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「あの日、池に落ちた紙芝居を、伍代君が一人で拾ってくれたんだよ」


 私は保健室にいて、何もできなかった。


「もう、私のせいだって。頭の中は、そればっかりで。そんな私にさ、伍代君は笑ったあと、『作りなおす』って言ったんだよ」

 伍代君は、強いよ。

「四条君だって、下絵を伍代君と二人であっというまに仕上げてくれてさ。それに、岡村さんだって」

 双葉は、黙ったまま地面を見ている。

「岡村さん、私にサークルを抜けるな、って。責任感じてサークルを抜けるなんて考えるな、って言ってくれて」

 双葉の体が、少し揺れた。

「私が、ネガティブな気持ちに傾いても、そこに浸らせない強さが、みんなにはあるよ。あの人達、立ちあがる人だよ。何度も、何度も」


 病気に家族にクラスメイト。

 悔しいこと、悲しいこと、やるせないこと。

 自分ではどうにもならないことや、上手くいかないことを、あの人たちは経験している。

 

 ――「そうしないと、進めないから」


 あの日、伍代君はそう言った。

 

 進めなかった過去があるからこそ、出た言葉だと思えた。

 いろんな理由で進めなかった経験があるからこそ、そこに留まりたくないと。

 

「私なんて、そんなこと一度もしたことない。クラブだって潰しちゃったし。今、思うと、凄く恥ずかしいよ」


 ほんと。

 なにが、山中先生のせいかもだ。

 バカバカ。


「少ししか一緒じゃない私にだって、わかる。なのに、なんでずっと一緒にいる国府田君が、そんなに鈍いのかわからない。国府田君が、サークルをやめる必要なんてないんだよ。みんな、そんなことわかっている。でも、意味がないんだよ。国府田君自身が、それに気がつかないと」


 ―― なんでも自分で解決できると思う方が、おかしいんじゃない。


 以前、双葉は私にそう言った。

 なのに、今度は自分が同じことをしようとしている。

 

 双葉だって、頭ではきっとわかっているんだ。

 でも頭だけじゃだめなんだ。

 たとえ今、言葉の勢いで双葉をサークルに戻せたとしても、また似たようなことが起きたら、結局、双葉は同じ行動をとってしまうだろうから。

 頭だけじゃなくて、もっと深いところで。

 こんなこと、しちゃダメだって双葉が自身が思わないと。


 それは、今回のことでサークルをやめようと思った私だからこそ、双葉に言えることなんだ。


 私たちは、こういうところが少し似ている。

 人に迷惑をかけたくないって。

 そこから逃げることで、体裁を整え、カッコつけるところが。

 終わりにすることで、責任を取ろうという姿勢が。

 

 でも、そうじゃない。

 少なくても、あの人たちの前では、そんなことはしちゃいけない。


  

「それにもし、国府田君が心配するようなことがあったとしても、それが何なの? そんなことで、へこたれる人たちじゃないでしょ。国府田君に見せたかったよ、病院での伍代君と岡村さん。そういう決意で始めたんでしょ。国府田君も一緒に」


 そうだ。

 これは、双葉に言っているようでいて、実は私自身にも言っていることなんだ。


 誰かと一緒に何かをするってことは、一人でやるような気楽さやスマートさは、ない。

 ごちゃごちゃしながら、ぐるぐるしながら、揉めて、喧嘩して、時には遠回りだってしてしまうだろう。


 でも、だからこそ見える景色がある。

 一人じゃ、見えない景色がある。

  

 あの日、病院で見た、子どもたちの笑顔。

 あの日、幼稚園で見た、空の高さ。

 あの日、小学校で見た、子どもたちの目の輝き。

 

 だから、留まらなくちゃいけない。

 仲間の寛容さを、信じなくちゃいけない。

 自分の未熟さを恐れ、そこから逃げるってことは、つまりが相手のことも信じちゃいないってことになるから。

 

「私が、葛原さんを誘ったの、秋田弁のことが一番だよ。国府田君も読んだらわかるけど、ほんと、凄い本なんだから」


 鞄から絵本を取りだし、双葉に押しつけた。


「でも、以前、国府田君に言われたこと、それもある。見て欲しいと思った。チャンスだって。葛原さんに、私達がしていることを」


 理由は一つじゃない。

 葛原さんが、秋田弁を話すことができるって知った時、これには何か意味があるんだって、そのことに飛びついたんだから。


「だから、私、葛原さんを誘うの、やめないから」


 それだけ言うと、私は双葉を置いて公園をあとにした。





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