嫌勉強俺帰宅。遭遇妹
「やりたくね~!」
それからの下校中、俺は自転車のハンドルを適当に掴み、ペダルをため息をつくようにゆっくりとこいで家路に向かっていた。上半身は前傾姿勢、無論猫背だ。そんな俺の横を自転車に乗った二人の女子校生がセーラー服を靡かせつつ、きゃいのきゃいの言いながら走り去ってゆく。
「やりてー」
俺を抜き去ったとき、強風が吹いた。膝上4センチのスカートを穿いている少女のスカートがはためき、裾端にレースが施された黒ショーツが見えた。小ぶりなお尻を包み込む精緻なデザインの下着がサドルに乗っている。俺もサドルになって全国津々浦々女子のお尻に押しつぶされて生きてみたい。可愛い子限定。
しかし先生に引き止められていなかったらあのお尻に出会えなかった。人生、塞翁が馬である。
「あ、ちょいそこのチミ」
自転車を止めて見ず知らずの他人を呼び止める。
「はい?」
大学生っぽい眼鏡をかけた男が立ち止まった。
「さっき自転車に乗ってた子のパンティ、撮った?」
「はい?」
「撮ってないの? まさか!」
やれやれ。これだから最近の大学生は。言われたことだけやってればいいと思って、自分から何でも撮ってやろうという気持ちに欠けている。こんなことでは日本はお先真っ暗である。
「時に大学生よ」
「……なんだよ」
「少子化についてどうおもうよ? 大学のレポートで課されなかったか?」
「いーんじゃねー別に。自分で産みたい奴が産めばいいのさ。日本の経済なんて関係ねえ。っつーか自分の経済状況のほうが問題じゃねーか」
「ふむふむ。言いたいことは分かるよ大学生。だが君は重大な欠点を見落としている」
「何だよ。言ってみろよ」
「少子化が進むと」
「おう」
「可愛い子の絶対数も減るんだぜ。パンチラも胸チラも、女子高生も女子校生も」
「あ、そこ意味同じだから」
「ナイス突っ込みッ!」
俺たちは手と手を取り合った。
「ブルマも廃れた。セーラー服も廃れようとしている現代、これ以上美少女を減らしていいものか? いや、いいわけがない! 我々は~、美少女党である。なお私が美少女でないのはご了承いただきたい」
「俺も美少女になりてぇ!」
「ファッカー!」「あぎゃぁ!」俺は大学生を蹴り飛ばした。
へなちょこ大学生はアスファルトに吹っ飛ぶ。
「美少女が美少女を愛でてどうする! 俺たちにはペニスが必要なのだペニス~!」
「ペニス!」
「そうともペニス~」
「俺が間違ってたペニスよ。少子化反対~ペニス!」
「はんたーい!」
突如携帯が鳴り始めた。胸元のポケットから携帯を取り出した。画面には住友直人と表示されている。
「すまん、突然電話して。今大丈夫か?」
隣でペニスペニスと叫ぶ変態大学生を無視して俺は電話に出た。
「ああ、どうした? 何か用か?」
「あとでお前んち行っていいか?」
「んー、いいけど俺今日は勉強するからお前と遊んでらんないぜ?」
「いいよ。ちょっと遊びいくぐらいだからさ。何時なら大丈夫なんだ?」
「んー。六時、かな」
「分かった。じゃあとで」
「おう」
直人の電話を切ってから、やけに奴の口調が切羽詰っている気がした。いつもならまったりと話し合うこともある直人が、さっきはやけに声に力が入っていた。だが直人の事だ。「あたらしい素材ゲットしました!」といった破廉恥な話題を提供する程度だろう。
直人んちは俺んちから結構近くて、自転車で6分もあれば余裕でつく。あいつの性格は、簡単に言えば変態だ。下ネタ大好き、女の子大好き、アニメ、漫画、ゲーム大好きの格闘技人間だ。あいつとは中学時代からの付き合いだが、奴を理解するために一つエピソードを紹介しておこう。
以前奴は『こんにゃくで作るオナニーホール』という講義をした事がある。彼は事前に作成したレジュメをクラスメートに配布し、バンバンと教卓を叩いて「うぉ~い、始めますよ~?」と某生物の先生の物まねから始めやがった。
無駄に上手い物まねに生徒は爆笑し、「先生ほかの物まねやって~!」とリクエストが飛び交った。直人はビシッと左手を宙に掲げ、厳かに言い放つ。
「諸君、静粛に」
期待に胸膨らませた生徒たち、その瞳をまんべんなく眺め、直人は「我々にはオナニーがある」とのたまった。
「諸君、我々にはオナニーがあるのだ」
「二回も言うなって」という野次に向かって直人は眼を開いた。
「馬鹿な! 裕太。君はオナニーを馬鹿にするのか!?」
「だって先生がオナニーっていうなんて!」
「オナニーって何ですか?」
「ハーマイオニーの事だよ」
「お~、ハリーポッターか!」
各々が好き勝手な談義を始めようとするが、直人がそれを許さない。
「オナニーとは私の事だ」
この頃には笑いまくって痙攣する生徒が出始める。こういった生徒には何を言っても笑ってもらえる。うんこと連呼し、最後にちんこといっても笑うだろう。生徒の瞳が猥雑になる。「先生もオナニーするんスか?」
「いや」直人は微笑んだ。「私はオナニーしない」
途端に「嘘だ、先生が嘘ついた! センセの嘘つき! センセの嘘つき!」のコールが鳴り響いた。
直人は再び左手を掲げた。
「待て。私もかつてオナニストだった。しかし時は非情だ。年々ペニスが立たなくなる。だから私はオナニーはしない。ここぞという時のために、精子バンクに溜めておこうと思ってね」
まあ直人が下ネタ連発しただけの講義だったわけだが、同級生には受けに受けた。これにより直人は一部から「先生ッ!」とからかい半分で言われるようになったが、この授業が学年主任にばれて、直人はその後三日間、給食のデザートを没収された。直人が女の子の次に愛していたデザート。プリン、ケーキ、揚げパン。しかし直人は抗議しなかった。直人の代わりに先生に文句を言おうとしたクラスメートを直人は引きとめ、諭した。
「たかが下ネタごときで処分するような教師だ。文句言ったらお前も嫌われるぜ。気にするなよ。だけど俺は、今後も言い続けますよマジな話。だって下ネタ好きだもん」
直人はオナニーホール、バイブ、ローター、首輪、手錠、荒縄など様々なアイテムを自室に所持していた。奴はその殆ど全てを先輩から預かったものだと弁解したが、本当の所は分からない。だが──これは直感だが、奴もまだ童貞だ。そんな気がする。奴とじゃれあう度に何となく思う。
途端に今日の勉強の事が頭に浮かんだ。
「やりたくね~!」
散々に大声で叫び、歌い、現実逃避をした後、家に帰り着いた。
サッカー仲間へ謝罪したのが30分前。自転車をキーコラこいで、やっと家まで帰ってきた。学校から家まで約4キロだが、いつになく遠く感じられた。
曇天の空を駆け巡る電線と烏の群舞。夕方を越えると、辺りは薄暗くなる。いつもならそこらのぺんぺん草にさえ愛想を振りまく俺が、何の感慨もなく自宅の駐輪場に自転車を置き、跨っていた足を雑草の上に降ろし、踏みつけ、玄関のドアを開けた。
「うぅ~いィヒッ! 旦那様のお帰りですよ~?」
玄関先でわめいても誰の返事も返ってこなかった。至極真面目に靴を脱ぎ、居間に入るやいなや、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
「キャーーーーーーーーーーー!!」
妹の千佳がバスタオル一枚で俺の前に登場し、右手でチョップしてきた。ハイスピードで振り下ろされる手刀を、膝をがくんと曲げて上体をのけぞって避けたが、千佳の手は俺の、ちんちんを直撃した。金玉のちょうど真ん中、ちんちんに渾身の一撃を叩きつけられ、情けないうめき声を上げて倒れてしまった。
途端に股間を襲う激痛に、我に返る。俺はさっき、大事な箇所を妹にスパンキングされた。起き上がろうとするとちんこに激痛が走り、顔をしかめた。
千佳は目の前でおろおろしていた。巻いていたバスタオルが緩み、胸のふくらみが見える。
「お兄ちゃんッ!」
千佳……。
「何?」
目を潤ませて安堵している千佳に言った。
「胸、見えてるぞ」
直後、耳をつんざく激しい悲鳴とともに、千佳は地面に落としてしまったバスタオルを手にとって体に巻きつけた。咄嗟に巻いたせいで頭まで白のタオルに覆われている。
うぅ~、と唸る千佳の声が耳に心地よい。きっとタオルの中には真っ赤な顔があるのだろう。思わず苦笑する。笑い声に千佳の悶えた声が唱和する。
「うぅ~、お兄ちゃん酷いよ」
頭だけタオルを剥いで、朱色の妹が抗議する。
「最初からずっと起きてたの? 私が裸なの知ってて」
「あのなぁ、んな暇なことするかよ」
「むむっ。何それ? 私のナイスバディー馬鹿にしてる?」
千佳はタオル越しに「ふんっ!」と胸を突き出してきた。タオルで体隠しながら自慢することだろうか?
「千佳ちゃん? 服着まチョウね~」
「ムカつく!」
「ほら分かったから服着ろって。ほら」
「わ、分かったわよ」
いそいそと千佳が廊下へかけてゆく。前半分を隠しているだけだから尻はもろ見えだった。中2にしては丸みをおびたお尻、水泳で鍛えたカモシカのような脚が廊下に消えた。
千佳がいなくなってから、笑いがこみ上げてくる。
いつもの千佳だった。数日前告白されたのが信じられないくらい、俺と千佳の関係は以前のままだ。千佳は相変わらず何事にも真剣で、俺は相変わらず適当だった。だが、勉強だけはしなくちゃいけない。あの先生の事だから憶測を交えた噂話を生徒に披露しないだろうが、聞かされた生徒はアレンジするに決まってる。
居間に転がっている鞄をあけて、中のプリント、教材などをテーブルの上に並べた。暗記すべき単語が145個。そこからテストに出るのは8個。後の2個は文法問題。必ず出るものだけ勉強できれば効率的だが、世の中そんなに甘くない。
とりあえず書こう。書いて覚えていこう。
「痛ぅ」
すこし動くだけで股間がズキズキ痛むが、千佳のお尻を見られたので良しとしよう。ってふざけんなッ! そうじゃねえ!
俺が本腰を入れるまで、それから十数分かかった。