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終章

 夏が来るたびに、今年の夏は暑い、と聞く。


 まさに、今、熱い夏を送っている岡村さんは、放送部のコンクールのために、練習の毎日だ。

 美声を保つために、夏でもマスクは必須アイテム、とか。

 岡村さんがいない分、私が絵本や紙芝居を担当する機会が増えた。

「実践こそ、上達の一番の近道! 命短し 恥かけ 乙女!」

 この間、そんな言葉を書いた紙が、私の背中に貼られていた。

 だからさ。

 みんな、気がついたら言おうよ!

 


 ミチカの話によると、リーダーとその子が揉めることは、少なくなったようだ。

「でも、仲良しってわけじゃないよ」

 全然だよ、とミチカは言う。

 そりゃ、まぁ、そうだろう。

 でも、二人の間に、ミラクルがおきればいいなぁとは、思う。

 あのリーダー、頭のいい子だ。

 その頭の良さに、何かが加われば(それがわかれば、私も教育者だ!)うまくいくんじゃないかと思うから。

 少なくても、自分の命をかけてあんなことをするなんて、無茶な真似はしなくなると。


 そして、あの日容態が悪くなった妹ちゃんも、なんとかそれを乗り切り、再び快復に向かっていると聞いた。

 




 そして、私たち、紙芝居サークルといえば。


「うーっ。暑いなぁ」

 伍代君が、団扇でパタパタと仰いでいる。

 四条君は、首に塗れたタオルまで巻いていた。

 内線だけでなく、空調の調子までよろしくない我が文芸部部室……でなく、紙芝居サークルの部屋は、窓は全開、扉も全開の虫さんウエルカム状態。 

 

 そんな中で、私たちは、片手に団扇片手に絵筆を持ち、作業をしていた。

 作業といえば、紙芝居作りに他ありませんよ。

 私達はなんと、二作目と三作目の紙芝居制作に入っていたのだ。

 

 それと平行して、一作目の紙芝居をひっさげ、保育園、児童館、はたまた老人ホームでの上演をこなしていた。

 で、話は戻って、私の背中に貼り紙がついちゃう事態になったわけ。

 


 どこからどうなったのか。

 ともかくミチカの小学校での上演が、伝説的な評判になってしまい、「紙芝居サークル」への問い合わせが、ハネグンに多く寄せられるようになったのだ。

 一風変わった紙芝居をするとか、なんとか。

 

 今までハネグンには、こういったボランティア活動をする団体が少なかったようで、地域からのニーズにもあっていたようだ。


 この間の朝、部室の鍵を取りに行った時に、私は山中先生に呼びとめられた。

 先生は、にやりと笑い私の顔を見た後、「三矢の才能がいかされる場所が、あっただろ」なんて言ってきた。

 

 才能かどうかは、微妙だけど、まぁ、うん。

 私のほら話が、一般的に見ても需要があったのだってことは ―― 嬉しい。

 

 更に、山中先生は、ジュースの差し入れまでしてきた!

 ちなみに、文芸部時代は、そんなことは全くなかった。

 水、一滴だって出やしませんでしたよ。

 まぁ、いいんですけどね。

 

 



 双葉は、そう、あの日から、何事もなかったかのように、サークルに戻ってきた。

 なにをどう考えて戻ってきたのかは知らないけど、きっといつかそういった気持ちも聞けるかもしれないなぁと思っている。


 そうそう。

 双葉は、戻ってくるとき、一人じゃなかった。

 葛原さんを連れてきたのだ。

 彼女は、葛原さんは部室に入るなり、前屈のように頭を下げ(どうでもいいことだけど、体がすごく柔らかい!)、紙芝居の件について、きっちりと謝った。

 そして私を見るとスタスタと、それこそ顔がつくんじゃないかってほど側に来ると、「双葉君とは、つきあってなんかないから」と言った。


 双葉は葛原さんのことを彼女と呼んでいたから、結局双葉がふられたってことなんだろうか。


「どう考えても、何度考えても、双葉君って、変わり者だと思う」

 一緒に作業をする中で、葛原さんの口からそんな話があった。

 あの日、図書室に閉じ込められた日、葛原さんは双葉に「とても不安だから、何かしゃべって」、とお願いしたそうだ。

 窮地での乙女の願いだ。

 すると双葉は。

「ねぇ、信じられる? 双葉君って、延々と、日本国憲法を暗唱しだしたのよ」

 それを聞いて、葛原さんは決意をしたそうだ。

 こんな顔だけいい男とは、つきあっても楽しいことは一つもないと。

 それ以前から、テレビのドラマも、バラエティも見ない双葉とは、どうも会話がかみ合わなかったそうだ。

 しかも、ちっとも大切にしてくれないと。

 学校の最寄り駅までは一緒に歩くものの、家まで送ってくれたためしがないと。

 メールを送っても返事はこないから、毎日の放課後に一緒に駅まで歩くだけでも、すっごい努力がいったと言うと、ため息をついた。

 待ち合わせなんかしていないので、毎日授業が終わるたびに双葉のクラスにすっ飛んで行き、それで双葉をつかまえて帰った、というのが真相だそうだ。

 ようは、ちやほやしてくれないといったことらしい。


 それでも葛原さんが、サークルに入ったのには、何かわけがあるのだろう。

 思うところがあるのだろう。

 ちらりと、「山中先生」とか、「大学推薦が」って言葉を聞いたような気がするけど、それは気のせいにしておく。



 動機は、なんでもいいのだから。



 あの日、結局読むことができなかった葛原さんの「八郎」は、夏休みになってすぐに招かれたほかの場所で朗読され、絶賛された。

 特に、老人ホームでは、すさまじかった。

 その評判を聞いた岡村さんが、「この、ジジババ殺し」と葛原さんに言う瞬間を私は見てしまった。

 そして、二人の目と目に火花が散ったのも。


 美しき女の闘い、勃発である。










「そよちゃん、そーよーちゃん」


 私の、起床を拒否する体に向い、ミチカがくすぐりをいれてきた。

「そよちゃん、起きて~! お話会だよ」

 その言葉に、ぱっと目覚める。

「そよちゃん、髪の毛が爆発してる」

「あぁ、髪の毛なんてどうでもいいの」

 あとで帽子でも被ればOKと、ミチカに言うと、いつものように、床に落ちているシャツとジーンズを拾い、慌ててはいた。


「そよちゃん、お弁当OKだよ」

「うーん。ミチカ、素敵」

 ミチカに投げキッスをしたあと、急いで顔を洗って歯を磨いた。

 ミチカと一階におりると、お母さんの笑い声とともに、「あ、三矢さんおはよう」なんて爽やかな声が聞こえた


 双葉だ。


 どういうわけか、夏休みに入ってから、私の周りの双葉率が高くなっている。

 空気中の双葉成分が、濃い。

 

 はじまりは、生島絡みだった。

 血のりの出所を聞いた双葉が、それは是非生島さんにお礼を言いに行かないといけないと、言いだしたのだ。

 いや、べつに、そんなのメールでいいし、と断ると、双葉はまるで私を軽蔑するような、ため息をついた。


 メール、メールってなんでもメールで済ませちゃだめだよ。

 これだから、昨今の若者は、って言われるんだよ。

 いいかい、三矢さん。

 この間の事に、あの血のりがあったのと、ないのでは、世界は全く違っていたんだよ。

 あれがあったからこそ、ぼくだって冷静に三人と渡り合えたんだから。

 そういったこと、生島さんに全ては説明できないけど、感謝の気持ちは、きっちり表さないと。

 メールじゃなく、直接会って話すことが大事だよ。


 双葉の話に、なるほどそうかもしれないと思った私は、生島を呼び出し……たら、年下ホラー彼氏もついてきて、結局四人でお茶という、奇妙な展開になった。

 また、それを地元の友人にばっちり見られ、「そよの彼氏、すごいらしいね」なんて、全く連絡をとっていなかった友人からまでメールが舞い込む始末だった。


 そして生島!


 私が、血のりのお礼を言ったら、はぁ? という顔をしてきた。

 そして、ぎゃぁ! とも。


「血のり? あ、あれれ。 私、そよには漬物を渡したつもりだったけど」と言うと、「お漬物おいしかったです」と、年下彼氏がはにかんだ笑顔を向けた。


 どうやら、生島は、漬物と血のりを間違えたらしい。

 両方ともビニール袋に入れたあと、同じような紙袋に入れたらしい。

 

 それにしてもなんで血のりなんかを、と聞いたら、今年の文化祭で、図書委員はホラ―ハウスをすることになり(どーいう、図書委員だ!)、ネットで血のりの作りかたがあったらか作ってみたらしい。

 口に入れても平気ってことなので、年下君にも「それ、大丈夫だった?」と聞いたら、「少しすっぱいけどおいしかったです」と返ってきたので、ふーんと思ったとか思わないとか。

 とはいえ。

 「あのさ、朝一番にメールしてきて、漬物を渡すとかって、ないでしょ」と私が言うと、「だって、早く渡さないと忘れちゃうじゃない」と生島が言った。 

 ……人の行動には、その人なりの理由があるってことだな。


 でも、間違いとはいえ、今まで生島からもらった「いいもの」の中で、血のりは間違いなく一番の「いいもの」であることに変わりはなかった。

 面白いものである。




 そんなことがあってから、双葉は、何故か我が家に入り浸るようになったのだ。

 朝起きると、必ずといっていいほど、双葉がうちの両親と朝食を食べているのだ。


「ほら、双葉君ところ、お母さんは看護師さんだし、お父さんもお医者様だし、家には誰もいないことが多いみたいだし」それに、自転車ならうちまで十五分だっていうし、っていうのは、お母さん情報だ。


 自転車で十五分?

 ほんとかよ。

 双葉のお父さんが、医者? 

 確か、二十五歳を過ぎてから、めっきり物覚えが悪くなったっていう人じゃなかったか?


 まぁ、私も、双葉に弟になれと言った手前、このことにやぶさかではないが、なんとなく親の反応が私が思うのと違うのが気になる。


 気になる、が、まぁいいや。


 双葉は、いい奴だから。




「じゃあ、行ってきます」

 朝ごはんも食べずにミチカと手を繋ぎ、表に出ようとすると、双葉が私の頭に麦わら帽子をのせてきた。

 双葉を見上げる。

「ありがと」

「どういたしまして」

 双葉が笑う。

 

 ふむ。

 待てよ。

 お世話するのは、私の役目じゃなかったっけ?





 私達が、外に出で歩き出すと、わらわらと子どもたちが集まりだした。



 私の後ろに、子どもたちの列ができる。

 みんな、私の話を待っていてくれる。

 足取りも軽やかに、公園へと進む。


 青い空。

 注ぐ陽の光。

 こぼれる、緑。


 胸一杯に、幸せが広がる。

 好きなことができる幸せ。

 大好きと思える、人達。




「そよちゃん、今日のお話なぁに?」

 後ろを歩く子から、弾むような声で聞かれる。

「うん、今日の新作はねーー」




 さて、今日も楽しいほら話を、繰り広げましょう。




 私は、ハネグンのほらふき娘。



(了)


最後まで、ありがとうございました。

感謝です。

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