表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/67

63

「絶対に、担任が来るまで出ないから。担任が来たら、謝らせる。絶対に、謝らせる」

 リーダーが、ぶつぶつと呟く。


「ショックだよね」

「え?」

 あ、声になっていたか。

「ええと、悲しいよねって」

「……はぁ?」

「あ。だから、自分の大切なものが誰かに盗られるって、ショックで悲しいじゃない。って私も、最近あったから、そういうこと」



 紙芝居が、机の上にないのを見たとき。

 池の中に、捨てられているのを見た時。

 盗ったのは誰だろうとか、捨てたのは誰だろうといった思いより、まずはショックが先に来た。

 あるべきものがないショック。 

 自分の大切なものに、誰かが手を出し、どうにかしてしまったというショック。

 悲しくもあった。

 なんで、どうしてと。

 そんなことは、して欲しくなかった。

 自分の大切なものに、悪意が向けられたことが、悲しかった。

 ……悲しかったのだ。


 犯人が誰だとか、どうして盗ったのだろうといった気持ちは、むしろ後から出てくるものだったから。


 たとえ犯人が見つかって、物が出てきたとしても、それで盗られたときのショックや、向けれらた悪意が消えるわけじゃないのだ。


 この子にも、そんな思いがあったのかもしれない。


 なのに、この子の周りの大人は、「持ってきたのが悪い」とか、「盗ったのはあの子だなんて、証拠はない」とか、「証拠がないのに、そんなことを言うな」とか。


 それは、そうだけど。

 そうだろうけど。


 でも盗られた側の気持ちは、周りとは少し違うところにあるのだ。


「ご、ごめん!」

 突然、一人の子が言った。

 窓を閉めていた子だ。

「お、俺、全然、盗るとか、そんなんじゃなくて」

 ぶるぶると震えながら言う。

「アサヒのゲーム機。机の上に置いてあって、いじろうとしたら、ちょうどあいつがきて、だからそのまま自分の鞄に入れて」

 

 そこに、みんなが戻ってきて。

 ゲームがないと、その子が盗っただろうと話になって。


「どんどん話が大きくなって、あいつは盗ってないって、先生にランドセル持ってって見せて」

 そこには当然、入っていなくて。

「そしたら、アサヒが先生に仕返しをするって言い出して。やばいって思ったけど、仲間に加わらないと疑われるし」

 ごめん、ごめんとその子は謝る。

「でも、ほんと、盗るとかそんなんじゃなくて、ただちょっとさわってて、そしたらーー」

 そして、その子はまた同じことを繰り返した。

「それに、アサヒんとこ、たくさんゲーム機あるからいいやって、お金だってあるし。無理に返さなくてもって。だって、返すと、おれが悪者になるし……」

「はぁ? なんだよ! おまえかよ! そうなら、早く言えよ!」

「い、言えないよ! だから、そう言ったろ。そうしたら、今度は、俺がいじめられるし」

「泥棒なんだから、しょうがないだろ!」

「だから、盗ろうとしたわけじゃないって」


 扉がノックされた。


 外に、一人の若い女性が立っていた


「先生だ」

「木村先生だ」

 子どもたちが、どよめきだす。

 先生とリーダーの視線が合う。

 少しの睨みあいのあと、リーダーが扉を開けにいった。


「アサヒ君。手紙ね、今、読んだの」

 扉が開くなり先生が言った。

「手紙じゃない、声明文だ」

「そっか。声明文か。それで、先生が謝れば、アサヒ君はもうこれをやめてくれるの?」

「……」

「先生は、あの子がやったんじゃないって、今でも思っている。でも、アサヒ君のゲーム機がなくなってしまって、見つからないのも事実だよね。それは、誰かの物を盗ってしまう子がいるってことは、先生の指導のしかたが悪いってことだから」

「違う」

「え」

「先生は、関係ない」

 リーダーはそう言うと、さっきまで言い争っていた子をじっと見た。

 その子の顔が青ざめる。

「アサヒ君。先生、あのとき 君の気持ちを聞かなくて悪かったと思っている。持ってきたのがいけないとか、犯人はあの子じゃないとか。考えたら、アサヒ君の気持ちを、物を盗られた気持ちを、ちっともわかっていなかった。ごめんなさい」


 先生が頭を下げた。

 その理由は、リーダーが思うところとは別だったようだが、リーダーは頭を下げる先生をまじまじと見ていた。


「あ、なんか。ばからしい」

 リーダーの周りにあった張りつめた空気が、ふっと和らいだ。

「みんな、ばかばっかで、いやになる」

 そう言うと、リーダーはバンダナを外し、「もう、やめる」と先生に言い、二人の子に対しても「帰ろう」と言った。




 終わった?

 これで、おしまい?



 子どもたちが外に出るのを待っていた木村先生とベテラン先生は、私たちに頭を下げると、三人のあとをついて歩き出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手 by FC2

cont_access.php?citi_cont_id=270017545&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ