5話 ~侍従ではなく~
あの日から一週間、基礎中の基礎を教わって、簡単な魔法ぐらいなら使えるようになった。ただ、妖術はまだらしくちょっと残念。
師匠いわく、妖力を使うのはもっと学んでから。しっかり学ばずに、己の体内にある妖力の流れや貯蔵量を理解しないまま、妖術を使用すれば下手すると妖力欠乏状態になることもあるため、まだなんだとさ。
妖力が欠乏すると目眩から始まり息切れ、高熱などの発作を起こし、最悪死の可能性でさえある。その欠乏状態から上手く回復出来ないと、一生ものの傷を背負うことだって少なくない。……それがトラウマになることも少なくないしね。
ただ師匠なら、作中で妖力欠乏状態の生徒を治癒するシーンがあったから、回復させる事ができるはずなんだけど……。
あっ、そうか。四代陰陽師家に連なる者でも、神獣であることを教えられる、十歳の「現之世入り」という儀式を終えてからだからかな。
「ねぇお父様?今日は師匠はいつ頃きますか?」
「桐生さんは来ないよ。あれ、今日が何の日か忘れてしまったのかい?」
「えっ?今日は……。」
そう言われて思い出した。今日は私の記憶を思い出してから、一週間経った日。窪内陽向が来る日なのだ。
「あぁ!忘れてしまっていました。」
「ふふ、忘れん坊だね。これから気を付けなさい。」
「はいっ!初めての遊び友達が出来るんですもの、楽しみ!」
「もう、一応侍従なのよ?」
「良いじゃないか。凜が喜ぶことをしてあげるのが一番だろう?」
良い感じに雰囲気が出来てきてる。西園寺家当主夫妻に凜の"侍従"ではなく凜の"友人"としての認識を強めてもらえば、社交界の印象も他の四代陰陽師家に対する印象も、作中よりも良くなる筈。
それに、西園寺家息女のお気に入りとなれば、余程の高位でもない限り、圧力による排除も身分による偏見もなくなる筈だし、むしろ恩を売ろうとするような輩の方が多いだろうし。
「よし、じゃあ小虎、陽向を呼んできてくれるかい?」
小虎さんというのは十八歳ぐらいの見た目で、お父様の式神。
見た目は若いし可愛いけど本体は、大きな妖虎。五メートルはあるらしいのだけど、妖虎のなかでは中の下ぐらいの大きさなんだって。じゃあ上の上はどうなんだろうって考えると、震えが止まらないね。
戦闘派の式神なので、私も将来的には師事をするかもしれないとお父様は言っていたけど、楽しみだな。
「はい、ただいまお呼びします。」
そういって、薄い空色の煙を出して小虎さんが消えた。きっと陽向が待っている部屋に飛んだのかな?
小虎さんが部屋をでていってから数分後、ノック音が響いた。
「しつれいします。」
入ってきた少年は、記憶内の姿よりも幼かった。
紅色の髪の間から緋色の目を覗かせ、愁いを秘めて此方をみている。たかだか七歳の少年がこんな雰囲気を出せるものなのか、そう考えると知らずうちに肩が小さく震えた。
「はじめまして、凜お嬢様。窪内陽向です、これから宜しくお願いします。」
「はじめまして!陽向君、私のお友達になってくれるのでしょう?普通にお喋りしましょうよ。」
「えっ、と?侍従とうかがったのですが……?」
そう言うと、陽向は緋色の目を西園寺家当主夫妻に向ける。
見つめられた二人は、少し顔を見合わせたあと困ったように笑い、ゆっくりを言った。
「陽向の仕えるべきだった主は、それを望んでいないみたいだ。どうか友達になってあげておくれ。」
「ただ、無理矢理なってしまっては、お友達とは言えないわ。偽りではなく、本当の気持ちでなってあげてほしいの。勿論、辛いなら良いのよ?無理はしないで。」
流石は当主夫妻、上手くまとめてくれたみたい。あとは陽向が了承してくれれば第一関門は突破なんだけどな。
「はい、分かりました。お願いします。」
「ねぇ?やっぱり嫌なの?私とお喋りするの。」
「いえ、そんなことは……何故ですか?」
「だって、言葉が固いんだもん。凜ってよんでほしいな。」
「はい分かりましっ、っあ、えっと、うん分かった。凜ちゃん宜しくね。」
「うんっ、じゃあ宜しくねっ。」
よしっ!第一関門突破、あとは少しずつ仲良くなっていけばいいよね。
「じゃあ凜、明日の日程は特にないし、家の案内でもしたらどうだい?」
そうそう、修行の日程って月読の日と、火灯の日と、水雫の日と、木祈の日と、金煌の日の前世でいう月火水木金の平日だけなんだよね。休日の土素の日と日照の日は修行お休みなんだよね。
んでもって今日は金煌の日。明日は一日やることないから案内っていうのは良いかも。
「はーい。じゃあ明日は陽向君と一緒に庭とか、家のお散歩した方がいい?」
「うん、それでいいよ。」
そういって薄く微笑む陽向。やっと笑った!
けど、七歳の微笑み方じゃない気がするのは気のせいかな。美しすぎる……
美形って罪だな。