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 双葉は、私に気がつかず、熱心に絵本を読んでいた。

 私は、双葉の隣の席に座った。

 ふっと双葉がこっちを見たので、やぁと右手を上げて挨拶をすると、双葉が目をまん丸くした。


 驚いている。

 驚きたいのは、こっち。


「国府田君に、驚かれる筋合いはないよ。ここ、うちの近所の図書館だし」と、小声で言う。

「三矢さんは、遅い時間には来ないって言ってたから」


 あのとき、雑談のなかで、そんなことも言ったかもしれない。


「うん。こんな時間に来たのは初めてだよ」


 若者臭い青い匂いがするよ、と顔をしかめたら、一番青いのは三矢さんだろ、なんて言われた。

 青くて悪かったな。


「……元気、なの?」

 私は親戚のおばさんか、と思いながら聞くと、「三矢さんこそ」なんて生意気な返しが来た。

「国府田君は、アホだなぁ」

 岡村さんの「アホ」が、私の言葉となり出てきた。

 ほんと、アホ。

 アホ、アホ。

 そして私は、双葉が読んでいた本を取りあげた。

 本は、アンデルセンの「雪の女王」だ。

 雪の女王に攫われた、幼なじみのカイ少年を助けるために旅をする、少女ゲルダの物語だ。


「これ、読んだなぁと思って」

「暗記したの?」と聞くと、双葉は笑った。


 なんだか、涙が出そうだ。


「戻っておいでよ」


 あの時、引きとめられなかった後悔が、ずっとあった。

 自分にはそんな資格はないとか思わずに、「抜けるなんて、アホな事を言わないの」と言えば良かったと。


 双葉は椅子の上で体を少しずらすと、「そうもいかないでしょ」と言った。

 この、カッコつけが。


「なんでよ」

「三矢さん、わかってて聞くところがよろしくないね」

「わからんわいっ!」


 わかっているかもしれないけど、多分、なんとなく、わかるけど。

 でも、ここで頷いたら、せっかく会えた意味がない。


「……明日さ。私、岡村さんの家に行くんだよねぇ」


 当日のプログラムを決めるんだぁ、と言って双葉の顔を見る。


「あぁ、以知子の家ね。入りくんだ道を行くから、迷子にならないようにね」

「え、そうなの?」


 それは困った。


「明日、暇な人いないかなぁ」

「どっかには、いるんじゃない?」

「ええと、駅からどうやって行けば」

「地図を書いてあげるよ」


 双葉が何か書くものを出してと言ったので、私は日本史のノートを出した。


「……どのページに、書けと」

「そうね、じゃあ、最後のページで」


 やれやれと言いながら、双葉が地図を書く。

 書きながら「ここの角を曲がって」とか、「このタバコ屋の斜めの道を行って」とか、双葉が説明をする。

 確かにこれは聞かないと、行けそうにない家だった。


「あぁ、助かった。ありがとう」


 じゃあ明日、頑張ってね、と双葉が席を立ったので、思わず服を掴んでしまった。


「……明日、行かないよ」

 双葉に見下ろされる。

「わ、わかった。だったら、ほら、国府田君お勧めの絵本とか、あったらそれを教えてよ」


 とにかく少しでも双葉を引きとめて、そしてなんとかサークルに戻るように説得しなくちゃ。

 双葉は絵本と聞くと、少し気持ちが動いたようで、スタスタと本棚に向い歩き出した。

 急いであとをついていく。


「朗読できない本もあるけど」


 そう言いながら、双葉は本棚をぐるりと回り、三冊の本を取って私に渡した。


「あ、『にじいろの さかな』、好き好き。 おお!『やこうれっしゃ』に、『三びきのやぎのがらがらどん』!」


 どれもこれも、読んだことがある本ばかりだ。

 はたと気がつく。


 そういえば、この双葉は、伍代君のために絵本を暗記した男。


 今更ながらに気がつく事実。

 ……もしかして、双葉とは、すごく趣味が合うかも。


 いや、いや。

 双葉は、絵本が好きで、読んでいたわけじゃなかったっけ。

 全ては、伍代君のため。


 そう考えると、岡村さんが伍代君に言っていた、「双葉もいい迷惑よね」という言葉が実感できた。


 ふと思った。


 双葉は、伍代君のお見舞に行ったり、夢に出たからと私を誘いに来たり、そんなお世話ばかりをしている。

 私だって、双葉にお世話になった。

 双葉は、世話焼き体質なんだ。


 でも、この世話焼き体質の世話は、誰がしてくれるのだろう。


 こんな風に、一人で図書館にいる双葉を見ていると、まるでミチカが涙の筋をつけて眠っていたことと同じレベルで、守ってあげたいと思ってしまう。


「……そっか。国府田君、弟になりなよ」

 私がそう言うと双葉は「へ? ぼくが? 誰の?」と、素っ頓狂な声を出した。

 しーっ、と、人差し指を唇にあてる。


「私の弟に決まっているでしょ。私ね、いとこもたくさんいるし、その中に男の子だってたくさんいるから、全然平気」と、自信を持って言うと、「全然平気じゃない」と双葉は、覇気のない声でぼそりと言った。

「元気ないなぁ。これからは、国府田君の面倒は私が見るから。困ったことがあったら、もう、絶対すぐに助けに行くから」


 頼りにして、と胸をはる。

 双葉はじろっと私を見た後、「別に困ってもないし、助けなんかいらないけど、こういった場合は、逆らわないほうがいいんだろうなぁ」と言うので、「よくわかってるじゃない」と背中をたたいた。


 明日は、この三冊を持って岡村さんの家に行こうなんて思っていたら。

 「じゃあ」と、双葉に逃げられてしまった。


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