノキもものによっては薬にできるんでしたね。ところでシャミアさん、今日は気合入ってますね」
いつもボサボサの髪に化粧っ気のない顔だが、今日はずいぶんとおめかししている。装いも余所行きのものだ。シャミアもきちんとした格好ができるのかと、非常に失礼なことをヒロトは考える。
人前に出るから身なりが整っているのか。いや、先日の狩猟のときはいつもと同じだった。なんだかよくわからないが、いつも身だしなみを整えてくれればいいのにと思うヒロトだった。それともたまに身だしなみを整えるから、ギャップで眼福と思えるのだろうか。化粧をした彼女は五割増しにきれいに見える。
「……別にいいでしょ」
シャミアはぶっきらぼうに返した。
「いやあ、なんというか……エロいですね」
褒められ慣れていないせいで、シャミアは褒められると照れから不機嫌になる。特に外見について言及するとその傾向が強く、ヒロトは言葉を選んだ結果逆に意味のわからない言葉を選んでしまった。
そろそろ暑くなってきたのもあり、今日のシャミアは普段に比べればいくらか露出のある格好をしていた。
ヒロトは弁解を試みようとしたが、その前に鉄拳が顔面に突き刺さった。
早めの昼食を摂って、別の服に着替えたシャミアと集落へと向かった。
「いやあ……結構な量ですね」
「一度にたくさん売りさばけるいい機会だからね」
待っていたカイラの横には魔道具やマナノキ、そして魔物の加工品などが山となっていた。全て売り物である。
これを森の外縁部まで運ぶのかとヒロトはげんなりする。リアカーを使っていいと言われたが、はたして何往復しなければならないのか。馬鹿なことをほざいたあてつけか、シャミアからもたくさんの荷物を持たせられているというのに。
ひとまずシャミアに押しつけられた荷物だけを運んだ。これだけで三往復。コワレモノや積み重ね厳禁の魔道具ばかりなので、慎重に運ばなければならなかった。シャミアは荷物番のために外縁部に残っている。
続いてリアカーを使って荷物を運搬していく。マナをうまく使えるようになったいまでは、荷物運びくらいで根を上げることはないとはいえ、精神的に来るものがある。
「荷運びくらいやってくれたっていいのに……」
というか、もっとお祭り騒ぎになってもいいのにとさえ思う。しかし集落は普段とまったく異なった様相にない。
商人たちは買い取りだけではなく、いろいろな商品を持ってきて販売も行うのだと聞いている。ろくな娯楽のない森では、買い物は娯楽と称してもいいだろう。ヒロトだって楽しみにしていた。
たしかにマナビトは外の人たちに思うところがあるのかもしれないが、買い物をするくらいならばいいじゃないかと考えてしまう。どうせ主だった仕事はカイラがやるのだろうから、そう深く考えないでも思うのだ。
「ごめんなさいね、ヒロトにほとんど力仕事を任せちゃって」
「あ、いえ……」
カイラがいたことに気が付かなかった。愚痴を聞かれてしまっていたのだろう。
ヒロトは頭をかいた。
「たしかに荷運びくらいやってくれてもいいわよね」
「まあ、そうですね」
「みんなもそれくらいはすべきだって思ってるのよ。ただ感情がそれを許さない。決して面倒だから他人に押し付けようってわけじゃないのよ」
「さすがにそうは思ってません」
そんなギスギスした関係ではない。むしろこういった面倒は進んでやる人が多い。
だからこそ不思議だった。
「ヒロトくんは外の人たちにマナビトがどのように見られているのか知ってるんだっけ?」
「どのように、ですか?」
思い浮かぶのは、ジャムシッドとザファだ。ヒロトはその二人としかしゃべっていない。
取引相手として優れているというところだろうか。マナの地にはマナの地でしか手に入らないものが多いから、そのように思い至るのは自然だった。
「マナビトはあまりよく思われていないわ。むしろ毛嫌いされていると言ってもいい」
耳の長いことが言い伝えられている悪魔と一致するからだ。もっともその言い伝えの真偽は定かではなく、いわゆる説話の類なのだが、固定化したイメージは覆しにくい。
このほかに、マナビトが魔法に長けていることに脅威や恐怖を感じるというのがあった。つまり魔法が得意な強いやつらが敵になったらどうしよう、ということだ。
「三歳から十歳でマナビトの特徴が出てきて、マナの地へと送られるでしょ? そのとき、親は育ててきた我が子を泣く泣く手放すんじゃないのよ」
悪魔を育ててしまった、となるのか。であれば、どのような別れになるのかは想像に易い。
無論、全員がマナビトに対し嫌悪の感情を持っているのではない。それはヒロトも承知している。しかしそのような人々は少数にすぎないのだ。
「だからマナビトはマナビト同士でつながって、外の人たちとは関係を持ちたくない。なぜならばマナビトもまた自分たちを唾棄して拒絶した外の人を嫌っているからよ」
だからといって完全に関係を断っているのでもないのは言うまでもない。多少の取引や利益を供与することで、自分たちの生活をより豊かにできるし、長期的に自分たちの安全を確保できるからだ。理性の部分がその選択をする。
もっとも、完全に外部と断絶しているマナの地も相当数あるらしい。
「でもね、ふとした瞬間や細かいところで歪みが生ずるのよ。外の人に売るつもりのものなのに、やつらのために持っていきたくないってね」
「…………」
「だからここは許してほしい」
ヒロトは何も言えなかった。この場所は思っていた以上に閉鎖的な空間だった。物理的なだけではない、何かと何かがぶつかり合ってできた山に囲まれた隔絶した空間なのだ。
カイラは悲しそうな諦観したような表情だった。
彼女は双方が手を取り合うような未来を望んでいるのだろうか。だからこそオードの森の顔として外部との交渉を行っているのだろうか。
「でもそれならなんでマナビトじゃない俺は受け入れられたんでしょう」
「普通の人とマナビトとの確執は嫌悪や憎悪の連鎖によるものよ。異世界人みたいな枠外の人にまで冷たくできるわけないわよ」
雑談もそこそこに切り上げ、ヒロトは黙々と荷物を運ぶ。
何往復目かで、遠くから馬車の走る音が聞こえ、木々の向こうでがやがやと話し声などが耳に入る。商人たちが到着したらしい。




