カレノコレカラ
最後に彼――ハナと体を重ねたのはいつだっただろう。
少なくとも今月は一度もなかったから、先月……。
ということは、もうひと月近く、俺たちはあの夜を引きずっていることになる。
俺とハナは一応、結婚前提で交際しているつもりだ。
まだ大学生の身分で……と言われても仕方ないが、それでもそういう心構えで彼女と向き合っているし、同棲とまではいかなくてもそれに近い関係にある。
俺の身内はふたりの姉だけ。
ハナは父親とふたり暮らしだったこともあり、互いにそれぞれの家庭で果たす役割はそれなり以上に大きかった。
それでもこうした状況が許されているのは俺たちが昔から仲がよく、互いの家族もよく知っている、いわば公認の関係だったから。
そう、俺は思っている。
ただ、一緒に暮らすとなると、当然夜には色々あった。
まあ若い男女――それも交際関係にあるふたりが夜を共にするという時点で、そうなることは想定の範囲内だったろう。
流れなんて言葉は好きじゃないし、そんなつもりも毛頭ない。
それでも俺たちが一緒に生活することを決め、小さいながらも居心地のいい部屋を借りてから後。
互いの肌をさらし、体を重ねるようになるまで、さほど時はかからなかったし、それからもそういうことは続いている。
……一応は。
ハナは言いたいことははっきり言う性格だ。
気遣いはあっても遠慮はない。
当然、そんな感じだからSEXをする時も彼女の主導になることが多かった。
最初は割と、本気で驚いたのを覚えている。
勝手な先入観ではあるが、女の子はだいたいそういうことに乗り気じゃないと思っていたからだ。
“性欲とは基本的に男の方が強く持っているもので、女性はそれに付き合わされているだけ”
俺は大まじめに、そんなものだと信じていた。
だからハナが夜、いきなり求めてきた時も最初は狼狽え、戸惑った。
瞳をうるませながら頬を染め、上目遣いに「抱いてくれる?」と言ってきた時、俺は何が何か分からず、ただうつむくことしか出来なかった。
……本当に、情けない話だが。
それから紆余曲折あって、結局は最後までいったわけだが、しかしそこで問題が起こった。
イケなかったのだ。
初めての緊張や傷み、未知の体験への不安など、互いに感じることもあっただろう。
ある意味では仕方なかったのかもしれない。
だが、ことはその一回にとどまらなかった。
その後、再挑戦とばかりにハナの誘いを受け、また肌を重ねた。
しかし、そこでもまた同じことが起こった。
緊張や不安がなくなったわけじゃない。
それでも、初めての時よりはマシだった。
これまでにないような不思議な興奮と快感。
……間違いなく、気持ちよかった。
そしてそれはハナも同様だったようで、彼女もまた息を切らしながら喘ぎ、何度も俺の名を呼んで求めてくれた。
だが、それでもなお、俺たちはイケなかった。
耳に聞いた知識だけで知っている、女性もまた絶頂を迎えるという事実。
そして経験で知っている自身の絶頂。
そのどちらもが果たされることなく、ただ時だけが過ぎていく。
次第に失われていく体力と集中力の末、俺たちはとうとう体を離した。
なんとも言えない気まずさと、不完全燃焼気味の情欲を胸の内に抱えたままで。
やがてそれは常態化し、俺たちはそんな不完全燃焼な愛し合いを何度も何度も繰り返すことなった。
“ドツボにはまる”なんて表現があるが、まさにそんな感じだ。
最後までできなかったという経験を重ねるうち、俺はSEXに対する成功のイメージ。
お互いが快楽を高め合い、共に果てるというその感覚を、少しも持つことができなくなっていった。
正直、まったく努力してこなかったわけでもない。
恥ずかしさはあったが、姉のひとりに相談してみたこともある。
彼女はもうひとりの姉と違ってそれなり以上に経験豊富で、特にこういう分野の話はお手の物。
こう言ってはなんだが、とても頼れる存在だった。
姉は最初呆れていたようだが、よほど俺の様子が切羽詰まっていたのだろう。
一転して真剣な顔になると、
「体の相性が合わなくなると、女はすぐに男を捨てるぞ」
そう忠告してくれた。
……正直、甘かったと思う。
体の相性なんてさして重要なことじゃない。
心が繋がり、お互い好きあっていれば、別にSEXくらいしなくてもどうってことないだろう。
本気でそう思っていたんだ。
だが、今回の経験で俺は思い知った。
何度も不完全な交わりを続けるうち、俺はハナに対しいい知れない罪悪感を覚えるようになり、そして彼女もまたそうだったのか。
普段のなんてことない日常の中でも、俺たちはどこか遠慮がちな、ギクシャクしたやりとりを繰り返すようになってしまった。
このままじゃ、俺たちは遠からず上手くいかなくなるかも知れない。
そう思わせるには、十分なほどに。
……。
………。
…………。
でも――
やはり嫌だ。
それだけは絶対。
太陽のように明るく朗らかで、活力に溢れたハナ。
一緒にいるだけで嫌なことも忘れ、元気になれる。
そんな彼女だから俺は惹かれ、恋をした。
離したくない。
別れたくなんか絶対ない。
このまま何もせず、そんな結末を迎えるなんて、そんなこと……。
でも、彼女は俺のことをどう思っているのだろう。
今のこの不安定な状況、気まずさ。
その原因は間違いなく俺にある。
俺がもっと、ハナを気持ちよくしてあげられたなら――
「そうだ……」
ふと、脳裏にある考えが浮かんだ。
「もっとちゃんと勉強しよう。SEXのこと」