12話
カイラを先頭に、次の地点に歩いていく。そこはマナノキが多く生えている場所だった。
ほとんど枝が数本あるだけのひ弱そうなマナノキがそこかしこで伸びている。背は高いが、その割に幹がひょろりと細く、ふとした拍子に折れてしまいそうだ。
「魔法を使う際は気を付けろ。マナノキに被害が出ないように」
グループリーダーが留意するように促す。
目潰しや足止めのための砂埃や水飛沫でさえも、加減を間違うと枝が折れてしまう。攻撃のための魔法をマナノキに誤射してしまえば、根元からぽっきり折れることもあり、十分な注意が必要とされた。
仕方がないこととはいえけっこう無茶なこと言うよなあとヒロトが他人事のように思っていると、戦闘が始まった。
本職の狩人たちはさすがの腕前で、ピンポイントに魔物を排除していく。一方でそうでない人たちは練度が高くなく、マナノキに被害を与えてしまうこともままあった。必要経費といったところか。
反対にマナノキを気にしすぎてヒヤヒヤする場面もあり、先ほどの狩猟とは異なり若干苦戦している。それでも蹂躙には違いない。
「あいつら学習してやがるな」
「学習?」
隣で魔法を使うライが舌打ちをした。
「マナノキを盾にしやがるやつが出始めた。いつものことといえばいつものことなんだが、面倒になるな」
長期戦になるとマナが枯渇する者が出てきてしまうため、こうなったら一度撤退するのがセオリーだった。ぼちぼち通信機で撤退命令が出るだろうとライがぼやく。
たしかに魔物はマナノキの裏で機を窺い、散発的に姿を出してはやられるを繰り返している。これではいたずらに時間が過ぎるばかりで、予定を全て消化することができない。
「撤退命令が出た。ゆっくり後退」
グループリーダーが指示を出す。まわりを見ると、のろのろと下がっているのが見えた。このままマナノキがないところまで退いて、魔物が追いかけてくるならば改めて潰せばいい。
撤退は遅々としている。息を合わせて撤退をしないと、一部のグループが取り残されてしまう恐れがあるからだ。集団での戦闘訓練をしておらず、所詮は寄せ集めであることのツケが現れてしまった形だ。通信機からたくさんの指示や報告が飛んでいるのも一因となっている。
これはちょっとやばいんじゃないかと焦るが、それでもまだあからさまな危機は迫っていない。ヒロトが落ち着きを取り戻そうと深呼吸をしたときに怒号が響いた。
「ガグラスだ!」
偶然魔物たちが足並みを揃えて突撃をしてきたタイミングから、一歩遅れてその巨大な魔物は現れた。ガグラスという名前は耳にしたことがなかったが、あの巨大な魔物のことを指すのだろう。
体長は三メートルはありそうだ。ネコ科の相貌にヤギのような角が伸びている。硬そうな白い体毛に覆われており、背中には大きな翼が生えていた。
方々からガグラスに容赦なく魔法が撃ちつけられる。マナノキを考慮しない手加減なしの強力な魔法だ。
ガグラスは翼をはためかせ、低空を回転しながら飛び、放たれた魔法の直撃を避けた。
そして今度はお返しとばかりにガグラスが口腔から火炎が噴きだされた。ほぼ同時にマナビト側から巨大な水の塊が生成され、水蒸気で視界が白に染まる。
「ヒロト、逃げるぞ!」
ライが呆けているヒロトの服を引っ張った。ヒロトは体勢を崩しながらも、逃走するライに追いすがる。
首を巡らせると、マナビトたちは統率を失い、我先に逃げている。ごく一部が応戦の姿勢だが、彼らは本職の狩人だ。
「ライさん、あいつは一体」
「ガグラスは相手にしちゃいけねえ化け物だ! 魔物のくせに魔法を使いやがる。やつは狩人たちに任せて逃げるぞ。俺らみたいな素人じゃ逆に足手まといになる」
「いくら経験豊富だからってあんなのに敵うんですか!? ていうか、人の足じゃすぐに追いつかれちゃいますよ!」
「ガグラスは森の中心部に住む魔物だ。中心部は森の中でもマナが濃い。つまりそういう場所でしかやつは生きらんねえ! 長くはここにいられねえはずだ」
狩りに短時間しかいられないとしても、猛威を振るうガグラスならば限られた時間でも十分なように思えてしまう。
しかしそれ以上にまずいのが、指揮を取っていた狩人がガグラスに釘付けにされて、それ以外のマナビトの統制が失われている点だ。魔物たちが一気呵成に攻勢をかけていて、このままでは犠牲が出る可能性がある。ガグラス以外の魔物は時間制限などなく、どこまでだって追いかけてくるのだ。
「ライさん、逃げてどうするんですか!?」
「撤退地点はあらかじめ決めてある。そこまで退けば全員が再び前を向くはずだ!」
しかし魔物たちの足の方が圧倒的に速い。狩人たちを残すのも、感情的な問題だけではなく、理屈の上でも間違った選択のように思える。
それに撤退地点までどうにか退けたとして、集団戦闘の素人たちが素早く体勢を立て直せるのだろうか。
「ライさん、逃げずにここで踏ん張るべきなのでは」
「馬鹿野郎! そんなことが……」
上空で火球が複数爆発した。逃げ惑うマナビトたちの足が一瞬止まり、そちらへ注目が集まる。
そして魔物に向かって強力な魔法が撃ち込まれた。ガグラスへの対応へ追われていない狩人もいたようだ。
「ヒロト!」
「シャミアさん!? なんでここに」
「撤退はなしよ。ここで戦うことになったわ」
後方で待機していた予備戦力や狩猟不参加組が事情を察して、こちらへ移動してきたのだった。それが全体に伝わり始め、散発的に迎撃が行われ始める。
人数が倍近くまで増えたとはいえ、依然として統率は取れておらず、行動がバラバラだ。陣形が崩れているため、味方への誤射を恐れている節もある。息の合ったコンビネーションがないために、危うい均衡となっていた。
「ヒロト」
「なんですか」
「あなたも戦いなさい」
「いいんですか……?」
自分にはできることはないのかと歯がゆい思いをしていたヒロトに、シャミアが言った。
「私がフォローするわ。ライさんもお願い」
「それは構わんが大丈夫なのか? いくらヒロトが力持ちとはいえ……」
「見ればわかるわ。――ヒロト!」
いよいよ魔物が目前にまで迫ってきていた。シャミアが魔法を放つが狙いが外れ、魔物の足元に着弾した。しかしそれで魔物の足が止まる。その瞬間にヒロトが飛びだした。
彼我の間合いを瞬きする間に詰めるほどの驚異的な瞬発力。四足の魔物を凌駕するほどの俊敏な動きに、魔物は虚を突かれた。突進の勢いをそのままにヒロトが突きだした鉄棒は魔物の胴体を捉えた。
「うおおおおおおお」
ヒロトの裂帛に合わせて、肋骨と心臓を潰された魔物は物理法則を無視したような直線的な軌道で後方に吹き飛んだ。
その異常な光景に、ヒロトに襲いかかろうとした魔物でさえも茫然とたたずんでしまう。足を止めた魔物には魔法が見舞われ、いつの間にか目の前にいたヒロトに首をへし折られた。
「なんだありゃあ!? 狂ってやがる!」
ライが快哉を叫び、ヒロトに集り始める魔物たちに魔法を連発する。
「あいつこそバケモンじゃねえかよ。あんだけ人間離れしてんなら、最初から戦ってりゃあいいものを……」
「あれだけの身体能力を手に入れたのも最近だし、魔物との戦闘経験もないから無理はさせられないわ。いまは私がフォローしてあげられるからいいけど」
魔物に集られそうになったヒロトは孤立する前に、シャミアとライの援護により一旦彼らのもとへ戻ってくる。ヒロトが安全に魔物を倒せるとしたら、二人と連携して不意打ちを狙うヒットアンドアウェイしかない。
再び魔法により視界を奪われ、足元が疎かになった魔物に、ヒロトが突貫する。一度痛打を与えれば、鉄棒によりマナの循環を狂わされ戦闘には復帰できない。もっとも、ヒロトの強化された膂力でもって殴打されてしまえば、ほとんどの魔物が命を潰される。
この戦法がうまい具合に噛み合っていたが、ヒロトたち三人が善戦しているからといって、全体的に優勢に傾くはずもない。
陰りが見え始めるまで、そう時間はかからなかった。
「魔物の数が多い。いや、多くなっている?」
「私たちが請け負っている魔物の数が増えているのよ。あとは……」
シャミアがライに視線を向ける。ライの顔色が悪い。ガス欠だ。
ガグラスにより陣形を乱されてしまってから、マナの配分を度外視した魔法の使い方をしていた。身を守るためだからマナをケチるわけにはいかなかったが、ライはもう戦力として数えられない。あとから応援に駆け付けたシャミアたち以外は、ライと同様にかなり苦しいだろう。
その分のしわ寄せが、目立つヒロトに行っている。
「す、すまねえ。まだ魔物がいるってのに」
青い顔をしたライが謝るが、ヒロトとシャミアは休んでいるように言う。
ガグラスが上空に見えた。機敏に動いているから、まだまだ健在のようだ。ガグラスと戦っている狩人たちはあとどのくらい継戦できるのだろうか。
ヒロトはライの分も奮闘しなければと、意気軒昂に突貫した。目の前の一体を叩き伏せ、さらにその先にいる魔物に突きを食らわせた。
一旦戻ろうとしたところで、背後に猿の魔物に邪魔される。猿が手に持った棍棒を振るってくるが、これを強引に鉄棒で迎え撃つ。ほぼ同時に猿の背中にシャミアの放った水玉がぶつかり、隙ができたところをヒロトが倒した。
巧みな連繋だったが、ヒロトは渦中に留まりすぎていた。
波のように魔物が押し寄せる。下手に退くと背後をつかれる。かといって後ろの方で隙を窺っているやつもいて、にっちもさっちもいかない。シャミアが何か叫ぶ声が聞こえるが、まわりがうるさくてまったく聞き取れなかった。
ヒロトは一心不乱に目の前に迫る脅威に立ち向かうことしかできなかった。魔法が飛び交い、魔物同士で争いも起きているようなこの混戦で、周囲の状況を把握できるほど熟達していない。
いかにして致命的な攻撃を食らわないか。いかにして生き残るか。それが至上の命題だった。生きるために絶えず足を止めず、動き続け――気が付けば魔物の波を突破していた。
そしてここはどこだと目の前のこと以外に思考を割く余裕が生まれたときに、唐突にあたりが暗くなった。
「ヒロト!」
数日前に世話になった、面倒見のいい無口の狩人が声を枯らしてこちらへ走ってきている。
「上だ!」
その言葉と同時に、ヒロトは本能的に無口の狩人の方向へと全力で駆ける。その刹那、背中に猛烈な熱と衝撃を受けた。強烈な熱風がヒロトを押し飛ばす。数えきれないほど回転して転がり、その途中に目に入ったのは燃える炎の中に降り立つガグラスだった。
服についた火を叩いて消し、立ち上がるとガグラスが眼前で右手を振り上げていた。ヒロトは多少セーブしていたマナ消費を全開にし、できる限り身体の強化。体の節々が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。
振り下ろされたガグラスの前脚を、ヒロトは鉄棒で受け止める。前脚は鉄棒と接触した瞬間、ぴくりとも動かず、ガグラスは驚嘆の声を上げた。
ヒロトは前脚を跳ね飛ばし、大振りで跳ね飛ばした前脚を打ち据える。あまりに腕を振るう力が強すぎ、腕がちぎれるような感覚を覚えた。狙いがぶれたのと、ガグラスが紙一重で反応したため、鉄棒は毛先をかすめるにとどまった。
ガグラスが大きく後ろに飛ぶと同時に複数の魔法が飛んでくる。全ての魔法がきっちりと同時にガグラスに直撃した。
それを見て、ヒロトは身体強化をコントロールが及ぶ範囲に抑えて飛びだす。弾丸のように直進したヒロトに苦し紛れの火炎が吐かれるが、鋭角なカーブを描きそれを回避する。左半身に燃えるような痛みを覚えながらも間合いを詰めたヒロトは、ガグラスの脳天に鉄棒を振り下ろした。しかし頭頂に生えるヤギのような角に阻まれてしまう。
ガグラスは悲痛な叫びを上げつつも、翼をはためかせ空へ舞いあがる。マナビトたちから魔法が撃たれ、ふらつきながらもガグラスは森の中心部へと逃げ帰っていった。
ヒロトは足元に落ちているガグラスの角を拾い上げた。角を殴打した際、根元あたりから折れてしまったのだ。
「よくやった」
無口の狩人がヒロトにそれだけ言った。いつものように無表情だったが、微かに笑っているように見えた。
「やるじゃねえかよ小僧! 仕事が終わったら浴びるほど酒を飲ませてやるぜえ」
狩人の一人が荒々しくヒロトに声をかける。そのほかの狩人たちもヒロトに一言言って、各々戦場へと散っていった。
ガグラスに手を煩わされなくなった狩人たちが戦線に復帰したことで、マナビト側が一気に優勢となり、怪我人は出たものの重傷者以上はいなかった。マナビトたちはガグラス撃退後も考慮して、マナの消費を抑えていたため後半戦も問題なく戦えていた。
戦闘が終わると殊更ほっとした空気が流れる。
「もう無茶はしないって言ったでしょう!」
「す、すみません。そんなつもりはなかったんですけど……」
「しかもガグラスに立ち向かうだなんて」
興奮が収まらないシャミアをまわりがまあまあとたしなめる。
ひとしきり説教をすると、シャミアは大きく息を吐いた。
「マナによる身体強化ができるようになって自信をつけたのかもしれないけど、それでも自分が弱いことを自覚なさい。今回のもたまたまうまくいったのだと」
「はい……」
「もういいわ、次を気を付ければ」
シャミアの説教が終わると、狩人たちがわっとヒロトのまわりに集まってくる。彼はもみくちゃにされながら、多くの称賛を受けるのだった。




