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「絶対に、担任が来るまで出ないから。担任が来たら、謝らせる。絶対に、謝らせる」
リーダーが、ぶつぶつと呟く。
「ショックだよね」
「え?」
あ、声になっていたか。
「ええと、悲しいよねって」
「……はぁ?」
「あ。だから、自分の大切なものが誰かに盗られるって、ショックで悲しいじゃない。って私も、最近あったから、そういうこと」
紙芝居が、机の上にないのを見たとき。
池の中に、捨てられているのを見た時。
盗ったのは誰だろうとか、捨てたのは誰だろうといった思いより、まずはショックが先に来た。
あるべきものがないショック。
自分の大切なものに、誰かが手を出し、どうにかしてしまったというショック。
悲しくもあった。
なんで、どうしてと。
そんなことは、して欲しくなかった。
自分の大切なものに、悪意が向けられたことが、悲しかった。
……悲しかったのだ。
犯人が誰だとか、どうして盗ったのだろうといった気持ちは、むしろ後から出てくるものだったから。
たとえ犯人が見つかって、物が出てきたとしても、それで盗られたときのショックや、向けれらた悪意が消えるわけじゃないのだ。
この子にも、そんな思いがあったのかもしれない。
なのに、この子の周りの大人は、「持ってきたのが悪い」とか、「盗ったのはあの子だなんて、証拠はない」とか、「証拠がないのに、そんなことを言うな」とか。
それは、そうだけど。
そうだろうけど。
でも盗られた側の気持ちは、周りとは少し違うところにあるのだ。
「ご、ごめん!」
突然、一人の子が言った。
窓を閉めていた子だ。
「お、俺、全然、盗るとか、そんなんじゃなくて」
ぶるぶると震えながら言う。
「アサヒのゲーム機。机の上に置いてあって、いじろうとしたら、ちょうどあいつがきて、だからそのまま自分の鞄に入れて」
そこに、みんなが戻ってきて。
ゲームがないと、その子が盗っただろうと話になって。
「どんどん話が大きくなって、あいつは盗ってないって、先生にランドセル持ってって見せて」
そこには当然、入っていなくて。
「そしたら、アサヒが先生に仕返しをするって言い出して。やばいって思ったけど、仲間に加わらないと疑われるし」
ごめん、ごめんとその子は謝る。
「でも、ほんと、盗るとかそんなんじゃなくて、ただちょっとさわってて、そしたらーー」
そして、その子はまた同じことを繰り返した。
「それに、アサヒんとこ、たくさんゲーム機あるからいいやって、お金だってあるし。無理に返さなくてもって。だって、返すと、おれが悪者になるし……」
「はぁ? なんだよ! おまえかよ! そうなら、早く言えよ!」
「い、言えないよ! だから、そう言ったろ。そうしたら、今度は、俺がいじめられるし」
「泥棒なんだから、しょうがないだろ!」
「だから、盗ろうとしたわけじゃないって」
扉がノックされた。
外に、一人の若い女性が立っていた
「先生だ」
「木村先生だ」
子どもたちが、どよめきだす。
先生とリーダーの視線が合う。
少しの睨みあいのあと、リーダーが扉を開けにいった。
「アサヒ君。手紙ね、今、読んだの」
扉が開くなり先生が言った。
「手紙じゃない、声明文だ」
「そっか。声明文か。それで、先生が謝れば、アサヒ君はもうこれをやめてくれるの?」
「……」
「先生は、あの子がやったんじゃないって、今でも思っている。でも、アサヒ君のゲーム機がなくなってしまって、見つからないのも事実だよね。それは、誰かの物を盗ってしまう子がいるってことは、先生の指導のしかたが悪いってことだから」
「違う」
「え」
「先生は、関係ない」
リーダーはそう言うと、さっきまで言い争っていた子をじっと見た。
その子の顔が青ざめる。
「アサヒ君。先生、あのとき 君の気持ちを聞かなくて悪かったと思っている。持ってきたのがいけないとか、犯人はあの子じゃないとか。考えたら、アサヒ君の気持ちを、物を盗られた気持ちを、ちっともわかっていなかった。ごめんなさい」
先生が頭を下げた。
その理由は、リーダーが思うところとは別だったようだが、リーダーは頭を下げる先生をまじまじと見ていた。
「あ、なんか。ばからしい」
リーダーの周りにあった張りつめた空気が、ふっと和らいだ。
「みんな、ばかばっかで、いやになる」
そう言うと、リーダーはバンダナを外し、「もう、やめる」と先生に言い、二人の子に対しても「帰ろう」と言った。
終わった?
これで、おしまい?
子どもたちが外に出るのを待っていた木村先生とベテラン先生は、私たちに頭を下げると、三人のあとをついて歩き出した。