プロローグ ~もしかして転生?~
目が覚めてふわふわした意識のなか、鼻腔をくすぐる華の柔らかな匂い、身体を包み込むフカフカな天蓋付のベッド。白を基調とした部屋の内装。少女の頃には誰もが望むような景色が目に焼き付いた。
……あれ?私こんな部屋にいつ寝た?
「なにこれ!?ここどこよ?夢?」
思わずベッドから立ち上がろうとして、上半身を上げると目眩がした。
目眩によって身体がぐらついたものの、もう一度フカフカのベッドに倒れ少し寝ていると、寝起きの頭がスッキリした。
クリアになっていく脳内に、記憶が戻ってくる。逆走馬灯的な感じかな。
(あー、そっか、思い出してきたかも。確か私は——)
私が生まれたこの世界は、陰陽師も居れば妖怪も居る。それは極々当然の事で、この世界に生まれた者であれば、言葉を覚えるよりも先に、その事を知っていくものだと言われている。子供たちは、それを常識として知っている。
けれど私はそれを認めることが出来ずにいた。なぜなら、四日前、七つになったお祝いの祝宴に前世の記憶を思い出し、日本人としての記憶を得てしまったから。
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「早いものですね。あんなに小さかったお嬢さんが、もう神譲渡の年になるなんて。」
「そうだね、神譲渡の年は七つになった祝いの年だ。七つになって魂が神様から渡されて、神の子から人の子になる大事な年なんだ。この日は盛大に祝わないと、神様に怒られてしまうからなぁ。」
「だから凜も、今日は特に神様に御祈りを捧げなさいな。」
わいわいした空気のなか、そんな言葉を多く言われたのを覚えている。
親族が本家のお屋敷に集まり、私の神譲渡の年即ち、七つのお祝いをしに来ていた。親族とは言うものの、生まれてから今まで会ったことも見たことも無い人も、お手伝いさんの妖怪も沢山居たため、親族というのは些か疑問だけど。
そんな中で私の幼い好奇心を燻ったのは、数多くある祝いの品だった。名家に生まれた私にとって、贈り物は特段珍しいわけでは無かったけど、やはり七つのお祝いというのはこの世界では大きな節目の為、今まで見たこともないような量の贈り物が私個人へ送られてきたのだ。それが嬉しくないわけがなかった。
そして、何とはなしに可愛らしく包装された小包を手に取った時、ぐらりと視界が揺れ、頭の中にきらびやかな絵が浮かび、その瞬間怒涛の速さで前世の記憶が廻ってきた。
(これ、和風ダークファンタジー系乙女ゲーム「一生を廻りて~貴方と生きたい~」通称ヒトメグの公式設定画集に載ってたやつじゃない!?)
そんな事を思ったのも束の間、幼い体は押し寄せる記憶の波に耐えきれなかったのだろう、視界は黒く塗り潰され、意識を手放していくのを理解するまでもなく私は倒れた。
そして冒頭に戻る。ユメジャナカッタ。陰陽師や妖怪が居るというだけでも驚きなのに、何と乙女ゲームの世界だとは誰が思っただろうか。
いや、乙女ゲーの世界に転生したのであれば、万々歳で泣いて喜んだはずなのに、喜べないのは、私が所詮悪役と言われる立場に転生してしまったからだろう。
しかも、唯の乙女ゲーではない、攻略が鬼畜過ぎて幾人の乙女を泣かしたと言われ、その美麗すぎるグラフィックから幾人もの出血多量者を出し、豪華キャストの人気声優や、期待の新人声優から編み出される声で、幾人もの呼吸困難をおこさせたと言われる——
あの伝説の乙女ゲー「一生を廻りて~貴方と生きたい~」だったとは!
何とこの乙女ゲー、唯の乙女ゲーでは無いと言われる所以はもう1つある。そう、それは内容のダーク加減にあった。
攻略キャラクターは全員暗い過去かトラウマ、コンプレックス持ちで過半数がヤンデレ候補と言われる様。バッドエンドは通称「闇への入り口」とまことしやかに囁かれ、心臓に直接伝わってくるような生々しく苦々しい表現は今までの乙女ゲーとは全く違っていた。
極めつけは悪役の悪役加減である、悪役の西園寺凜は事あるごとに主人公であるヒロインの邪魔は、勿論。ランダムに起きる激レアイベントの阻害。唯でさえ上がりにくい好感度を下げる呪術の使用。
など、泣いた乙女は少なくない。私もそのうちの一人だった。
恐ろしく邪悪な台詞がなければ、普通の乙女ゲーとして、世に出ていたであろう。
攻略キャラたちに禍々しい背景がなければ、普通の乙女ゲーとして、世に出ていたであろう。
悪役キャラが主人公に嫉妬し、闘争心を燃え上がらせるだけであったのなら、普通の乙女ゲーとして、世に出ていたであろう。
——だが、それらが存在するのだ。ヒトメグでは。
(確か、あのゲームは登場キャラクターに対して救いのないエンドが多すぎて、印象薄かったけど、悪役の西園寺凜も結構えぐいエンドが殆ど……なんだよなぁ。)
そんなの堪ったもんじゃない!私は生きたい!折角この世界に生まれてこれたのに、楽しまないでどーする!
今思い出せば前世は、一般的な人生をも謳歌する前に事故で死んだんだものね。
せめて並の幸せは掴みたかった。
だから、だからこそ今生は楽しみたい。悪役なんてならないし、なりたくもない。私は多少?ダークでも憧れの世界に今、生きてるんだし。ファンタジー世界の特権をフルに使って前世の分まで楽しまなきゃ。
勿論!第一優先は死亡フラグの回避です!