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カノジョノシンジツ

 あたし、ずっと勘違いしてた。

 ユキがイケないのは、ユキがイキたくなってないからだって。

 あたしとのHは気持ちよくない。

 あたしとHしても満たされない。

 そう思ってるから、ユキはいつまでたってもイッてくれないんだって。


 でも、そうじゃなかった。

 ユキがイカなかったのは、イケなかったからじゃない。

 イキたくなかったから。

 あたしを置いてひとりで果てちゃうことが、どうしようもなく申し訳なくて、そして怖かったから。


 だから、ユキは――




「……ハナ? 泣いてるのか?」


 心配そうなユキの声が心に響く。

 そうだよ、泣いてるよ。

 悪い?

 でも、ユキだって声が震えてんじゃん。

 今にも泣き出しそうな声になってるの、気づいてないのかな?


「ごめん、俺……。君を傷つけるつもりは――」

「違うよ。そうじゃ……ない……。これは……ね……っ、その……」


 ダメだ、言葉が詰まる。

 言いたいことは喉元まで来てるのに、そこから先が出てこないんだ。

 でも……。

 それでもはっきり言わないと。


 このままじゃ色々誤解されちゃう。

 誤解したまま、きっとユキは自分で自分を責めるに違いない。


 そんなの、絶対に嫌だから。



「……もう……平気……。うん、大丈夫……」

「でも--」

「ホントもう平気だから……。気にしないで」


 何度も何度も念押しして、ようやく言葉を止めるユキ。

 ただ差し出された指先だけが、あたしの涙をふき取るにそっと目元を横になぞった。


 まったく、妙にあざたいことを……。

 嬉しいからいんだけどさ。



「ゴメンね。急にこんなんなっちゃって」

「いいよ。大丈夫」

「……あたしね、とっても嬉しくて。安心して。だからちょっと……泣いちゃった」

「……え?」


 意外そうに首を傾げたユキをこれ以上心配させまいと、極力笑顔を意識しながら先を続ける。


「……一緒だったんだ。あたしも。あたしもね、ひとりで先にイっちゃうのが申し訳なくて、不安で、怖くて……。だからずっと我慢してた」

「そんな……」


 信じられない。

 明らかにそんな顔してる。

 でも、その気持ちはあたしにも分かるよ。

 だって、ついさっきはまさにそうだったんだから。


 ……あ、でもひとつだけ。

 ひとつだけ違うところもある。

 ユキは言わなかったけど、あたしね――



「ただ、違う想いもあったんだ。……もったいない。そういう気持ち」

「もったい……ない?」

「そ。もったいない。……もっとユキに触っててもらいたい。もっとユキと繋がってたい。そう思ってたから、あたしは出来るだけ限界まで我慢してた。だってもったいないじゃん。せっかくあんなに気持ちよくさせてもらって、幸せになれて……。それをもっともと感じてたい、もっともっとこの幸せな時間を続けていたいって……。そう思ってたんだ」


 あたしの話に、ユキはみじろぎひとつしないでじっと聞き入っている。

 何を考えてるんだろう?

 とても真剣な表情で、あたしの目をまっすぐ見つめて……。


 まあ、でもエスパーじゃないんだから考えても仕方がない。

 とにかく今は、この胸のすべてを吐き出さないと。

 ユキがしてくれたように、あたしも。


 それでようやくフェアになる。

 次に進むことができるようになるんだ。



「……あとはユキと同じだよ。そんな雑念――っていうほど、やましい気持ちじゃ全然ないけど、とにかくそうやってずっと絶えてたから、あたしもだんだん疲れてきてさ。感度もなんか悪くなってきて、それで最後はいつもあんな感じに……」


 ああ、だめだ。

 なんかまた泣けてきた。

 でも今度はさっきと違う。

 これ、きっと情けないからだ。

 恥ずかしい、とも言うのかな。


 ……まあ、どっちでもいいや。

 とにかく、とっても腹が立つ。 

 気づけなかった、勇気のなかった、これまでの自分自身に。

 


 でも、そんなあたしを――




「……ユキ……?」


 肌に感じる温もり。

 やんわりとして、でも力強い感触。

 抱きしめる、とまではいかない。

 肩を抱く、というのでは到底足りない。

 絶妙に微妙な距離感で、ユキはあたしの体を優しく包み込んでくれていた。


「ゴメンな、気づいてあげられなくて」

「あたしだって……。勝手な自己満足のためにユキを追いつめて、それで最後までさせてあげられなくて……。それだけでも最悪なのに、そのうえ半端に終わったことへのイライラまでぶつけてちゃって……。全部あたしが悪いんだ。あたしがもっと歩み寄ってれば……。もっとユキと話をしてれば、こんなこと――」

「でも、まだ遅くない」

「……どういうこと?」

「だってそうだろ? 俺たちは今日、お互いの想いを知った。そして理解することが出来た。だから、さ。これからはもうやめればいい、そんな一方通行の気遣いなんて。我慢なんて、しなくてもいいんだ」

「……うん」

「今までさ。大学のこととか、バイトのこととか、趣味のこととか……。普段の生活のことはふたりでよく話しもしてきたし、お互いに分かりあえてた部分もあったと思う。……同じだったんだよ。最初から、こういうこともちゃんと話し合えてればよかったんだ。でも、どうしても申し訳ないとか、情けないとか、そんな感情が表に出て、俺たちは黙り込んでしまってた。本当はなんてことない問題だったのに、言葉を交えなかったから俺たちは辛い思いをしてきたんだ。お互いに」

「……体は交わってたのにね」

「誰がうまいこと言えと……。まあそれはともかく。……今日からはちゃんと話をしよう。SEXのことも。そしたらきっと大丈夫。これからはきっと上手にできるよ、俺たち」


 きっぱりとそう断言したユキの声は真剣で、優しくて……。


「……だから、もう泣くなって。お前は笑ってた方が全然らしいよ」

「違うんだ……。これはその、悲しいとかじゃなくて、なんて言うか、えっと……」


 ああ、もう!

 上手く言えない!

 胸に渦巻くこの気持ち。

 

 熱くて、激しくて、ぐちゃぐちゃしてて、でもなんだかとても幸せな――




 ……いいや、もう!!

 そんなことに想いを巡らせても意味はない。

 言葉にできない感情なら、それはそのままできっといいんだ。

 そのまま行動にだして、相手に伝わってくれたなら、それで。


 うん、そうだよ!

 ユキの言葉を聞いてて確信した。

 あたしの気持ち。

 あたしの心。

 そしてあたしの今、成すべきことが、全部。

 だから、ね。



「……っ!? ……ぷはぁ、いきなり……!?」


 いきなりのことに驚いたのか、ユキは慌てて身を引こうとしたが、そんな隙は与えてあげない。

 離れた唇を再び塞いで、あたしは彼を押し倒す。

 揺れるキャンドルの炎に照らされたユキの顔はほんの少し戸惑っていたけど、それでもあたしの想いに気づいてくれたのか。



「ハナ……」

「ユキ……」


 お互いの名前を囁き合って、あたしたちはそっと相手の体に触れる。

 気持ちよくさせるためとか、そういうんじゃない、ほんとに触れあうだけの優しい愛撫。

 でも、今はそれでも十分だった。

 ユキがあたしを想って触れてくれるだけで、心は十分に満たされて、気分が次第に高揚してくる。



「……ベッドへ行かないか?」

「待って、もう少し……。もう少しだけ、こうしてたい」


 自分の体がいつも以上に火照っているのが分かる。

 なんでだろう、いつも以上にドキドキしてる。

 こんなの、まるで初Hの時みたいだ。

 期待と不安が入り交じって、もうなんも考えられなくなりそうで……。



「……ハナ」

「……なに?」


 

 ダメ、また泣いちゃいそう。

 なんなの、これ?

 どうしてあたし、こんなに……。



「愛してる」



 そのひとことが、辛うじて残っていた理性の糸を、いともたやすく両断した――

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