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カレノセンタク

「ね、ユキ……」

「ん?」

「あたしね、ユキの彼女でよかった」

「なんだよ、急に」

「いいじゃん、そう思ったんだからさ。ユキは?」

「聞くまでもないだろ。……俺もハナの彼氏で良かった」

「えへへ、嬉しい」


 その日の深夜。

 暖かいベッドの中、それ以上に暖かな体温を伝え合うかのようにして、俺とハナは肌を寄せ合いながら言葉を交わしていた。

 事後の気だるさや体力の消耗も手伝って、心地よい疲労感が全身を包んでいる。

 それでも話をやめようとしないのは、互いにこの時間を大切にしたいという、そんな気持ちが強いからなのだろうか。


 ……よく分からないけど、そういうことにしようと思う。

 少なくとも俺はそうだから。



「でも、なんかバカバカしいよね。こんな簡単なことだったなんて」

「そうだな……。ほんと、今まで何してたんだろうって思うよ」

「もっと早く、ユキとちゃんと話せばよかった。そしたらあんな気まずい思いをしなくてすんだのにさ。……なんか色々とゴメンね、今まで。ささいなことでツンケンしたり、ふてくされたり。ヤな彼女だったでしょ? あたし」

「そんなことないって。……原因は自分にあるって、そう言い聞かせてたから」

「相変わらず優しいというかなんというか……。でも、それも今日でおしまい! あんなに燃え上がれたんだもん、あたしたちの愛もこれからもっともっと炎上すること間違いなしだよ」

「炎上って言われるとなんかダメな感じがするけどな」

「まあまあ、その辺りはニュアンスだって、ニュアンス。……あたしね、あの瞬間とっても幸せだった。ユキと“一緒に”イケだんだもん。なんか漫画みたいだったけど、でもとっても満たされて。ああ、これが愛し合うってことなんだなって、そう思ってさ」


 しみじみと思い返すようにして、ハナは熱っぽい声でそう呟く。

 だが、感慨に耽っているのは彼女だけじゃない。

 俺の脳裏でもまた、あの時の様子が思い出されつつあった。 


 一心不乱に求め合った交わりの末。

 汗を振りまき、叫ぶように互いの名前を呼び合ったあの一瞬。

 気付けば俺もハナも、ふたりがほとんど同時に達していた。

 肩で息を繰り返し、爪が肌に痕を残すほどにきつく指と指を絡ませながら……。



「あのさ、ユキ。その、あたしがイった瞬間って、なんか分かるの?」

「え……? うん、まあね。なんていうんだろう、こう締め付ける力が強くなるっていうか……。そんな感じだったな」

「そうなんだー」


 言いながら、照れたように笑うハナ。

 その表情がなんとも言えず可愛らしくて、俺は思わず彼女の唇に口づけを落とす。

 行為の時に交わしていたような激しいキスじゃなく、ただ触れ合うだけの刹那的なキス。

 それでも、再び目を合わせたハナは頬を朱に染め、にっこりと微笑んでいた。


「もう……。なに? またムラムラしちゃった?」

「そうじゃない……こともないけど。でも今のはなんか違うな。なんか、こう自然としたくなったんだ」

「ヘンなの。でも嬉しいな、そういうの。……あ。あたしも分かったよ? 今日、ユキが中でイったこと」

「そうなのか?」

「ん。なんかピクピクッてしてた。まー、ゴムがなかったらもっとはっきり分かるんだろうけど、そういうわけにもいかないしね。そういうのはほら、結婚してからでしょ? やっぱり」

「もちろん」


 結婚、か。

 まだあまり実感はないけど、ただそんな言葉が自然に出てきて、俺もまた自然に受け入れられるというのは、やっぱり無意識のうちに想定してるってことなんだろう。

 まあ、だからこそこうやって一緒に生活してるわけだし。


 そして結ばれたあと、ありのままで繋がるといういうことは――


 

「ありがと。ユキがちゃんと考えてくれる人でよかった。……でも、やっぱHした後だからかな。なんかこういう恥ずかしい話も、普通にできちゃうのって」

「恥ずかしい?」

「え、ユキは平気なの? こんな話で盛り上がることって、今まであんまなかったじゃん」

「ごめん、よく分からないな。君は恥ずかしいことだと思ってるのか?」

「そりゃあそうでしょ! え、なに? ユキってむっつりじゃなかったの? そんなオープンエロスなキャラだったっけ?」

「お前……。もう少し言葉を選べよ」

「だってさー」


 ため息を吐き、視線を天井に。

 さっきまでのムードはどこへやら、なんとも気の抜けたふわふわとした空気が俺たちの間に流れていた。 


 まあ……。

 俺たちらしいと言えば俺たちらしいのかな、これも。


 

「……俺だって他の人とはこんな話しないさ。ただ、ハナだけは特別だから。本気で好きになった相手と、本気で体を重ねてる時の話をするんだ。それを恥ずかしいなんて言えるほど、俺の気持ちは軽くない……つもりだよ」

「それもそっか。ユキって普段は口数少ないのに、たまにほんといいこと言うよね」

「そうかな」

「うん。ま、それはそれとしてー。よく考えたらお互いの恥ずかしい姿も場所も、全部見せ合った後なんだしね。今さら恥じらうこともないかな。……可愛かったよ? ユキの喘ぎ声」

「ほっとけよ……。ハナだって息を切らしながら喘いでただろ」

「えー? 絶対ユキの方が喘いでたし!」

「いや、お前の方が声が大きかった」

「いやいや、絶対ユキの方が“もうたまんない”って表情かおしてたからね!」

「自分の顔も見えないのに比べられるわけ――」



 言いかけて、



「……ぷっ」

「……ぷぷっ。あはははっ」



 示し合わせたわけでもなく、俺たちはふたり揃って吹き出した。

 そんなことで張り合おうとしたのが可笑しくて。

 そんなことで張り合える今この時が、なんだかとても微笑ましくて。


 そうやってさんざんに笑い合った後、




「はぁ、可笑しかった。でも、今日は本当にありがと。ユキも色々調べてくれたんだよね。とっても気持ちよかった。掛け値なしに、今までで一番素敵なHだったよ? ……今までちょっとアレだったってのは置いといて」

「俺の方こそ。今までで一番可愛いハナが見られてよかった」

「なにそれー? さっきのお返しのつもり?」

「違うって。俺は純粋に……」

「はいはい、分かってるよ。まったくさ、ユキも普段からそれくらい外でデレデレしてくれたら、あたしも――!?」



 なんとなくその先を聞くのが気まずくて。

 俺は先手をとるようにして、ハナの唇を塞いでいた。



「ん……、ちゅ……。れろ……。……はぁ。もう、なによーいきなり」

「いいだろ、別に――!?」


 その時、下腹部に強い衝撃が走る。

 何をされたのか察知するより先、


「ちょっとー、また固くなってるよー? もしかして、今のキスで興奮しちゃった?」

「……悪いか?」

「しょうがないなぁ。まあ、ユキも一端の男の子だったってことだよね。それじゃあもう一回……しよっか?」


 そう言って、屈託のない笑顔を浮かべるハナ。

 いつも見ているはずのその顔が、なぜだろう。

 今はとても艶やかで……。



 断る理由なんてなかった。

 俺は黙ったまま、ハナの髪を優しくなでる。

 対する彼女も言葉は発さず、かすかな笑みをたたえたままで俺の首に腕を回してきた。

 それが合図となったように……。


「……ちゅ」


 どちらともなく重ねた唇。

 はじめは優しく、なぞるように。

 次第に荒々しく、相手の口内すべてを吸い尽くすように。

 同時、ただ求めるがままに互いを愛撫し、競うように吐息を奏でる。

 欲望のおもむくまま、そして愛情の盛るままにただ激しく。

 押し寄せる快楽の波の中、次第にふやけ、浮かされていく理性と思考。

 こうなるともう歯止めはきかない。

 気持ちよくなるために、そして気持ちよくしてあげるために、俺たちは無心に行為に没頭していく。



 

 ……それでいい。

 今この時はそれでいいんだ。

 それでこそ、俺たちは本当の意味で満たされる。

 それでこそ、俺たちは本当の意味でひとつになれる。


 自分だけじゃない。

 相手だけでもない。 



 俺たちふたりが、俺たちふたりで、一緒に辿り着くために――

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