11話
日々のルーティンにマナの訓練が加わった。
通常、マナは訓練をせずとも最低限扱える。これは人々にとってマナという存在が非常に卑近であるからだ。
しかしヒロトはそうではない。したがって、そもそもどうやって訓練すればいいのかという壁にぶち当たる。自分の中にあるマナを認識できないから、訓練のしようがないのだ。
この問題はシャミアが方法を模索し、解決するに至った。
マナを放出する魔道具を手に握るというシンプルな方法だった。マナの内包された魔道具から短時間で一気にマナを放出させ、マナビトでさえも気分を害するほどの多量なマナを浴びれば、ヒロトでも何かがあることが感じ取れる。その違和感をきっかけにしてマナを認識するのだ。ヒロトがどれだけのマナを吸収しても安全であることを前提とした方法になる。この訓練を行う前に、マナノキの群生地のある泉に三時間ほど浸かっていた。
結果としては、三日程度で魔道具が不要になり、不安定ながらも自身の意思でマナの消費を行えるようになった。さらに一週間経つ頃には、ぎこちなさもなくなり、いくらかスムーズな身体の強化ができるようになっていた。
想定よりも短期間でマナを認識し使用できたが、これはおそらく事前に二度も経験があったからだろう。ハイアの群れに襲われたときと比べて、グリニーで男たちに絡まれた際はさほど危機的ではなかったのに身体強化が無意識に行えたのも、同様の理由からだと推測できた。
マナ消費による身体強化の訓練の成果を確認するため、シャミアの立会いのもと、ヒロトは一本の大木に鉄棒を向けていた。
「それではいきます」
ヒロトがゆっくりと血中のマナを肉体の隅々に溶け込ませていく。
ぐっと膝を曲げ、次の瞬間に土埃を盛大に巻き上げ、人の域を軽く超越した加速を見せた。そしてヒロトの持つ鉄棒がぶれるや否や、何かが破裂するような音が森にこだました。ヒロトに鉄棒を打ち付けられた大木の幹は、視認できるほどのへこみができている。
「思った以上ね……」
ともすると魔法を使えるよりもよほど強そうで、シャミアは戦慄する。
戦闘技術が拙くとも、戦闘に詳しくないシャミアでは関係なさそうだと思えてしまう。魔物相手ではわからないが、人間が相手ならば一流の武芸の持ち主でもなければ叩き伏せることは容易いのではないか。尋常でない速度で接近して、筋力にものをいわせて殴ればいい。少なくともシャミアではどんなに魔法を連発してもかすりそうもない。
さらに恐ろしいのは、マナによる超回復を同時に行っているから、マナだけでなく体力もそう簡単には切れないということだ。高速でのダッシュとストップをヒロトは繰り返すが、息が上がっていない。マナ濃度の低いマナの地以外での検証を行っていないことから、どんな場所でも能力が変わらないのかは不明だが、些末かもしれない。
これが武術を習得したならば、一人で数十人や数百人の兵士に匹敵する戦闘兵器になるに違いない。
「けっこうよさそうじゃないですか?」
「けっこうどころじゃないわ。魔法を使うマナビトと比較するのは間違ってるけど、いまの時点でもう狩人のマナビトよりもすごいんじゃないかと思うわ」
「それはいくらなんでも言いすぎでしょう」
「そんなことはなさそうなのだけれど」
「でもまだマナもスムーズに使えてませんし、練習あるのみですね。鉄棒だって力任せに振るばっかじゃ芸がないし」
シャミアに手放しで褒められたのが嬉しく、ヒロトは意気込みを露わにする。そんなヒロトをシャミアは複雑そうに見つめていた。
「その……、この前カイラさんが言っていた魔物の狩りに参加するつもりなの?」
半月後にオードの森の東部と西部の志願者を集めて、魔物の狩りが行われる。
森には魔物を狩って生計を立てている狩人がいるが、人数が少なかったり兼業をしていたりするせいで、彼らだけに任せては魔物が増えすぎてしまう。そうなるとマナビトたちの生活が脅かされる可能性があるため、定期的に大規模な魔物の駆除が実施されるのだ。
たくさんのマナビトと狩りをするため、危険は小さいといえる。だから魔物を経験するのにいい機会だが、ヒロトは及び腰だ。
「それはなんとも。マナはなんとかなりましたけど、それ以外は素人丸出しですから……。半月程度で達者になるなんてありえませんし」
仕事があるから鉄棒の素振りばかりするわけにもいかない。教師もいないから武術の上達は難しいだろう。
十代といえば、すぐに調子に乗ってもおかしくないが、ハイアの群れに襲われて死にかけたのがトラウマになっているのだろう。その点は幸いだったかもしれない。
「そろそろお昼にしましょう」
「そうね、お腹が空いたわ」
それから半月の間、ヒロトは空いた時間や仕事をしているときでも可能なときは身体強化をしてみたり、鉄棒を振ってみたりしていた。鉄棒は別としても、マナの扱いはさらに熟達していた。
そして大規模狩猟の日になる。狩猟は二日間に分けられ、今日は東で明日は西で行われる。
カイラ宅のそばに集まった人たちは五十を超えていた。全員が魔物と対峙するわけではなく、裏方も含まれているが、それでも数十人は狩猟をすることになる。もっとも、その中でも経験豊富なのはせいぜい十人前後だ。マナビトは教養が高いせいか、屋外活動よりも屋内でも活動を好む人が多いらしい。
人との付き合いを絶やさなかったため、ヒロトはすでにシャミアよりも親しくしている人の数が多い。狩猟組にも知己がおり、挨拶をする。あまり親しくない人にもこの機会に話しかけておいた。シャミアのように内向的な性格の者も多いが、話しかけても邪険にされることはなかった。そういう人は、人付き合いに躊躇いがあり受け身の姿勢だが、人付き合いそのものが嫌なわけではなさそうというのが、ヒロトの考えだ。もちろん人と接することに嫌悪を示す者もいるが、そういうのは今日のような集団行動には参加せず、必要最低限の付き合いしかしない。
一通り挨拶を終えたら、所在なさげにしているシャミアのもとに戻る。彼女は狩猟に直接参加しないが、試作の魔道具の調子を見るための立会いをする。ついでに本人曰くヒロトの保護者も兼ねているとのことだ。
「参加してくれて嬉しいわ」
こちらに来たカイラが微笑みながら礼をした。
「ヒロトにとっていい機会だと思ったんで」
「そうね。本職の狩人がフォローしてくれるから、比較的安全に魔物の相手をできるわ。見てるだけでもいい刺激になるでしょ」
「けっこう人もいるし、俺は見てるだけでもよさそうですね」
「どうかしら。実際に狩りをするのは半分程度だから、人が余ってるというほどでもないわよ。ヒロトくんがどれだけ戦えるのかわからないからなんとも言えないけど、混ざりたいなら途中からでも言ってくれたらいいわ」
「戦えるってほどでもないんですよねえ」
数日前に、無口だが面倒見のいい専業の狩人にお願いして、魔物の狩り方についてレクチャーしてもらっていた。狩人のバックアップのもと魔物を狩ってみたわけだが、彼におんぶにだっこ状態で、多少ついていた自信が崩れ去っている。
人にものを教えた経験のなかった無口の狩人がさじ加減がわからず、徹底的に過剰なフォローをしたのがまずかったのだが、ヒロトはそれを自分の至らなさのせいだと認識してしまっていた。
「でもマナの扱いはそこそこうまくなったんでしょ? 期待してるわ」
無口の狩人も参加しているのだが、彼はヒロトのことを言いふらしてはいないようだ。
「それはそうと、西の人たちにも挨拶くらいしておいた方がいいんですかね」
「……それはやめておきなさい」
カイラが声量を抑える。
「東と西、二つをひっくるめてオードの森とは呼んでいるけど、内部では見ての通り分裂しているわ」
たしかに集団はきれいに二つに分かれている。東西の人が話をしている様子はなかった。
「これはオード川が走っているという地形的な理由もあるけど……。オードの森に隣接するフルー領とアルワ領の関係が一番の理由ね」
オード川はフルー領とアルワ領の境界線にもなっている。このためオードの森の東部はフルー領と懇意にし、西部はアルワ領と懇意にしている。地理的にそうならざるをえないのだ。
「フルー領とアルワ領は対立してますよね……」
「その関係性がオードの森にも影響を与えているのよ。つまりオードの森でも東西で対立の関係になってしまっている。そうなってしまうだけの材料が揃っているわ。普段は東西で交流がないでしょ? それはそういうことよ」
カイラが苦々しく言った。
「でも今日は東西で集まってるじゃないですか」
「敵対関係だからって完全に断交するとは限らないでしょ? 少しは貿易をしたり、場合によっては同盟もする。オードの森だって一緒で、戦争をしているのでもないし、必要があれば協力することだってあるわ」
そういうもんなのだろうかと、若干腑に落ちない部分があるが、頷いておいた。
定刻になり、カイラが全員にそろそろ始めると呼びかける。注目が集まったところで、簡単に謝辞を述べて、移動となった。
狩猟のやり方は非常にシンプルで、数人でグループを作って索敵と殲滅をする。昼食を挟んだら集合し、魔物が出没しやすい地点を中心に行動という流れだ。
午前中は狩猟経験のある者が主だって動くことになる。なので、ヒロトは裏方に徹することにした。膂力があるので狩られた魔物の運搬に重宝がられた。また大きくて重い魔道具の運搬も任せられている。
「魔道具の調子はどうです?」
ヒロトがシャミアに訊くと、彼女は高揚を抑えるようにして言った。
「まあまあ良好といったところかしら。魔法を使うとマナが乱れるせいかラグが大きくなったり、誤作動を起こしたりしてて、想定の範囲を超えてるけれど」
主に行っているのは通信の魔道具のテストだ。グループごとに一つずつ通信の魔道具を持たせており、これを意思伝達の手段として運用していた。
通信の魔道具にマナを込めると特定の別の魔道具が光る。光のパターンや色を任意に変えることができるので、様々な意思伝達が可能だ。また、魔道具からは電波のようなものが飛んでおり、これをキャッチすることで別の魔道具が光るのだが、ヒロトの背中に括りつけられている巨大な魔道具を一度介することになる。これを利用し、発信と着信された魔道具の位置を大まかに把握することができ、GPSのような役割も果たしている。
この通信の魔道具の完成は研究員たちの悲願だったようで、立会をしている彼らのテンションが地味に高い。しかし彼らは揃いも揃ってコミュ障であるせいでテンションを上げきることができず、奇妙な空気が場を支配していた。
「午後からは俺も狩猟に参加しようかな……」
気色悪い研究員たちから離れたいばかりに、ヒロトはカイラにお願いしに行くのだった。
昼食のためにグループで別れて行動していた面々が集まり、午後からはキノコ型マナノキの群生地のような魔物の出没しやすいポイントに移動する。
狩りの方法は簡単で、魔物を発見したら囲んで魔法でボコボコにするだけだ。ただしハイアのように群れる性質でもないのに複数の魔物を同時に相手取ることになるので、そこだけは注意しろとアドバイスがあった。
カイラへのお願いが通ったヒロトも狩猟の集団に混じるのだが、魔法が使えないため代わりに投げ槍を持っていた。愛用の鉄棒も持参しているが、こちらを使う予定はない。
「よおヒロト、もしヤバくなったら助けてくれよ。お前の方が力あんだから」
「力持ちなだけで、戦えるわけではないんですけどね。投げ槍だって気休めみたいなもんですし。投げても当たんないです」
「若いやつが何言ってんだよ」
「ライさんは狩猟にはよく参加してるんですか?」
「まあな。別に俺は強くねえが、付き合いでやってるよ」
農家のライが肩を叩いてきた。がたいがよく日に焼けているのもあり、歴戦の勇士に見える。
全員で狩りをするが、通信の魔道具の数に限りがあることから、再びグループを編成していた。ライを含め、ほかのメンツもみな顔見知りだ。
グループリーダーの狩人が持っている通信機が複雑に光りだす。どうやらもう魔物を発見したらしい。移動方向が通信機の光によって指示されているが、ヒロトにはその意味はわからない。
ヒロトたちのグループが駆けつけたときには戦闘が始まっていた。
いや、戦闘というよりも蹂躙と表現する方が正しい。砂煙や水飛沫を魔法で作りだし目潰しと足止めをし、その隙に高速で空中を駆ける水玉や氷の礫が魔物を襲う。魔物が打撲や骨折で身動きが取れなくなったら、ナイフで止めを刺した。恐ろしく効率化された狩りだった。この戦闘方法だと、自然を破壊しにくく、片付けも少なくて済む利点もある。
「えげつな……」
ヒロトが命を奪われそうになったハイアの群れも同様の方法で無力化される。ほかの魔物よりも体が小さい分、倒れ伏すのが早い。数分ももたずに加工を待つ毛皮となった。
三本の投げ槍を背負っているが、明らかに無用の長物である。というか、魔法の使えないヒロトの出る幕がない。
たまに強靭な身体の魔物が肉薄してくるが、本職の狩人が爆発する火の玉で黒焦げにしていた。
全てが終了したときには数十の魔物が死骸となって、マナビトたちにより回収される。回収された魔物は裏方担当により解体されるかそのまま集落に持っていかれ、職人により革や食肉などに加工される。
「お疲れ様です。少し休憩したら次に行くわよ」
カイラが拡声器で全体に呼びかけた。
何もしていないヒロトが疲れているはずもないが、そのほかについても疲労は見られない。
「どうだったよ」
「案の定俺は何にもできなかったわけですけど。しかしすごい迫力でした。魔物もバシバシ倒してましたし」
「俺だって砂煙を巻き上げただけさ」
「それにしてもすごい魔物の数でしたね。次から次にやってきて、そのあとはまあ可哀想なことになってましたけど」
「肉食のやつらは大概が普通の動物よりも凶暴だからな。獲物がいたら向かわずにはいられんのだろうよ。頭のいいハイアだって戦わずに逃亡って選択肢はないからな。一度戦ってみて、駄目そうなら退くんだから」
加えて魔物を引き寄せる粉末を風の魔法を使って広範囲に運んでいるのもあり、このような惨劇が生みだされたのだろう。




