ガイロン道中
木々の間を風のようにすり抜けながら私とルルはやっとこさ、森を抜けた。
抜けた先は、舗装はされていないが、綺麗にならされた土の道。道の左右には草が生い茂り、三股に別れている。
「はぁ…はぁ…やっと…出られましたね…」
一つも疲れていない私と反対に、お姫様抱っこされてただけのルルの方が息を切らしグッタリしている…
側に立っていた木に片手でもたれながら、肩を上下させ疲労を隠せないようだが、景色が変化した事が嬉しいのか、口角が少し上がっている。
「大丈夫?」
足翼で駆けている間、途切れる事なく 悲鳴混じりに叫び続けていたせいか、たまに咳き込むルル その頭に軽く手を当てながら問いかけると「大丈夫です…」と、まだ渇ききっていない額の汗を拭ったあと、眉をハの字にしながら私の顔へ視線を向けた。
「サキ姉さん…」
声が震え、目が僅かに潤んでいる。
へこんだ時に見せる泣きだしそうな顔…ではない事は、声のトーンと潤んだ瞳の奥から覗く[なにか]で分かった。
数秒の沈黙が流れ、私はその間 ただルルの言葉を待った。
「こ…こ、覚えてます…よくおじいちゃん…えっと、村長と通った事があります。この道を西に行けば、ガイロン西村が有って……それから…」
ルルは一つ一つ、噛み締めるように…ゆっくりと話初めた。
「北に行けば……王都へ行けるはずです。」
そこまで言うと、ルルは私から視線を反らし、三っつの道のうちの一本を指差しうつ向いてしまった。
ルルは、ここで私と別行動をとるつもりなのかも知れない、だけど…私には行く宛も無いし、この世界の知識も乏しい…。それに、ルルはこの世界に知り合いの居ない私にとって唯一の知人なのだ。
しかも、ルルは奴隷商人にまだ追われている身…もし私が奴隷商人なら真っ先にルルの故郷であるガイロン西村を目指すだろう。そんな可能性がある以上、ルルを一人で行かせる訳には行かない。
私が着いて居ても、役に立つかは分からない…だけど、少しでも…少しだけでも、役に立ちたい。
そう自分の中で決意をし、ガイロン西村へと続く道へ足を乗せた。
「ルル!!行くよ?」
私の声を聞いたルルは、やっと顔を上げ状況を理解したようだ。
ハの字だった眉は、上へつり上がり、もともと大きかった目がより大きくなった。
「え!?…そ!そっちは村への道ですよ!?」
「分かってるよ、だから…私もルルと村へ行くってこと!」
私の言葉を聞いたルルは、想定外過ぎたのか口を半開きにしたまま固まってしまった。
「いや…正直な話、私には行くところなんて無いから…もし、ルルが良ければ…私も一緒に連れてってくれないかな…?」
多分、ここで奴隷商人の話をすれば ルルは必ず私の同行を断る、「サキ姉さんを危険な目には合わせたくない!」ってね。
だからここでは敢えて その話はしなかった。村に着いてからでも遅くはないと思うから。
「本当に…いいんですか?」
両足を擦りあわせながら、チラチラと私の顔を確認するルル
嬉しいけど私が無理してるんじゃないかと思って、喜ぶに喜べないのだろう。
たまに頬が緩み、1秒後には眉が下がってと、ルルの顔は忙しく動いている。
「本当に私が着いて行きたいの。」
私はルルの前まで歩み寄るとその場で膝を曲げルルとの目線の位置を合わせた。
「私はね、凄く遠いところから来たばかりで、この国にはルルしか知り合いが居ないの、この国の事も分からない事ばかり…だからルルが側に居てくれたら、助かるんだ。」
ルルの水色の瞳を見つめながら、優しく微笑むと 先程まで悩んでいたルルの顔にパッと花が咲き、大きく頷いてみせた。
「はい!ルルがサキ姉さんを助けます!」
少し意味合いが違うが、とりあえず一緒に行動できるみたいだし、OKって事にしよう。
「ありがとう、じゃぁ日が暮れる前に出発しよう。」
「はい!」と元気に返事をしたルルは、「こっちです!」と自信気に村へと続く一本道を指差しながら歩き始めた。
ここからは、草に足が隠れる事が無く、足翼は人の目に付く可能性が高いので徒歩で進むしかない。
だけど、足元は完璧とは言え無いものの ある程度ならされた土、小石が落ちているだけで特別気をつけて歩く必要もない。
森の中をひたすら歩いた時の事を思い出せば、楽な道のりだ。
ルルによれば、ここからガイロン西村へは三時間も有れば着くそうだ。
だけどゴブリンの森から離れるに連れ、僅かだがモンスターが出るらしい、今私たちが歩いているガイロン道には、滅多に現れないそうだが 油断せず進んだ方がいいだろう。
「サキ姉さんは遠いところから来たって言ってましたけど、どこの国から来たんですか?」
モンスター、奴隷商人、この先の事を1人考えていた時、想定外のルルの質問に思わず足が止まる。
「えーと…」と何度も口から漏れるが、その続きが思い付かない。
『第三の地球ハース』から来た、なんて言っても信じて貰えないだろうし、この世界の地理を勉強したルルには、適当な地名は通用しないだろう…。
「聞いちゃダメでしたか?」
隣から私の顔を覗きこみ、不安そうに眉を下げたルルに「ダメ」とは言えない。
これ以上返事をしなかったら、ルルは私を困らせたと、自分を責めるだろう。
「えーと…思い出せない……」
「え?」
自分でも「え?」って思うような事を思わずくちばしってしまった。
「お…思い出せない…」
何故か二回も同じことを言った私を心配そうに見つめるルルから視線を反らし、遠い空へと向けた。
「何も思い出せないんだよね、ルルとゴブリンの森で出会う直前に、あの側で目が覚めてさ…自分の名前と年くらいしか覚えてなくてね…あぁ…私ってどこで産まれんたんだろ」
少し眼を細めながら、明後日の方を見る、そして…軽く鼻をすする。
どうだ!月9女優も顔負けな私の演技力!
とか心の中で感動していると、隣から微かに嗚咽が聞こえた。
「う…ひっく…ふぇ…」
ほげぇ!?ルルさんめっちゃ泣いてます!
両手で顔を覆い声を漏らさぬよう必死に絶えている。両手の隙間からは、キラキラと水滴が地面に向かって落ちていった。
「あわわわわ!泣かないで!」
「だって…サキ姉さん…可哀想で…ふえーん」と
パニックになりながらも、必死に宥める私と声を抑える事も忘れて泣きじゃくるルルを、木の影から見つめる視線が有る事を、私たち二人は気づかずにいた。




