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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ロミオとシンデレラ

作者: 黒兵

 トンネルのような薄暗い入口をくぐると、別世界へ放り出された。

 輝かんばかりに磨き上げられた大広間は、音楽家による軽やかなワルツが満たし、思い思いに着飾った人々がくるくると踊り、あるいはテーブルに次々と運ばれてくる料理を手にしながら談笑している。まるで宝石を散りばめたような、くらくらするほど眩い光景だった。

「これが……舞踏会」

 シンデレラは目を輝かせ、息を漏らした。

 特に今夜は、王子が結婚相手を決めるための舞踏会。町中の貴族達が、それぞれ考えうる限りのドレスを纏い一堂に会していた。世界中のどこを探しても、これほど豪華なファッションショーは見られないだろう。

 父が亡くなってからというもの、継母とその連れ子である姉達に、使用人よりも酷い扱いを受けてきた。

 毎日、広いだけの屋敷で全ての仕事を押し付けられ、纏うのはぼろ雑巾のような服と灰や埃ばかり。このような絢爛豪華な世界は、もう一生縁がないのだと思われたほどであった。

 今日も、継母達に大量の仕事を言いつけられて、一人屋敷に取り残されてしまったのだが、魔法使いを名乗る老婆が手を差し伸べてくれ、こうしてここに来られたのだ。

「輝くドレスにガラスの靴、馬車まで用意してくれて……いくら感謝しても足りないわ」

 呟いて見下ろすドレスは、シンプルではあるが、父が生きていた頃にも袖を通したことがないような仕立ての良いもので、それ自体が輝きを放っているかのように見えた。靴も自分のためだけに作られたかのように良く馴染む。

 周囲の人々も、シンデレラのあまりの美しさに目を奪われ、言葉の代わりにため息をもらした。

 自然と笑みがこぼれるのは何年振りだろう。もう二度と、このようなことはないかもしれない。だからこそ、この瞬間がとても貴重で、めいっぱい楽しみたかった。

 お洒落と華やかな世界にはしゃいでいたシンデレラだったが、何せ久々のことだったためか、段々とこの雰囲気に丸呑みにされるような感覚を覚えてもいた。

 と、不意にワルツが止み、ファンファーレが鳴り響く。

「王子様だわ!」

 誰からともなく声を上げ、その場が沸いた。

 従者を従えて階段の上から姿を現した青年に、全員の視線が集められる。

 黄色い声を浴びながら階段をゆっくりと下りてくる貴公子の微笑みは、シンデレラの上でぴたりと止められた。

(あ、目が――)

 ドンッ

「きゃっ!?」

 目が合ったと思ったその時、老婦人に横から押されてよろけてしまった。シンデレラのいた場所は、王子のお目にかかろうとする女性達に埋められ、あるいは押されて、どんどん後ろへと追いやられていく。

「おっと、大丈夫?」

 誰かに肩を支えられ、ようやく場に落ち着くことができて安堵する。

「あ、ありがとうございます」

 何とか体勢を立て直したシンデレラは、はっと息を呑んだ。

 目鼻立ちの整った青年だったが、何よりも全てを惹き込むような意志の宿る瞳が、一瞬でシンデレラの心を捕えた。

「王子、さま?」

 思わず呟くと、青年は驚いたように目を瞬かせ、そして噴きだした。

「これはこれは、身に余る光栄な勘違いをありがとう、お姫様」

「あっ、ごめんなさい!」

 顔がかっと赤くなり、慌てて謝る。そんなシンデレラの様子を可笑しそうに見ていた青年は、ふと整った顔立ちを彼女に近づけてじっと見つめた。シンデレラの心臓が更に跳ね上がる。

「君、顔色が悪いな。大丈夫?」

「え!? そ、そうね、ちょっと気分が悪いかも」

 顔の距離に気を取られ、しどろもどろになりながら答える。言われてみれば少し気分が悪い。久々に人の多い場所に来たために人酔いしたのかもしれない。

「じゃあ、少し休憩した方が良い。俺も飽きてきたし、静かなところに行こうか」

「あ……」

 目の前に手が差し伸べられ、シンデレラは立ち尽くした。

 先程ちらりと目が合った王子が頭によぎる。

(花嫁を選ぶ舞踏会とはいえ、こんなに素敵な人達の中で、私が選ばれるわけがないものね)

 微かに自嘲し、再度目の前に意識を戻すと、やんちゃな少年のような笑みがある。

(それに、今この人が手を差し伸べてくれている)

「そうね、少し風に当たりたいかも」

 シンデレラは微笑み返し、その手を取った。




 手を引かれて階段を昇り、外に繋がるドアを開ける。

「わぁ……良い眺め」

 シンデレラは声を上げると、バルコニーの縁に歩みよる。

 夜のバルコニーからは城下町が一望出来、上を見上げれば、雲一つない空から、星が今にも降り注ぎそうだった。

「ごめんなさい、付き合わせてしまって」

「いや、誘ったのは俺の方だしね。それに、さっき言ったとおり飽きてきていたんだ。君といる方が、比べものにならないくらい有意義だよ」

「まぁ……冗談でも嬉しいわ」

「俺は本気だよ」

 そう返してくる青年に赤らんだ顔が見えないよう、目下の町を見下ろす。

 少し冷たい風は気持ちが良かったが、肩と腕の出たドレスではすぐに冷えてしまい、身を震わせる。

「大丈夫?」

 風上の方に立ち、青年が顔を覗き込む。

 一度合ってしまえばもう、その強い視線から離れられない。

 まるで吸い込まれるような――

「ロミオ!」

 ドアが開けられると共に飛んできた声に、二人はばっと離れてそちらを振り返る。

 バルコニーに現れた礼服を軽く着崩した男に、青年は声を上げた。

「マキューシオ?」

「ロミオ、急いでここから出るぞ。王子がお前を探してる」

「はぁ!? どうして!?」

「美人連れ去ってるからだこの馬鹿!」

 混乱する青年に、マキューシオと呼ばれた男は顎でシンデレラを指し示すと、ロミオの手を引いた。

「シンデレラ!!」

 そこへ更に怒鳴り声が耳をつんざき、シンデレラは青ざめて出入り口を凝視した。

「お義母様!?」

「何であんたがここにいるの!? 家の仕事は!?」

 白粉が割れそうなほど眉を吊り上げ、継母が踵を鳴らして駆け寄ると、シンデレラの腕を乱暴に掴んでぐいぐい引っ張る。

「それになぁに、そのドレスは!? まさか勝手にうちの金を使ったんじゃないでしょうね!?」

「違う、違うのお義母様! ごめんなさい……!」

 シンデレラは引きずられながらひたすらに謝った。その速度に片方靴が脱げてしまったが、拾うことも出来ない。

「あっ、君、靴が」

「急げってば! ここから飛び降りるぞ」

 青年が何事か声をかけたが、継母が恐ろしく、顔を上げることすら出来ないまま、シンデレラは城を後にした。




 深夜。ようやく仕事が終わり、シンデレラは窓辺に座って一息ついた。疲れた身体に冷たい風が気持ち良い。そう、まるで――

「まるで、あの舞踏会の夜のよう……」

 シンデレラは深いため息を吐いた。

 数日前の舞踏会に忍び込んだことがばれてしまったシンデレラは、継母と義姉達にきつい折檻と、これまでよりも多い仕事を言いつけられていた。

 当然だ。身をわきまえない行動だった。

「一度でもドレスを着て、舞踏会に参加出来た。それだけで充分、私は幸せよ」

 そう、それだけで充分だった。そのはずなのだが。

 どうやらお城では、落し物であるガラスの靴の持ち主を捜しているらしい。何でもその持ち主を妃にするということで、町は未だにざわついている。

 そのガラスの靴は、あの夜バルコニーに落としてきたシンデレラのものだろう。町の屋敷を順番に廻る城の使いがこの屋敷に来れば、もしかしたらシンデレラが履く機会もあるかもしれない。そうしたら、王子の妃となる。

「……ロミオ様」

 シンデレラは夜空を見上げ、ため息を漏らすように、バルコニーで耳にしたあの名前を口にする。

 あの青年の姿が、胸に焼き付いて締め付ける。静かに、悲鳴を上げるように、身体の奥から言葉が溢れた。

「ああロミオ様……どうして貴方はロミオ様なの? 貴方が王子様であれば、私は喜んでこの足をガラスの靴に差し出しましょう。城の使いではなく、貴方が迎えに来てここから連れ去ってくれるのならば、私はガラスの靴を捨ててみせるわ」

「シンデレラ」

 囁くような低い声に、シンデレラはびくりとして窓の下を見る。窓近くまで伸びた木の枝に、待ち望んでいた姿があった。

「ロミオ様!?」

「シンデレラ、その言葉通り、君を攫おう」

 木の上の青年ロミオは、にっこりと笑って手をこちらに差し伸べる。シンデレラは手を伸ばしかけ、表情を暗くした。

「でも、城の使いに見つかったらどうなるか」

「大丈夫。君がガラスの靴を捨てるなら、俺も全てを捨てて君を選ぶ覚悟がある」

 月明かりの下でも輝く瞳。あの夜、ひと目で惹き込まれた、意志の宿る瞳だ。覚悟の強さが声からも窺える。

「さぁ、こちらへおいで」

「でも……」

「まだ何か不安があるのか?」

「……私、灰を被っていて汚いのよ」

 ロミオはぽかんと口を開けると、必死に声を抑えながら笑った。




 夜の町を、二つの影がすり抜けていく。時折、街灯が静かにその影を捉えていた。

「誰かにつけられていないかしら」

 シンデレラが心配げに後ろを確認する。闇は濃く、今にも恐ろしいものが飛び出してきそうにさえ思えた。

 怯えるシンデレラの繋いだ手を撫で、ロミオが優しくなだめる。

「大丈夫だよ、さすがにこの時間、君の家の人は起きていないだろう?」

「ええ……そうね」

「修道士の知人がいるんだ。彼に取り持ってもらって結婚しよう。気休めにしかならないだろうが、君が靴の持ち主だとわかっても、既婚者であれば簡単に奪われたりはしないだろう」

 シンデレラの手を引いて、建物に隠れるように進みながらロミオが囁く。

「嬉しいわ。それにしても、何故私の居場所が分かったの?」

「君の母親を見たことがあったから、この数日探し回っていたんだ。君の家は娘が二人だったと思っていたから驚いたよ」

「継母なの……父が死んでからは、私は召使い同然だったから、知らないでしょうね」

「そうか、だからあんなに怒られていたんだね。酷い話だ。大丈夫、もう君の継母に怯えることはない。その身体の汚れも、教会についたら洗い流そう」

「ありがとう……幸せすぎて、何だか夢を見ているみたいだわ」

「あはは、夢なんかじゃ」

 ないよ、と笑った顔が強張った。

 何かに飛ばされるように手が離れたかと思うと、ロミオは石畳に前のめりに倒れた。

 背中からは、何か棒のようなものが伸びている。

「え、なに……?」

 よくわからなかった。恐らくロミオも分かっておらず、ゆっくりと身体を起こそうとして、あおむけに転がる。胸を、矢が貫いていた。

 こちらに震える手を伸ばす青年に、シンデレラは全身の血が引くのを感じた。隠れていたことも忘れて悲鳴じみた声を上げる。

「ロミオ!?」

「その名前を呼ばないで頂戴」

 ふいに後ろから声を掛けられ、目を見開いて振り返る。

 こちらへとゆっくりと歩み寄ってくるのは、一人の女性だった。品のある絹のドレスに身を包み、茶髪をだらりと伸ばした若い女性。その手には似つかわしくないクロスボウがずしりと携えられていた。

 シンデレラは息を呑んだ。

「あなた……あなたが撃ったの!?」

「そうよ」

 女性は淡々と答えながら目の前に立つと、くまだらけの目でシンデレラを睨め付けた。その深淵のような色に、びくりと肩を震わせる。

「何故あなたがここにいるのかしら? 分からないわ。ここにいるべきは私のはず」

「何を言っているの……?」

「生まれた時から、私とロミオは恋に落ちる運命だったの。これまでの人生、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとその日を待ち望んで生きてきたのよ。あの夜の舞踏会、あそこで私はロミオと出会い、恋に落ちる運命だったの。なのに何故? 何故数メートル先のあなたの手がロミオに取られたのかしら?」

 女の声は抑揚が無く、冷たくシンデレラを責め立てる。しかしシンデレラはきゅっと手を握り込み、その言葉を振り払った。

「そんなの、知らないわ! それより早く、手当てしないとロミオが」

「その名前を呼ばないで! ……って、言っているでしょう?」

 パンッと頬を打たれ、シンデレラは二、三歩後退った。女性がその肩を押し、シンデレラはバランスを崩して倒れ込む。

「あなたが悪いのよ、全部あなたが悪いの! あなたがロミオを誘惑したから、私の、私達の運命が狂ってしまったのよ!」

 地の底から這い上がるような声だった。女性は憎悪に満ち満ちた顔を背けてロミオの前に跪くと、まるで人が変わったかのように、その頬を優しく撫でて微笑んだ。

「ごめんなさいロミオ、待たせてしまったわ。今運命を戻しましょう?」

 その手がもう一本の矢を番え出す。

「待って、何を」

「あなたのせいで壊れた運命を戻すのよ。いいこと? ロミオとジュリエットは、死して永遠に結ばれるのよ。あなたには渡さないわ。絶対に」

 ジュリエットは憔悴した目でとても美しくにこりと笑うと、手にしていたクロスボウを自身の胸に押し当てて放った。止める間もなかった。

 シンデレラは悲鳴を上げ、折り重なった男女に這うように近づいた。

 ロミオは死に、ジュリエットも程なくして息絶えた。揺さぶっても、誰からも何も反応がない。

「やだ……、何で、何で!? 私の、私のせいで殺されたの? 私が悪いの!?」

 ロミオが死んだ。あの夜、ロミオと出会ったから? あの日、舞踏会に行ったから? 舞踏会に行きたがったから?

 泣きじゃくりながら、傍に落ちているクロスボウを持ち上げる。震える手で引き金を引くも、矢はなく何も起こらない。何度も何度も引いても、そこから矢が出てくることは無かった。

「ねぇ、何で私だけ生きてるの!? 私が悪いんでしょう!? 何で一緒に死なせてくれなかったの!? ねぇ! 置いていかないでよ!」

「何事だ!?」

「おい、人が死んでいるぞ」

「武器を持っている! 取り押さえろ!」

 声に気が付いた見回りの憲兵団が数名駆け寄り、シンデレラを羽交い絞めにする。

「やだ、離して! ロミオ、ロミオ! 殺して! 殺して頂戴!!」

 シンデレラの半狂乱の声は、一晩中響き渡った。







「うっわ、またあの声だ」

「何だ、びびってんのか?」

「だって急に叫びだすんですよ? かと思えば笑ってて、何なんですかアレ?」

「ああ、お前は新入りだから知らないよな。気の触れた犯罪者だが、何でも王様のコレらしく、殺すこともできずにこうやって城の地下に閉じ込めているらしい」

「本当ですか!?」

「あくまで噂だけどな」

「何だ。俺はてっきり魔女かと思ってましたよ。この前近づいてみたら、ネズミやらトカゲやらと楽しそうに喋ってるじゃないですか。カボチャの馬車に乗ってお城に行くんだとか言って……もう気味が悪くて」

「ここにいる限りはずっと付き合うことになる。覚悟しておけ」

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[良い点] 良い描写ですねぇ~ リアルさが感じられます。 [気になる点] 会話文は連続させすぎず、途中で行動描写などを入れておくといいですよ。 [一言] 僕もボカロノベライズを書いています。 お互い頑…
2015/01/14 06:53 退会済み
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