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「ぼく、アレルギー持ちなんだ。だから、これを食べたら大変なことになる。死ぬかもしれない。そうしたら、その人、人殺しだから」
重度の食物アレルギーが、死を招くことは聞いたことはある。
しかし、この子をそこまで動かした、「不当な扱い」ってなんだろう。
「ねぇ、ねぇ、紙芝居は?」
「紙芝居、やんないの?」
じりじりと時間が過ぎる中で、子どもたちが、私たちに向かい聞いてきた。
「……紙芝居」
子どもたちは、物語を待っている。
一方、男の子三人は集まり、何かを相談しだした。
そして、その中の一人が、バンダナを外すとさっと図書室から外に出て行った。
「おばさん、紙芝居をやっていいから」
「え?」
この中で?
「紙芝居、やってよ」
リーダーの言葉を受け、双葉を見ると、彼は頷いた。
――よし。
葛原さんに、「紙芝居、やるから」と言うと、「嘘でしょ」と、吐き出すよう声で言われた。
嘘じゃない。
やるから。
私は紙芝居を持つと、前に進んだ。
この監禁劇は、小学生がしていることだ。
そうとはいえ、びびっている。
足が、震える。
そんな情けない自分を感じつつ、双葉の頷きに鼓舞されるよう前に進んだ。
そして舞台用として整えた机に、紙芝居を置き、部屋を見回した。
不安な顔の子もいれば、この状況に全く気がつかない子もいる。
いろんな表情をした子たちが、一斉に私を見た。
その顔を見ていたら、肝が据わった。
物語を届けよう。
子どもたちを、物語の世界に連れて行くのだ。
伍代君が、『夢』に出てきた私のことを、「ハメルーンの笛吹男」のようだと言った。
私がこれからする物語は、名作でもなんでもない「ほら話」だ。
でも、これで、少しの間でも子どもたちを、現実の世界から逃避させることができるのなら。
それだけでも、この物語を書いた意味がある。
私は、ハネグンのほらふき娘だ。
「紙芝居を始めるよ! みんな、これが見えるところまで集まって! 座って!」
大きな声で、子どもたちを呼ぶ。
すると、部屋のあちこちに散らばっていた子どもたちが、わっと私の前に集まり、ぺたんと座った。
たったそれだけのことでも、不安な顔の子が少し減った。
よし。
「みんな、この絵が見えるかな。見えない子は、少しずれてね。小さな子は前に来て、少し大きな子がかわってあげてね」
私が声をかけると、子どもたちはお互いをきょろきょろと見て意識し出した。
そして、小さな子は前に、少し大きな子は後ろへと移動した。
「はい! ではでは。物語をはじめます。これからはじまる物語は、世界で、まだだれーも聞いたことがない、できたばかりの物語です。題名は『北風と太陽と雲』です。みんなの中で、この題名を聞いたことがある人!」
私がそう聞くと、何人かがうわっと手を挙げた。
「旅人のコートを脱がすやつ」
「太陽が勝つやつ」
子どもたちは、「北風と太陽」の話を始めた。
「うん。でも、それに、雲は出てきた?」
私がそう聞くと、「雲?」「雲は、出てこない」と、子どもたちの声がした。
「なら、この物語は、正真正銘、みんなにとってはじめての物語だよ。みんなが知っている物語と、どうちがうかな? では、では、はじめますね。『北風と太陽と雲』」
そして私は、紙芝居を読み始めた。
北風と太陽が勝負しようとしたところに、雲がやってきたところで、子どもたちが反応した。
あれっ、という顔をした子や、これは知らない話だ、と言う子もいた。
風車が、回るところで、また反応があった。
同じような表現や、フレーズは読んでいても心地いい。
そんな風に物語が進む中、三人の少年たちの様子に動きがあった。
出て行った子が戻ってくるなり、また三人で何やら相談を始めたのだ。
途中で、リーダーが、側にあったゴミ箱を蹴った。
不都合なことが起きたらしい。
そこに、なんと双葉が近づいた。
双葉は三人の近くまで行くと、床にペタンと座った。
すると、リーダーがポケットからピーナッツの袋を取りだした!
双葉、何してんのよ、と突っ込みを入れたいが、今、私がすることはそれじゃない。
意識を子どもたちに、戻す。
雲の勝ちに、北風が待ったをかけた。
すると、北風に味方をする子と、雲に味方をする子が出てきた。
まるで、自分たちも紙芝居の中にいるかのように、子どもたちはとても自由だ。
図書室に閉じ込められた状態でも、心は自由なのだ。
―― 自由なのだ。
人って、凄い。
そしてこの子たちの、きらきらとした顔。
これを見ることができるのは、もう、役得だなと思う。
その顔の中に、いろんな可能性が、夢が見えたから。
たくさんの楽しい気持ち、わくわくする気持ち。
もっともっとたくさんの子が、日本だけでなく多くの国の子どもたちが、こんな顔ができる世界になれば――。
いろんなことが乗り越えられるんじゃないかって、そんな夢が見えたから。
宝物の表情。
家族にとっても、それ以外の人にとっても。
ふいに、刺すような視線を感じた。
すると、目の前の子たちとは全く違った顔つきのリーダーが、仁王立ちして私に睨みをきかせていた。
―― 何かが、動くんだ。
紙芝居が終わると、子どもたちは小さな手で拍手をしてくれた。
その顔は、みなリラックスしている。
葛原さんは、と見ると、いつの間にか双葉の隣に座っていて、こっちに来る気配もない。
そして、何やら一生懸命に双葉に話しかけていた。




