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人生は勉強の連続だと誰かが云った。俺は遊びたいんだ。

 童貞がそんなに悪い事だろうか。智彦は素直にそう思う。確かに恋愛し、性交し子を作るのが人間社会形成の重要な一過程なのは否定しないが、「高校生にもなってマダ童貞ですか?」という揶揄はあまりにも酷すぎはしないか? いや酷い。

 それを言ったのは悪友・住友直人だが、実はそいつも童貞だ。お前は他人を馬鹿にする前にまず自分が彼女作れと。

「はぁ……」

 そんな事はいい。俺にはやることがあるのだ。自転車の前カゴに置いた鞄を忌々しく眺めつつ、しばし嘆息した。

 鞄の中には英語の教科書、グラマー、英和辞書、和英辞書が詰まっている。今から家に帰って明日の小テスト対策をする必要があった。本来なら近くの公園でサッカーをやる予定だったのが、断りの連絡を入れる暇もなく捕まった。つい一時間前の午後四時のことだ。



 午後四時三分前、担任の佐藤美樹が俺に教室に残るように言った。教卓にしつらえてある椅子に先生は座り、俺にそこらの椅子に座るよう言った。

「なぜ君に残ってもらったか、分かる?」

 佐藤美樹、25歳。モデルかと思えるほど美人で独身、明朗快活で授業も面白い。生徒の下ネタにもそれなりについてける包容力を持つが、何よりも特筆すべきはその胸である。

 諸君、やはり神が人類に与えたもうた奇跡は胸だとは言えまいか。いや言える(反語)。

 先生のしっとりとした黒髪はストレートに腰まで下り、胸はEカップと豊かだ。先生が廊下を歩く度バストが揺れ、男子生徒から「ヤリスギだ」という声が漏れる。その動きたるや圧巻で、計測不可能の大地震だ。どっちに揺れるか分からないが、どこへ揺れてもまた戻る。

 振り子の法則万歳。ニュートン最高。

「トモくん?」

「胸は、生きている……」

 先生がため息をついた。

「トモくんの今回の小テスト。何点か覚えてる?」

「はい! 1点であります先生」

「ん。元気があってよろしい。で合格ラインはいくつだっけ?」

「8点です先生」

「ん。分かってるじゃない。じゃあこの小テスト告知は何日前?」

「今日の授業中、アウチッ」

 その時、先生お手製のハリセンがマッハで俺の鼻を叩いた。鼻の先がひりりと痛む。

「暴力反対! 婦女子暴行現行犯で逮捕します!」

「これは粛清です。それはともかくぶー!」

 先生が大仰に両手を胸の前で交差させると、二の腕で豊かな胸が持ち上がる。

左手のハリセンを教卓の端に置いて、眼鏡をずり上げながら言う。

「一週間前です。忘れたの?」

 俺は首を縦に振って頷くと、先生も首をかくんと落とす。

「分かりました」

 先生は教卓の上にある教科書をぱらぱらとめくり始め、「トモくんメモして」

と言いつつ黒板に白いチョークで数字を書き込んでいった。


 56-63 71 74-80


「貴方には明日、小テストをやってもらいます。範囲はコレ。開始時間は放課後の4時15分。逃亡は許しません。欠席も、病欠も、合格ライン未満も許しません。ドゥユアンダスタン?」

「いぇー──え?」

 俺はノートにその数字を書き込みながら、それが理解できなかった。問題範囲がやけに多い。今日の小テストの二倍ある。

「えっと、先生。範囲増えてますよ」

「悪い?」

「ごめんなさい、それでいいです」

「『それで』って何よ。素直に喜びなさい」

「わーい、やったぞ~! すごいや!」

 先生が頭を抱える。

「先生、大丈夫ですか?」

「貴方の頭よりは平気よ。とにかく勉強なさい。もし不合格だったら、昨日街中で妹さんと抱き合ってたの皆にばらすわよ」

「エ!? 俺、そんなことやってないですよ!」

 俺は立ち上がった。先生は目を細めて「ま、言いふらされたくなかったらちゃんとやるのね」といって立ち上がった。

「ま、待ってくださいよ先生!」

「あら、言い訳? それとも賄賂?」

 俺は舌打ちした。「やりますよ。やりゃあいいんでしょ!」

 先生は微笑んだ。「つくづく強情ね。でもやる気になってくれて嬉しいわ」

 先生は教室のドアに手をかけ、ガラガラッとドアを開けた。

「じゃあね。頑張って」

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