スティラ
「今回もありがとなー、お陰さまで無事に着いたよ。スティラ様様だなー」
魔物が巣食う陰鬱な森から、騒々しい活気溢れる大きな街へと、小さな行商の一団は門をくぐった。
「いや、そんなに魔物も出なかったし…そこまでお礼を言われるほど…」
「なーに言ってんだよ!こんな少ない謝礼金で用心棒やってくれる変わり者は、スティラだけなんだからな」
その先頭で荷車を引く馬を操るのは、褐色の肌で薄茶の髪をひとくくりにした、鮮やかな海色の瞳をもつ快活な青年。彼は隣に座る濃紺の肩までのくせ毛と落ち着きを払った黄昏の瞳、表情の変化が乏しく女性にしては物珍しい帯剣をした少女ースティラに懐から袋を取りだし少々粗雑に手渡した。少ないと言っても一般人の月収ほどもある額だ。彼女はそれを有り難く受け取った。
「私もこの街に来たかったし、少なくてもそのついでで金が貰えるなら一石二鳥だ。それに女の用心棒を雇う変わり者もトールだけだと思うが」
「おまえ下手な用心棒雇うより信頼もあるし、何より腕が立つからな。女ってだけで雇わねーんなら、勿体ねー奴等だってオレ思うぜ?」
青年ートールはやれやれと肩をすくめる。しかし、彼とは付き合いが長いからこそで、普通に考えて女、しかもまだ少女とも呼べる年若いスティラを傭兵に雇うなど有り得ないことだろう。彼の言葉は嬉しいが、彼女は冷静にそう思っていた。
「まぁ、そのお陰でオレたちみたいな貧乏行商団の用心棒やってもらってるようなもんだけどなー。…あ、そういやどうだ?あのおっさんはまだ見つかんねぇのか?」
傍目からも分かるように、ふっとスティラの表情が曇った。
「…ああ…」
二年前にとある国の戦乱に巻き込まれ生き別れてしまった、孤児だったスティラを拾ってくれて、一人で生きていけるようにと剣を教えてくれた唯一の家族と呼べる師匠。それからずっと捜し続けているものの、まるで消えてしまったかのように、ほんの少しの情報も手に入らない。
「そっか…まぁ、でもあんだけ強ぇおっさんがころっと死ぬわけないし、相変わらずどっかで酒呑んで管巻いてるって」
心配すんなよと、トールは快活な笑顔でスティラの肩を軽く叩き、彼女もそんな彼に励まされ、小さく微笑んだ。
「よし、もうすぐ着くな。スティラも一緒に行くか?」
「いや…私はギルドに行くから、良かったらここで下ろしてくれないか?」
「ああそっか、こっからの方が近いもんな。んじゃ、ありがとうな。しばらくはあの市場にいるから、なんかあったら来いよ」
「ああ、そうする」
スティラはその場で下ろしてもらい、トールや気の良い馴染みのある行商団員と別れの挨拶をして、その場を後にした。