オレとツレのデート事情
準備しろっつわれたので準備してたのに、出会い頭に変な顔された。
「……よぉ。」
「よっす。」
「なんでジャージなんだ?」
「え?」
「え?」
「運動するんだろ?」
「あー……。」
何その反応。意味不明なんですけど。
どこからどう見ても完璧な準備だろうが。何か文句あんのか。やるかゴルァ。
ぎろっと睨むとツレは何か微妙な顔で「まあ良いか。」とかほざいて、アイドリング状態だったバイクを停止させる。
「どこか行きたい場所あるか?」
「え?」
「え?」
「や……おうちでごろごろしてたいんですけど。てか、何かスポーツしたかったんじゃねぇの?」
「特にこれと言って決めてはいなかったからな。どうしようか。」
ノープランらしい。
迷惑だから巻き込まんで欲しいんだけど……ま、いっか。
今までの感じからして、こいつの思考をトレースすると「何か無性にデートしたい! けど偽装結婚した手前女の子誘うのは拙い。しょうがねぇからアレ相手で済ますか。」ってとこか。
要はデートっぽいものができればそれで良いんですね。了解です。
なら、こっちでチャッチャと決めちゃおう。
「なあ。」
「ん? 何か行きたいところ思いついたか?」
「時間どれくらい空いてんの?」
「明日の昼には仕事に戻る感じだな。」
「じゃあ、自宅デートしましょう。」
連れが一時停止した。
「自宅デートしましょう。」
理解できてないっぽいので、もう一度繰り返してやった。
「せっかく家買ったのに、ほとんどこの辺来た事無いんだろ? この際まったり周囲散歩して、すげぇ美味いサンドイッチ屋あるからそこで昼飯買って、駅前のヴィジュアルカフェで映画とか何か選んで、家で食べながら鑑賞会する。どうよ。」
日ごろ身を粉にして働きまくってるんだし、たまの骨休めも悪くねぇと思ったんだけど。
運動要素は弱いけど、ウォーキング的な散歩ぐらいならオレも付き合えるし。
「……やっぱ、何かちゃんとした運動のほうが良い?」
「い、いや。良い。すごく良い。そうしよう。」
どこに心惹かれたのか分からんが、気に入ったらしい。満面のきらっきら笑顔になりやがった……うわぁ、退くわぁ。てかイケメンの無駄遣いすんな。向ける相手間違ってるだろ。
フェロモンをしっしと手で追い払って、オレはリュックを背負い直す。
「じゃ、行くか。こっち。」
今から行けばゆっくり歩いてもパンの焼き上がり時間に間に合うだろ。
バイクはガレージにしまって、連れと2人、歩いて街を案内をする。
15匹の猫と住んでるご婦人が居る家。
可愛いお嬢さんと良くお会いする交差点。
おいしそうな匂いが各ご家庭からしてくる住宅街の抜け道。
通学のお子さん方が群れで通る坂道。
登り甲斐のある木がいっぱいある公園。
ランニングの人が朝晩通る土手の道。
夜中に動き出すという噂のある謎の像。
やたらダンディな守衛のおじちゃんが居る何かの会社。
春になると一面真っ青になるネモフィラの土手。
何故かコインがしょっちゅう投げ込まれている大きな噴水。
オサレなカフェが並ぶ表通り。
その路地裏に一本入ったところにある模型屋さん。
石造りの塀の中にこっそり紛れ込んでる貝の化石。
もさもさの犬そっくりの木陰が見える絶景ポイント。
そして、最近脱サラしたご夫婦が始めたサンドイッチ店。
「サバサンドと、ポークチーズと、ターキーと、ベジサンド下さい。……あのさ、いつまでオレの小指捕まえてるんですか。どけてお兄ちゃん、財布を出せない。」
「俺が払うから良いだろ。」
「や、そういう問題じゃなくて、いい加減邪魔臭いんだけど。」
「お前が手をつなぐのは嫌だって言ったから、この形にしたんだろう?」
「小指だけ絡めてるって現状も相当変だと思います。」
「ま、偶には良いだろ。」
言いながら、ツレが店のお姉さんに声をかけて支払いを分捕りやがった。
あ、こんにゃろう。オレ払うつもりだったのに、油断も隙もねぇ。イケメンのつもりか!
……そういやイケメンだった。チッ。
ついでに紙袋まで奪おうとするので、サッと手を出してツレを阻止する。
「オレが持つし。」
「大した荷物じゃないから気にするな。」
「独り占めイクナイ。」
「持ちたいのか?」
「持ちたいです。ついでに指も離せ。」
「なら駄目だ。」
さっと引っさらわれました。何をぅ!
「返せー!」
「だーめ。」
「んにゃろう。頭上に掲げるとか卑怯者! 卑怯者!」
「くくく、何とでも言うが良い。」
悪役みたいなセリフを吐き出して勝ち誇るツレ。むかつく。すげーむかつく。
だがしかし。
「ばかめどうががらあきだ。」
唐突にもらった”平手打ち”、予想外の“肘”、特に理由のない暴力がツレを襲う!
「お、ま……いきなりくすぐるのは止めてくれ……。」
「有害な獣を駆除しました。たまたま格好が人間と似ていただけです。」
見事サンドイッチと店の人のガン見を獲得したオレは、ツレの手を引っ張ってそそくさとその場を退散したのでありました。
戦略的撤退と呼んでくれ。
その後おうちに帰って、買ってきたサンドイッチを半分こして、コーヒー中毒者なツレ用に帰り道で購入したコーヒーを淹れて、メディアカフェで勧められて買った映画をセットして、ソファーに陣取って鑑賞会&お食事会をすることになりました。
ジャージも脱いで、靴と靴下も脱いで、良い感じにセットしたクッションの間で胡坐をかいて、目の前にはサンドウィッチ。
準備万端……なんだけど、隣の誰かさんが煩い。
「どうして離れるんだ。」
「この位置が良いんです。」
「もっとこっちに座らないか?」
「やだ。えろい。なんでさ。」
「エロくはないだろ……少しくらい良いだろ? ほら。」
イケメン奥義の一つ、隣ぽんぽんですね。
や、行かねぇよ?
行くわけねぇだろ?
隣にあんなきらっきらしたもん居たら、画面が良く見えないじゃん。
「何なら俺の膝でも、」
「あ゛?」
「……すみません、調子に乗りました。」
ツレに詫び入れさせたところで配給会社のロゴが出たので、オレは意識をスクリーンに切り替える。
ついでにオレの皿に手を伸ばして、サバサンドをがぶり。
縞模様も鮮やか、金色に焼きあがった皮にじゅわっとにじむサバの脂。
たっぷり絞ったレモン汁のおかげで脂っこすぎることはございません。むしろ爽やか。
シャキシャキの薄切り玉ねぎに、酸味のきいたトマト。
溢れるほどたっぷり挟みこまれた具を包み込むパンはもっちりしてて、旨味を逃さず吸い込んでる。
あごを目いっぱい広げてかぶりつくこの幸せさったら無いね。
シンプルだけど、ここのはすごく美味しいんだ。
家で作る奴と何が違うんだろ?
あの鉄板かなぁ? それとも塩コショウの加減?
むぐむぐ食ってるとツレが席を詰めようとしてきやがったので、足の指でクッションを掴んで、オレとツレの間に挟んでガード。
ここからこっちはオレの陣地です。
何かツレが情けない顔になってるけど、世の中弱肉強食なのだよ。
オレとツレが無言の陣取り合戦してる間に、スクリーンでは恋人たちが並んでソファーに座っていた。
1本目の映画はベッドの上で山盛りのアイス食べるシーンがちょっとやってみたくなったし、2本目は11人の詐欺師集団の中のお胸様に釘づけだったし(ええ乳でした)、ここまでは一応覚えているんだけど、どうも3本目の途中から意識がなくなってたっぽい。
サンドイッチ全部食べて、お腹いっぱいになってたせいかな。
気が付いたら夜で、映画はもちろん終わってて、ついでにツレに捕獲されてた。
何でだ。
しかもツレも寝てやがる。
何でだ。
どんだけ膝の上から脱出しようともがいても、がっちり回された腕が外れやしねぇ。
何でだ。
「おい起きろ。んでもって離せ。起きろ。」
……起きないし。
いっそアゴに頭突きかまして起こす……や、でも可哀想かな。
疲れてるのはなんとなく匂いで分かってたし。
しゃーない。体凝りそうだけど、しばらくあご置台に徹しますかね。
重くてでかくて温かい「毛布」を背中にのっけたまま、オレはそんなことを考えたのでした。
おしまい。